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夏目漱石著『こころ』読書感想文

10代の頃、初めて『こころ』を読んだ。当時どんな感想を抱いたのか明確には覚えてはいないが、恋を知らない"私"や、先生が告白する若かりし頃の恋のいさかい、Kの苦悩、に感情移入していたのだろう。若さというものは経験が乏しく、分別がなく、未熟だ。今になって思えば、当時の私にとっては"恋愛の苦悩"みたいなありがちで定型化されたものしか、この物語からは感じられなかった。

(引用始め)

汚くなった年数の多いものを先輩と呼ぶならば、私は確かに貴方より先輩でしょう。

(引用終わり)p.191

今回の読書は10代の頃のそれとは違い、欺瞞にまみれた先生の告白が私の胸を打った。
そして他人の過去にずけずけと踏み入る"私"の
無遠慮で純粋な姿勢に、自分が無くしてしまったものを知った。

30にもなると、10代の頃の様に、安易に他人に希望を抱くこともなくなった。その分、無闇に傷付いたり、傷付けたりすることもなくなった。だが、経験をすればするほど、自分が今まで犯してきた過ちや、無意識に、或は、無意識を装って意識的に誰かを傷つけたりしてきた事実に苛まれる様になった。そして、そうして生きている自分を、都合の良い解釈でもって正当化する術も身につけた。

おっさんの私にとって、若さというものはこの上なく美しく、残酷だ。

自殺することを躊躇していた先生も、"私"との出会いによって自殺を決意する。

(引用始め)

その極あなたは私の過去を絵巻物のように、あなたの前に展開してくれと迫った。私はその時心のうちで、始めて貴方を尊敬した。あなたが無遠慮に私の腹の中から、或生きたものを捕まえようという決心を見せたからです。

(引用終わり)p.173

先生は、"私"のこの態度に、今まで己の内に秘めてきた全てを話す決心を固めるが、"私"はそれ程までの過去を先生が背負っているとは考えていなかったんではないかと推測する。そこにあったのは決して深い思考などではなく、若さ故の純粋な好奇心ではないか。先生は若さ故にKを殺したし、Kも若さ故に自死を選択した。そして"私"が先生を若さ故に殺した。
恐らく、"私"は"私"が原因で先生が自殺を決意した事にさえ、気付いていないのではないだろうか。或は気付いているが、先生の様にその後も自死を決意するほど苦しみながら生きていくということはないだろう。先生の願い通り、たとえ生きていくことが欺瞞にまみれたものであったとしても、先生の経験や言葉を胸に、生きていく決心をするのだろう。若さ故に。

だが、その純粋さがたとえ若さ故の無知からなるものだとしても、若さというものはそれだけで、価値があるものだと思った。
若さは残酷だ。


明日から使いたい先生のパンチライン

「私は淋しい人間です」
「天罰だからさ」
…然し君、恋は罪悪ですよ。解っていますか
金さ君。

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