80年以上続く鹿児島の水産加工「下園薩男商店」の事業づくりを、3代目の下園正博さんに聞いた
2023年11月27日、鹿児島で80年以上の歴史をもつ水産物の加工販売業者「下園薩男商店」の本社を訪れました。
鹿児島で開催した事業創造のプログラム「LOCAL START-UP・GATE」の一環です。
ウルメイワシの加工を中心とした歴史を土台に、土地に根ざした現場感覚と代表である下園正博(しもぞの・まさひろ)さんの感性で新たな事業を次々展開している同社の取り組みを1日かけて巡りました。
さてここからは、参加者の一人で、デザイナーの尾形朋美(おがた・ともみ)さんに、フィールドワークの様子をレポートしてもらいます。尾形さん自身も現在、プログラムを通じて事業構想を深めています。
ウルメイワシの丸干し、地域の関係性が品質の高さにつながる
11月27日、秋晴れの暖かい月曜日。
鹿児島県の阿久根駅から車で約20分、右手に海、左手には畑を眺めながら、のどかな国道を走ると『昭和十四年創業 下園薩男商店』と書かれた建物が現れます。
ウルメイワシの丸干しを中心に、水産物の加工販売で80年以上の歴史をもつ「下園薩男商店」の始まりの地です。
工場に到着すると、株式会社下園薩男商店の下園正博さん(代表取締役社長)が笑顔で迎えてくれました。
工場では、鮮魚の加工→乾燥→トレー盛り、パッキング→段ボール詰め→冷凍までを行っています。
現在ではジビエブランドや宿泊施設など、複数の事業を展開していますが、「売り上げの6割はイワシの丸干し」だと言います。
訪問した日はちょうど満月。イワシ漁は集魚灯(夜間の漁で、魚を誘き寄せるために使うあかり)を使うため、月が明るく集魚灯の効果が弱まる満月前後は、1週間ほど漁を休みます。
イワシは、お腹の中に餌が残っていると、苦味や臭みの原因となります。朝の4時ごろに獲ったイワシは、まだ「餌食い(えぐい)」をしていないため、苦味が少なく品質が良いものとなります。市場(いちば)に出回るトロ箱1個あたり、餌食いをしていると2,000円、していないと1万3,000円と、値段が大きく変わるそうです。下園薩男商店では、買い値が高くても品質の良い魚の仕入れにこだわっています。
「漁師が『高く買ってくれ』と言い、加工業に携わる人が『それなら餌食いをしていない(質の良い)イワシを獲ってきてくれ』と言う関係性が続けられると、高品質を維持し続けられる」
現在、下園薩男商店が本社を構える阿久根市内でイワシの丸干し屋を営むお店は、9軒まで減りました。狭いコミュニティだからこそ、信頼関係が欠かせません。
漁師はいい魚を獲って高値をつけてもらえることがモチベーションにつながり、加工業者は餌食いが品質に与える影響を理解した上で高くても良いものを買い、そして顧客は品質によって価格が変わることを理解した上で商品を見極める。地域で長く続いてきたこうした関係性の中で、下園薩男商店では高品質な丸干しを作り続けています。
新規事業を始めるからといって、その考え方を既存のメンバーに押し付けたりはしない
工場を見学した後は、休憩室へ。下園さんから事業について話を聞きました。
今回のフィールドワークでは、工場から、道の駅 阿久根、ボンタン工場、イワシビル、と場所を変えながら対話が続きました。
それぞれの場所での様子を交えつつ、下園さんから聞いたお話をQ&Aの形で紹介します。
Q:下園さんは下園薩男商店の3代目。家業を継ごうと決めたきっかけは?
A:ゲーム好きの延長で、最初は都内のIT企業へ就職しました。「ITで億万長者になって、30歳ごろには仕事を辞めてのんびりしよう」と思っていたくらいです。ただ、学生旅行中に「将来仕事を辞めて自由な時間を過ごすことは、学生時代の今と何が違うのだろうか? 楽しいのだろうか?」とふと思いました。
楽しく生きるために必要なのは「自分にしかできないことをやる」ことだと考え、家業を継ぐことを決めました。都内のIT企業に2年間勤めたあと、家業を継ぐことを見据えて水産系の商社で5年勤務。その後、正式に3代目となりました。
Q:下園さんの代ではさまざまな事業を展開しているが、事業を広げる際にはその世界観を伝えることが大切だと思う。社内には張り紙などを掲示している様子もないが、一緒にはたらいている社員に対して世界観を伝える際に、大切にしていることは?
A:社員が「どう生きたいか?」をベースにしています。新規事業を始めるからといって、その考え方を既存の業務を担当しているメンバーに押し付けたりはしません。人間は誰しも考え方が変わると思っていますし、今その仕事をしたい人がやれば良いというスタンスです。新規事業を立ち上げて、社内で希望を聞き、誰もいなければ新規採用をします。
2016年に、「今あることに一手間加え、それを誇り楽しみ人生を豊かにする」という会社理念を作りましたが、昔から働いている人には年1回の研修会で話す程度です。
Q:一貫したブランディングのコツは?
A:「お客さん目線で俯瞰すること」を一番大切にしていて、開発者の好みに左右されないよう気をつけています。
まず最初に、それを届けたいお客さんと、その人が商品を手に取る売り場をイメージします。『旅する丸干し』を開発した時は、商品のパッケージを担当するデザイナーに「販売場所はマルヤガーデンズ(鹿児島市内)の1階売り場、ペルソナは30代の女性、海外旅行好きで、良いものがあったら友達に話したくなるような人」とリクエストしました。
商品ブランドイメージを守るために、販売場所にもこだわります。私自身、北海道でしか食べられないと思って取り寄せたチーズケーキが、地元のスーパーで買えると知り、がっかりしたことがありました。
全国展開のスーパーから取り扱いの依頼を受けたこともありましたが、『旅する丸干し』のような価格帯の商品が売れるお店だとは思えなかったため断りました。売れ残ると商品イメージが悪くなりますから。その商品のファンになってくれたお客さんをがっかりさせるようなことはしません。
Q:ブランディングの「商品売り場のイメージ感覚」はどう身につけた?
A:私はローカル店が好きなので、実際にお店に足を運んだ経験値からです。
D&DEPARTMENTが47都道府県の魅力を紹介している雑誌『d design travel』が好きで、旅行先では、その土地にしかないお店や地元の商品が並ぶセレクトショップに行っています。
得意や「やりたい」をもとに事業をスタート
Q. 多岐にわたる事業内容をどのように組み立てている?
A. 昔から好奇心が旺盛なので、基本的には「やってみたい」という思いが先にあります。今でもやりすぎないように抑えているくらいです(笑)。
2022年に枕崎市にオープンした「山猫瓶詰研究所」は、私が物件に一目惚れしたところから始まりました。最初は「(本社のある)阿久根市から離れたところで事業を広げるなんて」と周囲の反対もありましたが、チームメンバーと一緒に現地へ行ったら「ここいいね」となり、スタートしました。
新しいことを始めるときには、やりたい人を募り、メンバーの得意なことや、やりたいことをもとに事業内容を詰めていきます。チームになってほしい人を口説き落としたりもします。
山猫瓶詰研究所の世界観作りとしては、メンバー内に料理人がいたので、料理をメインにしようと決まりました。物件の印象から、魔女がジャム作りをしているようなイメージを受けたので。その後、枕崎の特産品である鰹節を扱うことに決め、そこから「山猫」のイメージへとつながり、宮沢賢治の『注文の多い料理店』のように、美味しいものを食べたお客さんが最後山猫に食べられる......というストーリーができていったんです。
リノベーションの設計者やデザイナー、左官職人などには昭和47年発行の『注文の多い料理店』の初版本を渡してクリエイティブを任せました。私が細かいデザインに口を出すことはあまりありません。
現場感覚と感性から新しいアイデアが生まれる
フィールドワークの最後に到着したのは、下園さんたちが手掛ける「イワシビル」です。
Q:事業を通じて、これからの社会がどのように変わっていくと考えているのか?
A:今の時代は「自分の生きる意義を見つけること」が難しく、同時に大切なことだと思います。もし食べることに困る時代だったら食べ物を得ることで精一杯でしょう。ベンチャー企業が「社会のため」という色を強めているのも、実はその人が「何のために生きているのか」という役割を叶えるためではないでしょうか。
「私たちが活動を続けないと、その産業がなくなってしまうもの」だと思うと、地域で続けていくこと自体が、関わる人たちの生きる意味になるのではと思っています。世界から見た時にも、日本人の持っている季節や地域性への敏感さが産品の伝統文化につながっていると思うので、少しでも残していきたいです。
さて、下園薩男商店の工場では、2015年から米国輸出向けのHACCP(ハサップ、食品の衛生管理基準)を満たしていて、今後はEU向けの認証取得を目指しています。
加工商品の販路拡大だけでなく、国内では需要がなく破棄せざるをえない魚介や魚の部位が、海外では価値を付けられることに気付いたからです。ボラやブリの卵などの水産資源を輸出しています。
「昔は商社が担っていたような販路の拡大を、自分たちでやっているイメージです。地元と密着しないと余っている素材は見えません。それが地方の特徴」と下園さん。
また、いわゆる「地方活性」という表現のもつイメージが年代ごとに違うために、すれ違いが問題を引き起こすケースがある、と下園さんは指摘します。
「『大手企業の工場を誘致して地方活性しよう』と声を上げれば、80代の方は賛成するかもしれませんが、20代は『それでは地域の小さな店がなくなってしまう』と反対するでしょう。こうした認識のずれが、お互い良かれと思ってやっているのに『なぜあんなことをするのか』『なぜ応援してくれないんだ』というすれ違いにつながります」
下園さんは、いつも現場へ出向きます。ウルメイワシの仕入れには自ら市場に足を運び、現場にある可能性から新規事業の種を見出します。
地域に根付いた現場感覚と、下園さんの感性から生まれる新しい視点がアイデアを生み、そこに、集まる人たちの生き方が掛け合わさって、国内外へと発展していく。そんな様子を目の当たりにした1日でした。
協力してくれた下園さん、見学に訪れた施設の皆さん、ありがとうございました!
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