見出し画像

「アイアンマンを作りたい」から秋田県立大学へ、起業の原点:LocalQuest・高橋新汰

秋田在住の起業家、高橋新汰(たかはし・あらた)さんは、企業向けのインターンシップコーディネート事業などを運営する「LocalQuest(ローカルクエスト)」の代表です。

そんな高橋さんに、起業の原点を振り返ってもらいました。

秋田県で事業を運営している「LocalQuest」は、学生の力を企業の課題解決に活かす「インターンシップ」のプログラム開発や運営をしています。

例えば「自社商品のさらなるファン獲得」に課題を抱えている企業があれば、その解決に関心がある学生を対象としたインターンのプログラムを開発し、募集。その後、集まった学生とともに3ヶ月間で課題解決に向けたアクションを取っていくのです。

LocalQuestは、プログラム全体の運営はもちろん、学生と企業の間に立ち、両者をつなげる架け橋の役割も担っています。学生に対してはメンターとして課題解決をサポートしつつ、同時に企業に対しては学生が感じたことや気づきを吸い上げてフィードバックします。

そんなLocalQuestですが、2022年秋についに創業(法人化)を予定しています。ここまで構想からおよそ5年。高橋さんいわく、そのほとんどの時間は「ピボットとトライアルの繰り返し」だったと言います。ここまで長期にわたって粘り強く事業の立ち上げを続けてこれたのは、大学時代に抱いた課題への“執着”でした。

「アイアンマンを作りたい」で秋田県立大学へ進学

僕は秋田県立大学の機械工学科の出身です。この学科を選んだのは「アイアンマンを作りたい」と思ったからです。

アイアンマンは、マーベル作品に登場するキャラクターです。映画では世界最高の戦闘兵器である「パワードスーツ」を身にまとって、平和のためにあらゆる武器を壊していきます。子供のころに映画を見て、「これがあれば世界が平和になる!」と思いました。そこで、秋田県立大学でアイアンマン開発のエッセンスを学び、一緒に取り組んでくれる仲間を見つけようと考えていたんです。

でも、結局仲間は見つかりませんでした。

入学後、周りの学生に何をしたいのかを聞いてまわりましたが、返ってくるのは「家が近いから」などの答えばかりでした。まるで意志を持たずに大学に来たようでした。

その後は、1人でアイアンマンを作るために模索を続けていました。しかし調べを進めると、実現にはいろいろと難しい点があることがわかってきました。アイアンマンの心臓を作るには地球では調達できない物質が必要です。宇宙にでもいけばいいやと思っていたのですが、実は心臓を開発する過程に爆発のリスクが伴うらしく、最悪の場合、地球が吹っ飛んでしまうらしいんです。そこまでリスクが高いと世界平和どころではない、とさすがに制作を諦めました。

その後の大学生活では、学園祭の実行委員に熱を入れていました。チームみんなで一緒に何かを作り上げる体験が楽しくて、モノ(アイアンマン)とは違う人の面白さを感じられるようになったのはこの時の経験が大きかったように思います。

しばらくして就職活動の時期になりました。学園祭の経験から人に興味があった僕は、人材系の会社を中心に就活をしていました。しかし周りの人たちを見ていると、「行けるところに行ければいいかな」といったスタンスです。この時に、入学直後に感じたのと同じような違和感を感じました。

大学進学も就活も自分のことなのに、なぜ意思を持てないまま臨んでいるのか。より明確に問題意識を抱き、なんとかしたいと思うようになりました。

秋田県主催「おこめつ部」で初めての事業づくり

就活をしながら、僕は秋田県が主催していたアクセラレーションプログラム「おこめつ部」にも参加しました。

大学の友達に誘われたのがきっかけです。将来的に起業したいとは思っていましたが、今すぐとは思っていなかったので、軽い気持ちで参加しました。

おこめつ部では、自分の思いを起点に事業アイデアを練っていきます。そこで僕は、かねてからの違和感をもとに事業のアイデアを作ってみることにしました。

プログラムの中で課題を深掘りしていくと、周りの学生が意志を持てない理由は「自己分析が足りないのでは」という仮説にたどり着きました。

当時の自分が就活で自己分析をすることによって自分の意志を言葉にできるようになったという体験もあったため、自己分析の機会を提供をする「旅行×対話」のアイデアを思いつき、プロトタイプを作っていきました。トライアルとして、実際に大学生を旅行に連れて行き、そこでいろいろな人と対話をしながら自己分析を言語化していくプログラムを6、7回ほど実施しました。

満足度は非常に高く、参加した学生を見ていても、自分の意志を言語化することができていました。「他者と共同作業をすると自然と対話が生まれる」という学びも実証の結果として得られました。

ただし、このプログラムには2つの欠点があったんです。

1つは「旅行」という特性上、どうしても学生には手が出しづらい価格設定になってしまうこと。そして何より重要だった気づきは、意志の言語化ができても、行動は変わらないということでした。

学生に意思を持って行動を起こすことで自分の人生を切り拓いて行ってほしいと思っていましたが、このアイデアでは意思を言語化して満足するにとどまってしまっていたのです。多くの学生は、社会について知らないことばかりです。自己分析を通じて自分のことを知れても、社会のことが実感としてわからないため、具体的にどう行動すれば良いのかわからないんです。

これらの学びをもとに、事業アイデアの方向転換をすることにしました。

ボランティアができるまで、ピボットと産みの苦しみ

おこめつ部での検証を通して、他者と共同作業をすると自然と対話が生まれることは手応えとして今後にも生かせるものの、その後の行動を起こすための体験を新たに提供する必要があることがわかりました。

学生が自分だけでなく社会のことを理解しながら、自分自身でどのような行動を起こしていくか考えられるようになってもらえるように、新しいアイデアを試し始めました。

最初に試したのは「リアル脱出ゲーム」です。「旅行×対話」から「脱出ゲーム×自己分析」に改め、ゲームという実体験を通じて行動特性を分析していくという内容でした。

それまでやっていた自己分析はあくまで過去の分析に過ぎませんが、リアル脱出ゲームでは、ゲーム内での現在の行動や立ち居振る舞いをもとに自分を分析することができます。この点では手応えを得ることができました。

一方で、そこでの分析もその後の「働く」というアクションへはつながりにくかったのです。あくまでもゲームの中でのチームにおける行動特性なので、それをもとにどういう企業でどんな働き方をするのかといったその後の選択肢につながらなかったのが課題でした。

そんなわけで、この脱出ゲームのアイデアも転換が求められることになりました。

もちろん無理に事業化しようと思えばできたかもしれませんし、多少の売り上げも立ったかもしれません。しかしその事業が実現した世界を想像すると、ワクワクできませんでした。目先の自分の給料や小さな売り上げは二の次で、「誰もが楽しく働いている世界を実現したい」と思った時に、旅行や脱出ゲームのアイデアではそれが実現できる将来像が見えなかったのです。

さて、そんなこんなで次の形を模索する中で、次に試したのが、ボランティア体験の提供でした。農家など地域の事業者のもとでボランティアとして職業体験をしてもらうというものです。これを機に「地域での体験を通じて自分のことを探求してもらう」という意味を込めて「LocalQuest」と屋号を新たにしました。これが現在のLocalQuestの事業の原型になっています。

人手が欲しい事業者からの依頼を受けて、LocalQuestのサイト上にボランティアの求人を掲載します。学生はその求人を見てボランティアに申し込むといった仕組みです。

学生が参加しやすいように1日単位の仕事内容に設定すること、報酬をお金ではなくモノや体験にすることが特徴です。

ある程度続けていくと、秋田大学をはじめいろいろな学生が参加してくれるようになりました。満足度が高いだけでなく、ボランティア中の事業者との対話を通じて自分のやりたいことを見つけ、動き始める姿も見えてきて、「自分が思い描いていたものはこれだ」と腑に落ちたのです。

「初めて」ばかりの事業立ち上げ

複数の方向転換を経てボランティアのアイデアに行き着きましたが、これまでの道のりは「初めて」ばかりでした。

受験勉強やアルバイトの業務のように一定の量をこなしたからといって終わる保証はありません。一歩先すら見えないので、今やっていることの先に道があるのか、ちゃんとゴールにつながっているのかすらわかりません。そんな経験は、初めてでした。

周りは就職活動をしていて、仲間もいない中、先が見えない状態だったので、本当に苦しかったです。

すると僕の奮闘ぶりを見かねてでしょうか。おこめつ部で出会い、その後も個人的にメンタリングをお願いしていたGOB Incubation Partners代表の山口高弘さんから「ウチの社内事業として事業を育ててみないか」と誘ってもらったのです。そして2019年12月から、GOBの客員起業家制度(Entrepreneur in Residence)を利用して、事業の立ち上げを進めることになりました。

「客員起業家制度」とは、起業志望者を会社の中に迎え入れ、報酬を支払いながら事業実証を進めてもらう仕組み。起業家は最低限の安定した生活を確保した上で、純粋に価値を探求できる。

起業家としての新しい“スタートライン”に立ったのです。

次回の記事では、客員起業家制度を活用した事業立ち上げの過程を紹介します。

続きはこちらをご覧ください。