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ESG経営のポイント、「業界構造の転換」にあり

「社会や環境にとって良い事業にこそ投資する」

こうした動きは近年、「ESG投資」という言葉とともに、日本国内で浸透しつつあります。

ESG投資は、従来の財務指標だけではなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)といった要素を見て投資判断をしようとする考え方です。多くの企業がESG的な経営を目指して取り組みを始めています。

しかし既存の事業をESGの観点から組み替えるのはそう簡単ではありません。ビジネスモデルやサプライチェーンなどをガラリと変えなければいけないケースも多いでしょう。

そこでESG経営を目指す上で有効なのが「新規事業」です。新規事業なら、既存の枠組みを超えて、ESGの課題に直接向き合えます。

この記事では、新規事業の立ち上げを専門にしてきたGOB Incubation Partners株式会社の山口高弘さん(社長)と高岡泰仁さん(副社長)、そして​​株式会社パソナJOB HUBの加藤遼さん(旅するようにはたらく部長)の3人の鼎談から、「ESG×新規事業」をテーマに、これからの事業作りに必要な視点を考えます。

写真左から、パソナJOB HUBの加藤遼さん、GOB Incubation Partnersの山口高弘さん、同じく高岡泰仁さん​​

ESG志向の事業を作るポイントは「業界構造の転換」

事業を作る時に、顧客の課題を解決したり価値を提供したりというのは当たり前です。そこから一歩進み、新規事業を通じてESG的な経営へと向かうためには何が必要でしょうか。今回の鼎談では「業界や経済構造に対してどうアプローチできるか」が挙げられました。

企業が顧客に価値を届ける際に、その媒介となるのが業界(=市場)です。業界を介さない限り、事業は絶対にスケールしません。

山口さんは、ESG的な事業をゼロから作る上で「既存の業界構造にメスを入れること」が重要だと話します。

山口高弘「業界への向き合い方には2パターンあります。1つは業界の構造を承認して、それを活用しようとするスタンス。業界構造を分析し、その構造における成功要因を見つけ出し、成功確率が高いところに資本を投下するやり方です。これが従来の勝ち筋でした。

それに対してもう1つ、勝ち筋になり得ると私が仮説を立てているのが、『業界構造を転換しようとする』スタンス。つまり業界の成功要因を転換するアプローチです」

「業界構造を転換している事業」の例として山口さんが挙げたのが、ヘアカット専門店の「QBハウス」。「時短」と「安さ」で知られる同社ですが、実は従来の美容室において勝ち筋とされてきた「コミュニケーションの充実」を転換して「コミュニケーションをしない」という方向で勝負。コミュニケーションが面倒、または得意ではない新しい潜在顧客の獲得に成功したのです。

さらに、フィットネスクラブの「カーブス」も業界構造の転換に成功した例だと山口さんは言います。一般的なフィットネスクラブでは広い土地に大きな箱を建てて、大量のフィットネス機器を買うかあるいはリースするという資本投下型の路線です。一方、同社の場合は、雑居ビルのワンフロアなど空きスペースを使うことで施設規模を縮小し、大きな機器も設置していません。

山口「業界の構造は経済を拡大していくための原理に基づいて作られているので、そこに乗っかると、どうしても環境に負荷をかける方向に進んでしまいます。裏を返せば、その経済原理に則って生み出されている業界構造を転換する事業を作れれば、結果的に環境に負荷をかけない形での事業展開が可能になります。

上で挙げたQBハウスなら、シャンプーをしないため省スペースでかつ水も使いませんし、カーブスも畑をコンクリートにすることはなく、プールもないため水も使いません。

業界構造を転換して勝っていく。これがESG的な事業を作る1つの方法になり得るのではないかと感じています」

エシカル消費の意識を育むために

では、業界構造を転換して事業を作るためには、何が必要でしょうか。

ポイントに挙げられたのは「事業者と顧客それぞれのバイアスを取り除くこと」でした。

高岡泰仁「業界構造を転換する時に重要なのは、業界や、もっと広く言えば資本主義を前提として経済の中で生きてきた僕ら自身のバイアス(偏見:ここでは特に「隠れた前提」を指す)をどう書き換えるかです。便利な方がいい、効率的な方がいい、見栄えがいい方がいい、などは私たちが知らず知らずのうちに身につけてきたバイアスです。

新規事業開発においても、このバイアスを取り除くという過程をいかに組み込むかがこれからより重要になる気がします」

山口「資本主義の教育を受けてきた顧客のバイアスが、事業者側の非ESG的なサプライチェーンを生みだしているという側面もありそうです。顧客側が『形の悪いトマトを買わない』といったバイアスを持っているから、事業者側もそれに対応したサプライチェーンを組む。ビニール袋も有料化されましたが、持ち帰りやすさという利便性を追求していたために、これまでビニール袋を使い続けることに誰も疑問を持たなかったのです」

こういった消費者の意識を転換し、「エシカル消費(社会や環境などに配慮した倫理的な消費行動)」の意識を高めていくための1つの方法として、加藤さんは、「自然の近くで会社を経営すること」を提案します。

加藤遼「自然の近くに住む、あるいは自然の近くで会社を経営することで、『エシカル消費』の意識を高めていくことができるのではないかと感じています。

私が所属するパソナグループもそうですが、自然に近い場所で会社を経営していると、経営者や社員も自然に対しておのずと意識を向けます。そうすると『自分たちの会社の事業が環境にどのような影響を与えているのか』『地域の人や社会と良い関係を構築していくために大切なことは何か』といったことに敏感になるのです」

ESGの課題解決は、新たな顧客創造につながるか

日本では最近知られ始めた「ESG」ですが、世界ではずっと前から重視され、当たり前になりつつあります。

企業にとってESGの課題が重要なのは、投資家が非財務情報を通じた投資(ESG投資)を推し進めているためです。つまりESGの盛り上がりは投資家の動きが起点になります。日本におけるESG投資は、金額や運用総額に対する割合で見ると、いまだヨーロッパやアメリカ、カナダ、オーストラリアといった国に後れをとっているのは事実です。それでも2015年には、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、ESGを投資プロセスに組み込む「責任投資原則」(PRI)に署名するなどの動きもあいまって、ここ5年ほどで大きく成長してきました((GLOBAL SUSTAINABLE INVESTMENT REVIEW 2020))。

しかしESG投資が盛り上がりを見せる一方で、日本企業によるESG経営の実践例はそう多くはないようにも思えます。ESG投資とそれを基礎としたESG経営を推し進めるヨーロッパに対して、ESG経営への働きかけが鈍い日本。この違いはどこにあるのでしょうか?

高岡「ESG経営の浸透に伴う生産行動や消費行動の変化は、社会の成熟段階によって違うのかもしれません。日本の経済は“戦後作られた”と言っても過言ではないくらい、急速に発展し、高度経済成長を経験しました。そのため、爆発的な需要の増加に対していかに効率的に供給するかを追い求めた経済システムが必要でした。

一方でヨーロッパは成熟社会になって久しいので、そもそも供給を過度に頑張る必要はありません。それよりも『持続的な』供給を、おそらく日本よりもかなり前から重視してきたのではないかと思います」

加藤「日本は、爆速的な需要増加に応えようと大量に供給をした結果、その過程でいつの間にか労働者被害や環境破壊を引き起こしてしまったわけですよね。

今はそれがある程度緩やかになり、物理的にも豊かになってきたので、企業として今までの考え方で成長していくには、新しく需要を喚起するしかありません。だから広告やマーケティングが発達し、消費者は必要のないものまで買ってしまう状態になっているように思います」

需要が緩やかになった今、日本企業がこれまでと同じ成長曲線を描くために「需要を喚起する」のは当然の流れです。

一方で、過度に需要を煽り、無駄な消費を促してはESGと対極の方向に向かってしまいます。そこでこれから大切になるのが「新しく顧客を創造すること」だと話します。

高岡「今こそ、ピーター・ドラッカーの言っていた『事業の目的は顧客の創造だ』というところを再解釈すべきだと思います。今ある資本主義のシステムをブレイクした上で、顧客をどう創造するのかがこれから求められてくるはずです。

たとえば『服を好きな人』を対象にしているアパレル業界では、トレンド廃棄が問題視されています。そこで従来の構造を転換し、むしろ『服に興味がない人』向けにベーシックな商品を展開してみたらどうなるでしょうか。トレンド廃棄を削減して環境負荷を下げると同時に、『服に興味がない』新しい顧客も創造しながら事業として成立するかもしれません」

このように、業界の構造を転換した上で、新しい社会での潜在需要を喚起できる企業が、これからの時代に求められる企業像の1つと言えそうです。

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