夢のはなし 第一夜『始まりの季節、妖しい体験』④(最終話)

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僕はその奇妙な体験のせいでそこから帰った記憶も無かった。

自宅の玄関の鍵を開けながら、今日は池に一度頭まで浸かっていたことを思い出した。
帰宅してすぐ脱衣所に向かったが、服は汚れていないし池に浸かったような匂いもない。
不思議な気持ちで寝る準備を済ませて自分の部屋のベッドに一人横たわる。

なんとなくヤマグチとは今後もう二度と顔を合わせられないような気持になった。
友達でいることも少し怖い。
冷静に考えたら、カッパを見たオカルト仲間として周りの人に見られるというのもめんどうくさい。
この夜はカッパを見てしまったことよりも、これからのヤマグチとの付き合いを考えるべきか一晩中考えていた。そうしているうちにいつの間にか眠ってしまっていた。

それから数日、最近の僕はアツキとばかり過ごすようになっていた。
そうしているうちに徐々にあの日の恐怖は薄れていって、ヤマグチが優しくておもしろい良い奴だとアツキと話したりすることも増えていった。
そして、あの日の出来事は夢だったと自然に思わせられる程度に自分の日々は平凡なものであった。
もちろんアツキにはヤマグチとの奇妙な体験のことは話していない。そして、ヤマグチも同じくはなしている様子はないようだ。

そうして日々は過ぎてゆき、自然に僕たちは3人で過ごすことも増えていった。


あれから2か月ほど時が経った。アツキとヤマグチと僕の3人は仲が良くて、課題やゲームを一緒にしたり、もうすぐ訪れる夏休みに向けて旅行の計画を立てたりする仲だ。

あの日の出来事はまるですっかり無かったことのようにヤマグチの口から聞くことは一度も無かったし、あんな奇妙な体験は後にも先にも訪れなかった。
今となっては本気で夢だったのではないかと思っているし、記憶も薄れてきてしまっていてよく思い出せない。

ヤマグチとはお互いあの日の出来事についての会話を避けている訳ではないが、あの日のことは無かったことのように触れることもない。
相変わらずヤマグチはおもしろい良い奴で、心から楽しく過ごせる仲間と大学生活の始めから出会えたことは奇跡だったと思っている。と言えるくらいには気に入っている。

しかし、ヤマグチにふいに上から見下ろされると、あの水面から上がった瞬間の恐怖や胸のざわめきが蘇ってきてうまく目を合わせられなくなってしまう。

おわり

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