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ネット右翼にすらなりきれなかった父


2019年、デイリー新潮に掲載された「亡き父は晩年なぜ『ネット右翼』になってしまったのか」という記事が、センセーションを巻き起こした。


実の父親が、晩年"ネトウヨ化"した。
ディスコミュニケーションに陥ったまま、とうとう父を亡くした。
もう取り返しがつかない。

そんな内容は、上の世代がいとも簡単に右傾化してしまうフェーズにきているという[事実・情報]の面でも、ごく身近にいる人がそうなってしまったという[感情]の面でも、広く理解され同情され共感されたように思う。時代的に、皆がそこら中で話題にしたくなるようなテーマとしての強度があった。

そしてさらに、我々はそのディテールに驚かされることとなった。

"ネトウヨ化"しやすい人とは……。言葉を選ばずに言えば、なんとなく「情弱」気味なんじゃないかとイメージしがちであるが、この父親は違っていた。知的好奇心の幅が広く、「退職しても即座に語学留学で長らく中国に滞在するような向学心の塊だった」という。幅広いジャンルの蔵書、「わからないことをそのままにしない」「多くの人が言う『当たり前』を鵜呑みにしない」という家訓。著者の鈴木大介氏がジャーナリズムの道に進んだことも、家庭の影響を抜きにはおそらく語れないだろう。しかし、そんな博学の父が晩年着地したのは、"トンデモ系"言論の数々だった。

記事では、右傾化の理由の一つを[老い・病気による衰弱]と彼の[知的モチベーションの高さ]に見出す。

老い衰え、抗がん剤治療でさらに衰弱し、本が買いに行けなくなる、読めなくなる。音声読み上げ機能のある、粗悪なネット記事やYouTubeコンテンツに頼りきりになる(高齢男性をターゲットにしたネトウヨ的コンテンツは、もはや一つの大きなマーケットを構成していて、アフィリエイト目的のサイトが乱立している)。そのようなコンテンツのファクトチェックを自力で行うことは、いまや不可能である。なぜなら、活字を目で追い理解し咀嚼するほどの気力と体力と認知能力が残されていないから。

「そんなに賢そうな人でもネトウヨに!?」という、意外性と絶望感。
他人事とは思えない、老いと右傾化の強い結びつき。

「それでも、それほどまでに弱っても、そんなに卑俗な内容のものであっても『情報に触れていたかった』」

このとてつもなく悲痛な一文においては、もはや逆に、読者にカタルシスを呼び起こすほどである。

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と、ここまではこの記事がいかように大衆の興味を惹きつけたのかについて書いてきたのだが……。

2023年、「検証」と「結論」が加筆され、記事は一冊の本となった。

筆者本人は、記事執筆当時(父の死から2ヶ月)のことを「冷静ではない」状態だったと振り返り、時間を置いて改めて父は本当はどういう状況に置かれていたのか、と考え直したようだ。

本書は、2024年の新書大賞で5位にランクインしており、一般的には評価されている本と言える。しかし、私にはどうも腑に落ちない部分があった。

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なぜその話をわざわざブログでしようと思ったのかと言えば、最近、私のリアル父が「ネット右翼にすらなりきれなかった父」であることが判明し、駅ナカおしゃれカフェで「お願いだからそのままならないでいてください、たのみます」と懇願するイベントが発生したからである。

本のはじめの方にも、

依頼の主である編集さんや記者さんからのメールの多くに、「突然老いた親(のみならず家族の誰か)が右傾化した言葉を吐くようになって戸惑っている」、もしくはそのような声が読者を含めて周囲にとても多いのだというひとことが添えてあった。記事を読んだ古い付き合いの担当編集者たちからも、同じような悩みがあると吐露される中で、改めて「家族の右傾化と分断」は、現代の普遍的な現象なのだと確認した。

第一章  分断(p33)より  

とある。

実際に私の周辺にいる少し年上の方々も、親がかなり危ない状態にあってね、どうしたものかね……と、ここ2〜3年で頻繁に口にするようになってきた。


うちの父のケースに絞れば、基本的には次の4種類の発言がとくに目に余った。

1.「バイデンは偽物」と主張
 詳細) ネットに掲載されている写真だけを見て、よく見ると顔が変わっていると言い出す

2.反ワクチン
 詳細) コロナワクチンはわけわからんもんやから打つなと忠告してくる

3.嫌韓、嫌中発言
 詳細) 「さっきの人たち、中国人やったわ」などと含みありげに報告してくる、韓国に旅行に行くなら気をつけろよなどと言ってくる

4.陰謀論者特有の、規模がデカいが根拠はない(根拠こそ陰謀の)話をしだす
 詳細) 世界にはまだ明かされていないことがいろいろある、などとほのめかす

(元々親子関係も良好ではなく、全くコミニュケーションのない家族なので、父親をバカにしている感じが文面の隅々ににじみ出てしまって恐縮ですが、とりあえずうちの親の右傾化の程度はこんなものです)

反ワクの記事と新しく飼い始めた犬の自慢写真を同時に送りつけてくるツワモノ父

父からLINEで送られてきた"反ワクコタツ記事"のサイトは、「情報速報ドットコム」というらしい。鈴木氏が警鐘を鳴らしていたように、スクロールするたびにweb広告が山のように表示されるタイプのサイトだ。このメディアが完全に商業の方面に開かれており、なおかつ信頼に足るものではないことの証左である。

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私は、鈴木氏と非常に似た立場といえる。

父親を一方的に相当毛嫌いしており、縁を切るような覚悟で家を出た身だったので、上記のような右傾化には気づいていながらも、これまでコミュニケーションをとったことは一度もなかった。鈴木氏が書くように、父と息子の関係性にも難しいものはあるだろうが、家庭によっては、父と娘の関係性にも独特のものが漂う。うちは思春期のころに父親が私との距離を測り違え、それ以来ろくに会話のない関係性が続いていた。ただ、今年に入ってから家族間で予想外のハプニングが起き、父と連絡を取らざるを得ない状況に追い込まれたため、その流れを利用して彼が一体何を考えてネトウヨ・陰謀論者的発言をしているのか、本人に直接ヒアリングすることにしてみた。

話したのは短時間だったため、検証と呼べるほどの確認は取れなかったのだが、まとめるとこういうことになる。

1.外国への関心は経済的関心から
 詳細) 元々証券マンということもあっていろいろ転がしているものがあるので、株価を考える上で国際情勢に関心があるとのことだった。歴史や人の死には無関心で、ただただ金がほしいだけのよう

2.ワクチンに対する懸念は、思想的なものというより生理的嫌悪からくる
 詳細) イデオロギーではなく、なんとなく体に異物を入れるのを良しとしない、という平凡な健康への感覚からくるものだった。実際、ワクチンが合わない体質の方や、打ってはいけない疾患がある方もいると思うので、その発想は別に間違っていないといえば間違っていない

3.外国人嫌悪は偏見
 詳細) 本人曰く、韓国は最近旅行で行って、とても親切にされたので偏見がほぐされつつあるようす

4.そもそもSNSの仕組みを理解していない
 詳細) Xのアカウントは持っているものの、経済の動向を追うのに注目している3人しかフォローしていないとのこと。そもそも、SNSの基本的な仕組み(リツイートされたものは知らない人に表示されて、さらにまた拡散される可能性があるということなど)を理解していなかった。タイムライン、アルゴリズム、パーソナライズ、バズること、の意味がすべてわかっていない

私はここ数年、父が陰謀論者になったかも、もしかしたらTwitterで変なことを言いまくって訴えられたりするかも、ヤバいネットの友人とオフラインでもつるみだすかも、などといろいろと気をもんでいたのだが、結論から言うと、うちの父はそのレベルには全く達していなかった。「陰謀論」や「ネトウヨ」という言葉すらも、知っているのか微妙なラインである。

本人曰く、「嫌なもんは嫌なんよ」とのこと。確かに昔から、気が向かないことには全く食いつかないような、マイペースでいいかげんでどこまでも自己流の人間ではあった。気難しく神経質な性格とは決して言えないような人物像だから、ネット右翼的な言説を目にしたとしてもきっと、受け取り方もハマり方も比較的ゆるやかで楽観的なのだと思う。

このヒアリングをふまえると、私の父には、ネット右翼とも陰謀論者とも言い切れないような曖昧さがあると言える。それに、主張に彼なりの合理性も感じられる。

だから、(話を『ネット右翼になった父』の方に戻すけれども)、鈴木氏が、父の論には父なりの複雑な背景があり、すべての発言がネット右翼的とは言い切れず、親子間の分断を煽ってしまっていた責任はむしろ父を"攻撃的なネット右翼"と早急に断罪してしまった自分(の認知バイアスのほう)にあるのかもしれない、と結論付けたくなった気持ちはよくわかる。

この本の焦点は、最終的には「イデオロギー対立が主な原因でディスコミュニケーションに陥ってしまった家族間の分断を、家族が生きている皆さんは今後どうできるか(僕は父に先立たれて無理だったけれども)」というところに当たっているため、家族に勝手にネトウヨのレッテルを貼って距離をとるのはやめましょう、死人に口なしになってしまったらあなたが後悔しますよ、と著者がどうしても伝えたかった気持ちも、よくわかる。

しかし、である。
しかし、それでもなお、親の右傾化には警戒しなければならない。
私はそう思う。

友人が、「うちの親はニュースとか本当に何にも見ないから陰謀論者にはならないと思う。てか、なれないと思う。そもそもそこまで情報を追ってないし」といようなことを言っていたことがあった。たしかに、触れていなかったら、陰謀論者化しようがない。右傾化にしろなににしろ、こういうのって絶対値なんだろう。著者の父親は、私の父親よりはるかに賢い人だ。だから、その分深刻なレベルまで(あえてこう断言するが)"ネトウヨ化"してしまっていると、私には見受けられた。

遺品整理として父のノートパソコンの中を覗くのは、大きな心理的苦痛を伴う。ブラウザのブックマークを埋める、嫌韓嫌中のコンテンツ。偏向を通り越してまず「トンデモ」レベルな保守系まとめサイトの数々。生前の父は立ち歩けなくなる直前まで地域福祉や住民のネットワーク作りに奔走していたが、デスクトップにはそうした業務のファイルに交じって、ファイル名そのものが「嫌韓」とされたエクセルデータがあり、中身はYouTubeのテキスト動画リストだった。

デイリー新潮の記事冒頭より

そして、著者も本で触れているとおり、彼の父は雑誌「正論」や「Will」にまで手を出していたという。

これを"ネトウヨ"と呼ばずになんと呼ぶのだろうか?

「正論」や「Will」に金銭を投じたならば、購入動機が「ただの好奇心」であったとしても、事実上は出版社が雑誌上でヘイトスピーチを繰り返すことに賛同し投資していることになってしまう。

そして、私が一番腑に落ちなかったのは、この部分だ。

今、世界は、間違いなく様々なイデオロギーや、主義主張、価値観による分断の只中にある。けれど、そんなもので家族の等身大の像を見失うなんてことは、糞くらえだと思う。むしろ父が多少ネット右翼的だったとして、それがどうだというのだ。繰り返すが、糞くらえだし、くだらない。そんなもので、家族が分断してしまうことが、本当にくだらない。

第六章  邂逅(p242)より

家族の分断に焦点を当てればそうかもしれないが、その主義主張はいずれ人を殺すことになるという注意喚起を、最後にやはり一度しなければならなかったのではないだろうか。

差別は、人を殺す。
人を傷つけ、立ち直れなくさせ、自死に追い込む。
自分で直接手を下さなかったとしても、その人の差別発言に影響を受けた人がまた差別発言を広め、ついには誰かが殺人を犯してしまうかもしれない。
ヘイトクライムは、ヘイトスピーチから生まれる。
差別は、人を殺す。

ネトウヨ的イデオロギーは、"そんなもの"と片付けられるものではない。
問題を矮小化してはいけない。
イデオロギーなんか糞くらえ、それより大事なものがあるだろ、家族だろ。そういって著者が守ろうとするその「家族」のシステムが、現状、維持してしまっている家父長制。そのしわ寄せを受けるのは、ほとんどが女性や子どもだという社会の偏りも、忘れてはならない。

「家族の右傾化と分断」の問題の核心は、どんな人でもすぐに触れられてしまう距離に、"感染"をもはや防ぎきれないようなすぐ足元に、ヘイトスピーチがゴロゴロ転がっていることにあるように思う。そんな言説の再生産を実の親がしているのであれば、それは当然、なるべく早めに止めた方がいいだろう。

***

このブログを書き始めたのは、私の父の話をしたかったからで、書評をしようというつもりはなかったのだが、思ったより本気で本についての話をしてしまった。私の父の話をするために、鈴木氏の家族のエピソードを利用する形になって少し申し訳ない気もするが、フォロワー数人の誰も見てなんかいやしない無料ブログなので、許してほしい。

うちの父は、「ネット右翼にすらなりきれなかった父」であり、同時に「ネット右翼とも言える父」である。だから、彼の発言が人を殺す危険性があることと、今のインターネットは以前よりはるかに危険な場所となっているため、そのまま触れないようにしたほうがいいこと。本にも良し悪しはあるけれども、情報収集をするならせめて本を読むように、ということをヒアリング時にあわせて忠告しておいた。「そのへん、俺はようわかってへんから、大丈夫やと思う」という言葉を、ひとまずは信じることにする。

ところで、うちの父がそもそも根本的にSNSの仕組みを1ミリも理解していなかったことには衝撃を受けたし笑ってしまった。Twitterは、父が40代前半のころにはすでに登場していたはずだ。あの仕組みができてすでに20年近く経っているというのに、フォロー・いいね・リツイートなどの初歩的な装備についての理解がないということには、別の意味でぶったまげた。

まぁそんな、いいかげんでテキトーで愛嬌だけで生きてきた三兄弟の末っ子の父親と、今年は嫌々ながらも関わるハメになったので、これを機に私も自分の中にある父親へのバイアスをなるべくとっぱらう努力をしてみようと思う。

そして、知的好奇心が旺盛な人ほど、老いとともに一つのイデオロギーに足をすくわれやすくなっていくというある種の「現代病」に、まだ20代である私自身も十分に注意を払いたい。気をつけるのに、早いに越したことはないから。


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