サンドイッチにみちびかれて 独身者の歩き方(休日編)
独身者の歩き方。はたしてそんなものがあるのかどうかは別として。
週末の午後の銀座でカフェ難民と化したのは、ついこのあいだのことだった。大人はおなじ轍は踏まない。
歩き方その1 早く出かけて早く戻る
そう自分に言い聞かせて家を出る。早めに出たつもりだったが、気づいたらすでに10時近くになっていた。ぜんぜん早くない。ダメな大人がここにいる。
*
三連休初日の地下鉄は混雑していた。みんな浮足立っている感じだ。銀座は回避したほうが賢明だろう。
歩き方その2 休日は人口が減るエリア(たとえばオフィス街など)を狙え
そこで、有楽町も銀座一丁目も通り越して新富町で下車する。おおかたの乗客が築地方面に向かうのを横目に見ながら八丁堀方面へ。
八丁堀といわれても、時代劇に出てくる“八丁堀の旦那”という台詞がうっすら思い出されるくらいでほとんどなじみがない。さらに言えば、“八丁堀の旦那”が何者かかもよく知らない。
では、なぜ八丁堀なのか? というと、じつは《本の森ちゅうおう》という名前で移転したばかりの中央区立京橋図書館を覗いてみようと思ったのだ。
先日参加したトークイベントで北欧の図書館の話を聞いてから気になっていた。カフェも併設されているらしい。まさに、こんな穏やかな天気の日にはぴったりではないか。
ところが、である。現地に到着してみると図書館は閉館していた。当然カフェもやっていない。まさか「文化の日」に図書館がお休みとは…。
歩き方その3 勝手な思い込みは無用
やむなく、近所で営業している喫茶店を探す。外出先で飲むつもりで朝のコーヒーを飲まなかったのだ。コーヒーが飲みたい。コーヒーをくれ。
しかし、笑ってしまうくらいお店というお店がことごとく閉まっている。それもそのはず、ここは“休日は人口が減るエリア”なのだ。しかたない。西に折れて日本橋をめざした。
*
迷い犬のようにとぼとぼ歩いて《日本橋高島屋》の裏手に出たところで、突然(ということはもちろんないが)目の前にあらわれたのが《ロータス》という屋号の喫茶店だった。
数年前にいちど入ったことのある、“時代がついた”という表現のよく似合うすばらしいたたずまいの喫茶店。
ぼくはこの店の内装もコーヒーの味も好みだし、なによりカウンターに立つ老主人の風情がよい。とても落ち着く。東京という場所で、変わらずそこに在りつづけるということがいかに大変なことか。そしてどれだけの人たちを安心させ、勇気づけていることか。ロータスさん、そこにあってくれてありがとう。
コーヒーとミックスサンドを注文し、出かけにバッグに入れてきた本を読みながらしばし待つ。岡野大嗣という歌人の『音楽』というタイトルの歌集だ。短歌にはまったくといってよいほど(たぶん“八丁堀”とおなじくらい)なじみがないが、テーマが音楽なだけに親しみやすい。わかるわかると共感できる部分が結構見つかる。
注文したミックスサンドが到着。
ミックスサンドのお手本のようなサンドイッチとともに、なにかの間違いでは? というくらい豪華がフルーツの盛り合わせが付いてきた。ああ、これはとてもよい時間だ。一ヶ月にいちどくらい通おうかななどと思ってしまう。
*
よい気分で店を後にして、日本橋室町の《誠品生活》で本をあれこれ物色する。本屋の棚に並んでいると、どれもこれも面白そうに思えてくるのはどうしてだろう。
ところで、《誠品生活》が入っている《コレド室町》のすぐそばには村野藤吾が設計した近三ビルヂング(旧森五商店ビル)がある。
チョコレート色をしたタイルが秋晴れに照らされていつもながらうつくしい。
このビルが、いまから90年近く前の1934年に竣工した建物だとは道行くひとのほとんどはきっと知らないだろう。それくらいモダンで、なおかつ竣工当時を思わせるうつくしい姿のまま保たれている。この小さな建物へのオーナーの愛着を思うとなんだか胸が熱くなってくる。
《ロータス》しかり、オーナーの愛がたっぷり注がれた小さな空間にこそ東京という場所が刻んできた本当の時間は息づいていると思うのだ。
そのまま常盤橋からデベロッパーによる再開発が進む東京駅の八重洲口を通り過ぎ、銀座一丁目の駅から帰宅。
早めに帰れたので、おやつは十数年ぶりに《フォション》で購入したクロワッサンとカフェオレ。
せっかくよく歩いても、こういうことをするから太るのだ。
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