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「微生物もおいしい漬物を作るために奮闘中!」研究者が語る発酵漬物の世界【ぐるなび 食の価値創成共同研究#02】

ぐるなびは2016年より東京工業大学と共同で、「ぐるなび 食の価値創成共同研究」を立ち上げ、日本食の新たな価値を見出すための調査・研究を行っており、これまでに論文5報、特許4件を取得し、食品メーカーとの共同商品開発なども行ってきました。
今回は、本共同研究の第一線で取り組む当社イノベーション事業部 澤田和典より、研究テーマの一つである発酵漬物の研究についてお伝えします

漬物に再評価の波が!

皆さんは、最近お漬物を食べていますか?

古くから鰻の蒲焼に奈良漬が合わせられるように、ハンバーガーにはピクルス、豚骨ラーメンには紅ショウガ(高菜漬もいいですね)、ソーセージにはザワークラウトなど、洋の東西を問わず、料理と漬物の定番の組合せが多数あることを皆さんもご存知だと思います。美食家で知られる北大路魯山人が「夏の夕餉に白瓜の皮のぬか漬けはもってこい。」という言葉を残したように、「白飯とお味噌汁と漬物があれば十分!」という感覚は今も昔も「和食DNA」に刻み込まれているように思います。

グラフ1.漬物生産量の推移(出典:農林水産省食品製造業統計表から作図)

上記グラフ1をご覧ください。
2002年より減少傾向にあった漬物の生産量は、なんと2017年に底打ちし増加に転じたのです!ちなみに私たちが発酵漬物の研究を開始した2016年時点においては、この長い下り坂が終わりに近づきつつあるなんてつゆ知らず、このまま漬物は日本の食文化から消えてしまうのではないかと大きな懸念を抱いていました。食文化調査を目的に訪問した漬物メーカーの方からも「漬物文化が生き残るかどうかは現代の消費者に求められるかどうかによる」といったコメントが聞かれ、多くのメーカーさんが危機感を抱かれていたように思います。
しかし状況は一変。漬物業界の皆さんの弛まぬ努力の結果、回復傾向に!
当時立ち込めていた不安感を振り返りますと、とても感慨深いものがあります。(私たちの研究が少しでも力になれているといいのですが……)

グラフ2.漬物種類別生産量の推移(出典:農林水産省食品製造業統計表から作図。漬物種別名に「その他」が含まれているものは除いています)

次に、こちらのグラフは漬物の種類別生産量をまとめたものです。
2002年をピークにひときわ高まるグラフが示すよう 、かつてキムチが大きな存在感を発揮していたところ、近年においてはキムチと浅漬の2枚看板が業界の回復を下支えしている様子がうかがえます。そして発酵技術が関与するぬか漬(統計上は「たくあん漬」として集計)の生産量も回復傾向にあることにもご注目ください。

このように漬物文化には確かな復興の兆しがみられます。しかしながら、その生産量に関しては、かつての水準には至っていないことから、「ぐるなび 食の価値創成共同研究」では、漬物文化の発展の一助となれるよう、漬物文化の魅力再発見、国内外への情報発信に取り組んでいます。

漬物サンプルを集めていたら、日本の農業を垣間見ることになった

ご提供いただいた漬物サンプルの一部。漬物メーカー様にご協力いただき入手しました。

東京工業大学との共同研究のテーマとして発酵漬物を研究することになり、研究方針に合致した漬物サンプルを集めました。国内外問わず、漬物研究の現場では、一般の小売店や直売所などでサンプルを入手することが多いところ、私たちは最終製品に含まれている微生物だけでなく、漬物の製造途中にどのような微生物がいるかも調べるため、直接メーカーの方に研究の主旨を説明し、サンプルをご提供いただくことにしました。また、私たちは研究を進める上で微生物の働きに加え微生物の地域性にも着目することとし、「地場」の野菜を使い、製造工程に“発酵”が含まれる各地の伝統的な漬物のサンプルを集めることにしました。
「『地場の野菜』に付着する『地場の微生物』による発酵で伝統的な漬物は生まれる。」というストーリーのもと研究を開始したのです。

漬物の香気成分を収集している様子

ところが、いざサンプルを集め始めると「地場の野菜」という条件が大きな壁として立ちはだかりました。もともと漬物は、食料が十分ではなかった時代において余った野菜を用いた保存食として生まれたとされており、日本各地で異なる気候条件や収穫物に応じた結果、地域固有の特色ある漬物が生まれ、受け継がれてきたと言えます。しかし、現代では食料生産は世界規模で分業され、必ずしも自分たちで多様な食材を育てる必要がなくなりました。こうした食料生産の環境変化を背景に、商業スケールに見合う量・価格で地場野菜を作ることは難しいという農家さんの現状に直面。これが「地場の野菜」集めを困難なものとしたのです。

例えば、長野県の名産というイメージが強い野沢菜も日本各地で生産されており、たくあんに使う大根については、海外からの輸入品も多くあります。漬物メーカーの方とお話しさせていただく中で、「昔は地場の野菜を使っていたけれど、地場野菜を扱う農家さんの減少に伴い原材料確保が難しくなり、他の地域や海外の野菜を使っている。」というお話もうかがいました。

原材料が他の地域や国から調達したものであっても、商品自体を残すことは可能なのでしょうが、例えば「長野のすんき漬」、「京都のすぐき漬」、「広島の広島菜漬」など伝統野菜やその地域でしか作られていない野菜を原材料とする場合、その食文化を変えることなく継承するには、より多くの努力と工夫を要することは想像に難くありません。

地域の「食文化を守り育てる」ということは頭で考えているよりも、非常に複雑な要素が絡み合う問題なのだと、改めて真摯に向き合うきっかけとなりました。

野菜の発酵は基本的には乳酸菌の仕事(でも脇役も結構いる)

漬物から取り出した乳酸菌を育て、能力を評価します

サンプル集めに難航(ぐるなびがなぜ漬物の研究をしているのかと怪しまれることもしばしば)しましたが、最終的に北は秋田から南は福岡まで8府県21社のメーカーさんのご協力をいただくことができました。こうしてやっとの想いで収集したサンプルを使い得られた研究結果を少しご紹介します。

まず、サンプルにどんな種類の微生物が含まれているのかを調べました。含まれる微生物の種類は、漬物の製法によって大きく異なり、多種多様な微生物が共存していますが、基本的に乳酸菌が大多数を占めています。乳酸菌と一口に言っても様々な個性があり、例えばどんな栄養を必要とするか(「栄養要求性」といいます)についても違いがあります。どんな食事が気に入るかは種類によって違っていて、野菜からしみ出る栄養が満足できる乳酸菌は、栄養を取り込んで乳酸を作り、漬物に独特の風味を与える一方、野菜からの栄養が気に入らない乳酸菌は、活動しません。このように乳酸菌はなかなかの「美食家」なんです。

その他、濃い塩分を好む乳酸菌、栄養が与えられるとすぐに活動(発酵)を開始する乳酸菌、発酵を開始するまでに時間がかかるものの、圧倒的な発酵力がある乳酸菌など様々な個性があります。野菜に付着している微生物を利用して発酵を行う(自発的発酵)漬物では、こういった乳酸菌の個性によって漬物製造中に役割分担が生まれます。塩分の高い工程で活躍する乳酸菌、発酵の前半を担当する乳酸菌、後半を担当する乳酸菌など、まさにチームプレーで漬物の発酵は進みます。

例えば、「日本三大菜漬」である野沢菜漬・広島菜漬・高菜漬の比較研究では製造条件によって働く乳酸菌の違いがよくわかる結果を得ています。広島菜漬の古漬や高菜漬では、まず初めに原材料となる野菜を塩で長期間漬け込み、およそ18%程度の塩濃度にします。こうした高い塩濃度の環境でも生育する乳酸菌があり、それは醤油の“もろみ(醤油を絞る前のペースト状のもの)”からも見つかっている乳酸菌「Tetragenococcus halophilus(テトラジェノコッカス・ハロフィルス)」と言います。何だか長く難しい名前のこの乳酸菌は4つの丸い細胞がくっついて見つかることが多いことから、4つ (Tetra)の丸い菌(coccus)、塩 (halo)が好き(phil)を組み合わせて、このような名前がついています。メーカーの方からご提供いただいた塩漬原料は、熟成したクセの強いチーズのような独特の香りがし、乳酸菌が存分に活動した証を感じました。

広島菜漬の古漬では塩漬にした原材料をさらに洗浄・調味します。調味工程で塩濃度はぐっと下がり、「Lactiplantibacillus plantarum(ラクティプランティバチルス プランタルム)」という乳酸菌が増えてきます。学名に「植物の (plant)」が2回も出てくる通り、この乳酸菌は野菜発酵の王様と呼ぶべき乳酸菌です。
一方、野沢菜漬は終始低塩濃度で漬けることもあり、塩分が好きな乳酸菌が増えることはなく、この王様の乳酸菌を多く検出しました 。目に見えないので実感しにくいですが、「発酵漬物」と一口に言っても、働いている乳酸菌は異なっているんですね。

京都のしば漬を題材とした研究では、さらに細かく乳酸菌の消長を調べました。原材料となる茄子や紫蘇に付着している有象無象の微生物は、塩水によって激しい生存競争の洗礼を受け、腐敗の原因になったり、ヒトに悪い影響を与えたりする微生物は概ねここで取り除かれます。塩水の試練を乗り越えた微生物の中で、まず先陣を切って増えるのは発酵のスタートダッシュが効く「Leuconostoc mesenteroides(ロイコノストック・メセンテロイデス)」という乳酸菌で、いきなりは野菜発酵の王様(Lactiplantibacillus plantarum)は出てきません。「Leuconostoc mesenteroides」が少しずつ乳酸を作り、乳酸菌にとってより快適な環境が整うと、王様が圧倒的な増殖力と乳酸創出力を発揮し多数派となり、役目が終わった「Leuconostoc mesenteroides」は静かに消えてなくなってしまいます。泣けますね。

他にも、漬物の発酵菌の中には、脇役のような別の種類の菌が目立って見つかることがあります。例えば、ぬか漬に関する過去の研究では、酵母菌のような乳酸菌以外の微生物が働き、よい風味を与えていることが分かっています。私たちが集めた愛知のたくあん漬サンプルの中にも、乳酸菌ではない塩分を好む微生物など、一見脇役のような微生物の例が見つかっています。現在、「データ上では、たくあんにうま味をプラスする働きのように見えるが、本当に『脇役』なのか?実は『無役』なのではないか?」といった点について慎重に研究を進めているところです。

同じくたくあん漬である秋田のいぶりたくあんも調べました。こちらは厳しい冬に漬けこむだけあって微生物の活動は本当に穏やか。乳酸菌が圧倒的な存在感を発揮するのではなく、あくまで控えめに、他の微生物と共存するかのような挙動でした。地域の気候・風土に合わせて微生物たちの活動も大きく変化することに感心します。

このように、自発的発酵を利用した発酵漬物は、「異なる個性が集まって作り上げたもの」とも言え、なんだかとても現代的。古くから存在する事象だけど、ものすごく新しく、環境が異なれば活躍する個性が変化するというところも示唆に富んでいます。
とは言え、これらは漬物を作る側からの視点であって、当の微生物たちは今も昔も必死で生存競争にさらされているだけなのですが。

伝統をつなぐために、科学ができること

優れた技術や知見が詰まった素晴らしい日本の食文化であり、かつては私たちの食卓に欠かせない身近な存在であった伝統的な発酵漬物が、現代においてはどちらかというとマイナーな存在にあるのは、原材料の生産状況や消費者の嗜好・食生活の変化、文化継承の課題など多様な要因が背景にあると考えられます。こうした状況を乗り越え、発酵漬物の魅力を後世に遺すために、「何を変え、何を変えないか!?」。生産者の皆さんだけでなく、食文化を享受する私たち消費者も、未来への重要なバトンを握っているのではないでしょうか。

ぐるなびが東工大と共同で行っている研究により解決できる社会的課題は限られているかも知れませんが、発酵漬物をめぐる微生物たちのドラマが私たちの研究を通じつまびらかになることで、発酵漬物が皆さんにとってより一層誇らしく愛おしいものになれば、科学が日本の食文化の価値再認識に役立てたと言えるのではと思っています。

世界的な和食ブームの中で、まだまだ伸びしろたっぷりなお漬物。日本に暮らす方だけでなく、WASHOKUダイスキな世界中の方々にも届くよう、私たちは今日も研究を進めています。

【書いた人】
イノベーション事業部 澤田和典 / 博士(農学)
大学卒業後ウェブエンジニアになったものの、生命科学への興味が抑えきれずもう一度大学生をやり直す。在学中にマサチューセッツ工科大学(MIT)化学工学部 (Chemical Engineering) に留学。前職の化学メーカーでは発酵による化学品(バイオエタノール・コハク酸)生産の研究に従事。2016年9月ぐるなび入社。専門は代謝工学・発酵工学。

共同研究立ち上げの経緯に関する記事はこちらから


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