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【イギリス生活】恋人でも友だちでも家族でもない人と暮らすということ

イギリスを代表する文化のひとつ、フラット*シェア。
はじめましての他人と、ひとつの家をシェアして暮らす。
フラットメイトは、恋人でも友だちでも家族でもない。
つかず離れずの絶妙な距離でなりたっている。
そんなイギリス生活の話。

*日本でいうアパート・マンションのこと

イギリスの賃貸は、だいたい家具つきなので、気軽に引っ越しする人が多い。
自分で物件を見つけ、大家さんと交渉し、はじめましての他人といっしょに暮らすのが一般的な流れだ。
一軒家に住むのがハウスシェア、フラット(アパート)に住むのがフラットシェア。
いっしょに住む人たちを、それぞれハウスメイト、フラットメイトという。
※この先は、面倒なのでフラットシェア、フラットメイトに統一。

私がロンドンに住みはじめて、かれこれ2年が経とうとしている。
これまでに3回引っ越し、一軒家やフラットに住んだ。
さまざまな人種、バックグラウンドのフラットメイトと暮らしてきた。

差別的な人もいたし、親切な人もいた。
家庭を持っている人も、自由気ままに生きる人もいた。

フラットシェアは、ときに大変だけどおもしろい。
住む家は同じでも、部屋ごとにそれぞれの生活がある。
フラットメイトは、ご近所さんより近くて、友だち・家族・恋人よりは遠い、不思議な存在だ。

なぜフラットシェア?ひとり暮らししないの?

見知らぬ他人といっしょに暮らすことは、メリットもデメリットもある。
イギリスでは、なぜフラットシェアが一般的なのだろうか。

(1)ひとり暮らし物件が少ない
イギリスは築100年を超える物件だらけ。
そもそも、日本のような「ひとり暮らし」を想定した造りの家は少ない。
外からはひとつの家に見えるけれど、部屋ごとに借りている人がちがうことはよくある。

もちろん、日本のアパート・マンションのような集合住宅もあり、これをフラットと呼ぶ。
フラットシェアは、アパートの一室(日本だと家族で住むような物件)で複数の他人と住むことをいう。
キッチン、リビング、バス・トイレをみんなで共有し、ベッドルームだけがプライベートな空間だ。

(2)家賃が高い
ロンドンの家賃は、はちゃめちゃに高い。
日本みたいな1K(バス・トイレ別、キッチンあり)に、ひとりで住むとしたら、都心から離れていても家賃は月20万を超えてくる。
安くないのに、物件は「…独房?」みたいなことも。

よっぽどの事情がない限り、みんなフラットシェアを選ぶ。
高い家賃を払い続けるくらいなら、ローンを組んで自分の家を買おうと考える人もいる。

どうやって家を見つけるの?

ひとり暮らしは高級志向であり、他人とのフラットシェアがあたりまえなイギリス。では、どうやって物件を見つけるのだろう。

主な方法はこの2つ。
(1)知り合いの紹介、(2)マッチングアプリ

(1)知り合いの紹介
BBCの『Sherlock』というドラマをご存知だろうか。
第1話の冒頭で、探偵シャーロック・ホームズと相棒のDr.ジョン・ワトソンの出会いがドラマチックに描かれる。

2人の共通の知人が、フラットメイトを探しているシャーロックに、ジョンを紹介した。
シャーロックは、開口一番に、初対面のジョンの人となりを推理してみせる。
これでジョンの自己紹介は不要とばかりに、シャーロック自身のスタイリッシュ自己紹介をかます。あぜんとするジョン。
さあ、これでお互いのことがわかったからOK!
とジョンの入居が秒で決まる。

このシーン、今思えば結構リアルに、フラットシェアの物件探しのポイントが描かれている。

・フラットメイトの第一印象めちゃくちゃ大事
・おたがいのプロフィールを伝えておこう(職業、経歴など)
・おたがいの生活スタイルを確認しよう
フラットシェアのもめ事トップ3に入る、騒音問題(バイオリン演奏)をあらかじめ申告するシャーロック、えらい!
(入居してから、暇すぎると壁に弾丸ぶっぱなす人だとわかるけど)
・物件はちゃんと見ておこう
いくら高級住宅街Baker Streetでも、実物は見よう。写真詐欺があるので。

考えたらヴィクトリア朝時代(シャーロック・ホームズの原作が出版された時代)から、フラットシェアという文化が続いているのだから、イギリスおもしろい。

(2)マッチングアプリ
イギリスで人気のマッチングアプリは、恋愛目的だけに限らない。
家と人をむすぶマッチングアプリがある。
物件を貸す人と借りる人のマッチング、フラットメイト同士のマッチングができる。

私がいつも使っている家探しアプリはこちら。

ロンドンは、エリアによって治安・住んでいる人種が、はっきりと変わる。
20分歩くと高級住宅街、さらに20分歩くと雑多な街。
というように、雰囲気の異なるエリアが入り組んでいる。

あるとき、私は移民が多いエリアで暮らしていた。
ここで、フラットメイトは友だちでも家族でも恋人でもなく、フラットメイトであることを学んだ。

国を追われたLのこと

This is the life. これが人生ってもんだ。

かつて私がいっしょに暮していた、フラットメイトのLがよく口にした言葉だ。

ずっと昔に、Lは北マケドニアからイギリスへ移住してきた。
母国では上流階級の人物であり、お手伝いさんのいる大きなお屋敷で、奥さんと子どもと暮らしていた。

北マケドニアはとても複雑な背景を持つ国だ。
あるときLは、政治のいざこざにより祖国を追われてしまう。
奥さんと子どもを残したまま。

イギリスに逃げ込んだLは、英語もろくに話せず、移民のコミュニティを探してみんなで助けあったそうだ。

ふつうの暮らしを求め、不法滞在しながら日銭を稼ぐ。

今までやったこともない、車を洗うアルバイトをした。
雇い主は、労働ビザのないLをこっそり働かせたが、
Lがもらえる賃金は、法で決められた額よりかなり少なかっただろう。

Lの手は洗剤で荒れ、小さく汚い家で強制送還に怯える日々を送った。

正式な滞在許可を得てから、次第に生活は安定する。
子どもをイギリスの大学に進学させると、
奥さん以外はみんな、イギリスで暮らせるようになった。

私がLと暮らしていたころ、彼は富裕層のための、ポーカーのディーラーをしていた。
毎週、富豪の自宅で開かれるパーティーで、飲んだり食べたりしながら、みんなでポーカーをする。
パーティーのために、スーツにタイをしめ香水をまとったLは、ジェームズ・ボンドさながらのかっこよさだった。

ああ、これがLの本来の姿なんだと思い、切なくなった。

Lは私を娘のようにかわいがり、時おり母国の料理をふるまってくれた。
一緒にランチをしながら、北マケドニアの話をきいた。

L、この料理は本当においしいね。
――私の国には、ギリシャやトルコ、近隣の国から伝わったものがいっぱいあるからね。

伝統的な料理なの?
――これは妻のレシピだ。各家庭ごとに少しずつ味がちがうんだよ。
――イギリスに来るまでは、自分で料理したことなんてなかった。いつも妻かお手伝いさんが作っていたから。でもイギリスで生きていくために、少しずつ学んだんだ。

Lはとても愛情深い人物で、コミュニティのつながりをとても大切にする。
そうやってイギリスで生き延びてきたからだろう。
移民の街では、よく人種ごとにレストランやバーに集って、仲間とのつながりを広げる人たちを見かけた。

異国にひとりで来た私を、とにかく過剰なまでに心配した。
私は知り合いもいるし、仕事もあるし、まったく孤独を感じていないかったのだけれど、いくら説明してもわかってくれない。
実家の親より口うるさいなあ、と辟易することもあった。

Lがとつとつと語る彼の人生を知っていくうちに、Lがイギリスに来たころの体験からくる心配なのだと察することができた。

私がLと暮らしていた家には、金銭面や精神面で問題をかかえた人が多かった。アルコール依存気味な人、夜中にハイになって叫ぶ人、定職についていない人。

ある人が、私にだけいじわるをしてくるので(差別的なものがあったと思う)、Lによく愚痴をこぼした。
Lは「そういうやつもいる。それが人生だ」「そんなのは無視すればいい。自分は自分。気にすることはない」という。

Lの過去を思えば、たいていのことが人生の中の小さなつまづきに過ぎない。
でも私は、同じ家に住んでいる人の、差別を感じる態度に耐えてまで、いっしょに住み続ける意味はないと思った。

引越しを考えはじめたころ、追い打ちをかけるできごとが起きた。
毎週のように、Lからお金を貸してくれ、と頼まれるようになったのだ。

Lは毎週ポーカーを行い、ゲームの翌日にはお客さんからお金を回収することになっていた。それで日々の生活費や家賃をまかなっている。
富裕層にとって、Lに払うお金は「はした金」に過ぎず、支払いにルーズだった。
ゲームの翌日じゃなくて、3日後になることもある。(飲み会のお金を数日後に払う、みたいなものなんだろう)

でもLはそのお金を頼りにしていたので、支払いが遅れると生活が苦しくなるという仕組みだった。

Lを信頼しているし、金額も1万円ていどだし、すぐに返してくれるので、はじめは貸していたのだが、ずっと続くようになった。

Lの子どもは、イギリスの大学を出た後、世界的な企業で働いている。Lの近くに住んでいるのに、なぜ頼ろうとしないんだろう。
子どもには頼みにくいのだろうか。私が家族ぐらい頼みやすい存在になっていたのだろうか。

いつか大きなこと(大金を貸してほしいとか、知人の不法滞在を助けてほしいとか)を頼まれたら困るな、と考えてしまうようになった。
Lは私に本当に良くしてくれたから、お願いを断りづらい。

コミュニティを大切にするLは、私を彼の「家族」というグループにカウントし、私の生活にも口を出すようになった。
誰とどこで何するか気にしたし、働きすぎだと叱ってくることもあった。(ふつうに9時5時で働いてるだけ)

オフィスワーカーは私しかいないこともあり、私がその家では異質な存在だった。

この家では暮らせない。

夜中にハイになり叫びだす人のいないところ、あからさまな差別をしてくる人のいないところ、Lの目の届かないところに引っ越そうと決めた。

新しい場所は、治安もよく、ホワイトカラーの仕事をする人が入居する家を選んだ。
差は歴然としていて、夜に街を歩いても怖くないし、住んでいる人たちも私の価値観と似ていたので、とても居心地がよかった。

あれからLには会っていない。
私は、Lとはフラットメイト以上の家族みたいな距離になれなかった。

つかず離れず

波長があうフラットメイトと、一生の友だちになったり、恋愛関係になったりすることがある。それはそれで楽しい。
でも、どんなに仲の良い人と暮らしていたって、共同生活ならではの不満や意見の衝突はおこりうる。
たがいに過干渉せず、わりとドライな関係が、心地よい関係をつくれるのだと思う。

誰が何時に帰ってきた。部屋でテレビを見ている。何を食べている。
気配でおたがいの生活は割とつつぬけ。プライベートな悩みから何気ない会話もする。一緒にパブに行ったり、まったく会わない日もあったり。

絶妙な距離を保って、今日もフラットシェア生活は続くのだ。

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