訪問入浴（6）

専務はMさんから送られてきた業務時間中に社長とHさんが親しくしている写真を、僕が指示して撮らせたと社長に見せた。

僕は社長に呼ばれ、何であんな写真を撮らせたのか問い詰められた。
僕は指示していないと言っても信じてもらえない。

専務「指示なしで勝手に写真撮るわけがないだろ」
社長「Mを辞めさせろ」
僕「出来ません」
社長「なら盗撮罪で訴える」
僕「…..」
社長「とにかくMを辞めさせろ」

その日から社長と専務の嫌がらせが続いた。
僕が事務所に入ると最悪の雰囲気となる。
早く現場に出たかった。
Mさんにも生活がある。
辞めさせることなんて出来ない。
正義感から取った行動である事は分かっていた。

約12年間この会社で働いた。
家族もいる。
何としてでも守らなくてはならない。
妻、子供には不自由な思いは絶対にさせたくない。
笑って生活して欲しい。

どうすればいいか分からない。
僕は食事も食べれなくなり、笑顔も消えた。
1人になると涙が出る。
夜は眠れない。

メンタル崩壊だ。

ある日、社長と専務に呼ばれた。
社長「Mはいつ辞めるんだ」
僕「…..」
専務「一刻も早くやめさせないと大変なことになるぞ」
僕「…..」

僕「今月いっぱいで僕が辞めます」

専務「なんでお前が辞めるんだ」

社長「…..」

社長「そうか….分かった」

辞めないと決めていたのに何故か勝手に口が動いた。
今だに不思議だ。

それから嫌がらせはなくなった。
専務からは度々電話がかかってくる。
「本当に辞めるのか？」
「この会社がどうなっても良いのか？」
「考え直せ」

僕はこの会社がどうなってもいいし、意思は変わらない事を都度伝えた。

住宅型有料施設のT社長にも退職する事を伝えた。
T社長「そうなの？あなたがいないなら入浴会社変えるわね」
僕「ご迷惑お掛けしてしまい申し訳ございません」
T社長「それはいいけど次は決まってるの？」
僕「決まってます」

と伝えたのだが、実は決まっていない。

前々からT社長には「うちで働きなさい」とお誘いを頂いていた。
T社長の事は嫌いではないが、僕の直感でここはやめた方がいいと感じていた。

T社長「そうなの〜なら夜のアルバイトはどう？」
僕「アルバイトですか？」

好きな日にちも選べるし、金額も良い。
僕は初めて夜勤をする事となった。

この時は昼間働いて、夜仕事をする事がとても不安だったが、何とかなるものである。
この経験で、介護職でも頑張れば収入を大幅に増やすことが出来ることを知った。
一安心だ。　

※収入を増やしたいなら副業可能な事業所で働く事をお勧めする。

僕は訪問入浴利用者に退職する事を伝えながら最後の業務に励んでいた。

利用者Nさんというスタッフ全員が行くのを嫌がっていた利用者がいた。
Nさんはヤクザだ。
片足が無く、訪問入浴を利用していた。
全身に刺青、体も大きく気性も荒い。
何かあるとすぐに怒鳴る。
見た目も厳ついので、皆んな恐縮してしまう。
僕も怖かった。

Nさんの利用するサービス業者は次々と撤退していく。
訪問入浴も僕達以外は利用させてもらえない。
ヤバい利用者として介護業界内で噂が広まっている。
ケアマネも失踪した。

僕はタトゥーが入っているという単純な理由で気に入られた。
介護職で死神のタトゥー入ってるのが面白いらしい。
僕がNさん宅に訪問する時は怒鳴られる事はほとんどなかった。
訪問入浴スタッフは僕が一緒に行く事を条件についてきてくれた。
僕以外のスタッフがいる時は笑顔を見せないが、2人になると笑顔でよく話す。
業務時間外もちょくちょく飯食いに行ったりしていた。

僕「実は今月いっぱいで退職します」
Nさん「次は決まってるのか」
僕「決まってないです」
Nさん「俺のアニキが滋賀の方で◯◯やってるからどうだ」
僕「なんか怖いからやめときます」
Nさんは電話を取り出し誰かにかけ始める。
Nさん「今、求人かけてる？」

Nさんは介護保険と障害福祉サービスを両方使っていた。
電話先はNさんの障害福祉サービス相談員HNさんだ。

Nさん「大募集中だってよ！」
Nさん「お前との関係終わらせたくないし、面接行ってみろよ」
僕「そうですね、話し聞いてみたいです」

退職後、直ぐに働きたかった僕は面接時にHNさんの事業所に入社する事を決めた。

僕の勤めてた事業所も退職後、すぐに潰れた。
T社長は入浴会社を変更し、何故かNさんも利用をやめた。
噂では社長はHさんとは別の女性従業員とも付き合い出した。
利用者も激減。
経費はギャンブル、遊びで使い込んでしまい会社が回らなくなったとの事だ。

今もデイサービスは名前を変えずに残っているが、別の法人が運営している。

2024 8/3
たまたま今日、デイサービスの前を通った。
営業中のはずだがシャッターが全て閉じていた。
閉鎖したのだろうか…