見出し画像

訪問入浴(5)

専務「今1人か?」
僕「はい」
専務「T社長を怒らせてしまった….」
専務「もううちの訪問入浴は使わないってよ」
僕「….」
専務「一回お前電話してみろ」


僕はT社長に電話した。
とても怒っていた。
あんな気持ち悪い奴がいる会社とは取引しないと言っていた。
理由を聞くと変な時間に意味不明な電話連絡を専務がT社長にしたらしい。
『こんな時間に連絡してくるな』
とT社長が怒った時の専務の態度が気に入らなかったとの事だ。
『もうあなたの会社とは取引しない!』
と伝えたそうだ。
その後、専務からの長文の謝罪メールが何回も送られてくる。
しつこくて気持ち悪いと言っていた。
僕はそっくりそのまま専務に伝えた。

それから数時間後、専務から電話連絡があった。

専務「1人になってくれ」
僕「分かりました」
専務「社長と話して俺は退職する事にした」
僕「そうなんですか?」
専務「今までありがとうな、今後の事もあるからT社長に直接謝罪しておいた方がいいぞ」
僕「そのつもりです」

疥癬の時も謝罪、今回の件も謝罪。
僕が一体何をしたというのだ。
所長に就任して責任感が芽生えた。
子供が生まれて責任感がより重くのしかかってきた。
何としても家族を守りたい。
休日も関係なく会社から何度も連絡が来る。
出かけていても電話ばかりしている。
僕には残業手当、休日出勤の手当もない。
家族には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
小さい事業所で、まだ僕の代わりに仕事できる人がいない。
人もなかなか育たない。
何もかもがうまく行かない。
1人でいると自然と涙が溢れる。
疥癬の件で売上が激減し、所長責任として減給された。
ボーナスも無くなった。
売上目標を達成したら元に戻してくれる約束だ。
次から次へと問題が起こる….


帰宅して子供の笑顔に救われる。


T社長に時間を作って頂き、菓子折を持って謝罪に行った。
専務が退職する事を伝えるとT社長は喜んだ。
僕以外の人間がT社長に連絡を入れない事を約束し許しを得た。

専務に謝罪の件を連絡した。
専務が退職するとの会話内容に対しては「なんでそんなことを言うんだ!」と怒鳴られた。

は?

言いたい事はいっぱいあったが、専務も今月で退職する。
僕はグッと堪えた。 
謝罪を受け入れたことに関しては「そうか、良かったな」で終わった。

確かその翌日に専務から電話があった。

専務「お前は俺に会社に残って欲しいか?」
僕「…..」
専務「Mさん、Yさんは残って欲しいと言っている」
M(デイサービス管理者)Y(生活相談員)
は?辞めろよと僕は思ったが言えなかった。
僕「まぁ、辞めなくて良いんじゃないですか..」
専務「分かった、皆んなが辞めてほしくないと言っていると社長に言っておく」



なんだこいつ?


しかし専務はこの件で社長の信頼を失った。


今まで専務を通して会社を動かしていた社長が直接僕に連絡してくるようになった。
食事もよく連れてってもらった。
悪名高い社長だが、僕は嫌いでは無かった。
子供がそのまま大人になったような感じの人だ。
話も面白い。
しかし、困った事があった。
訪問入浴の業務予定表を毎日僕が作っていた。
帰宅後、社長からしょっちゅう業務予定表を変更して欲しいと連絡があった。
深夜に連絡が来る事もあった。
社長お気に入りの20代前半の女性ヘルパーに大きく空き時間ができるようなコースを組み直さなければならないような内容だ。
(今後、20代前半女性ヘルパーをHさんと書く)


やはり他の訪問入浴スタッフは気に入らない。
不満が募る。

一時的なものだろう。
しばらく様子を見て、変わらなければタイミングを見計らって社長に相談しよう。

そう思っていた。


家庭を持った僕は現状を維持したかった。


今思えば、慎重になりすぎた行動だ。


臆病者だ。


目標以上の売上が出た頃、訪問入浴看護士がたまたま社長とHさんが業務中に2人でいる所を見つけ写真を撮る。
(今後この看護士をMさんと書く)
Mさんは、その写真を僕と専務にメールで送ったのだ。
[業務中です]とのメッセージを添えて。

終わりの始まりである。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?