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パン職人の修造45 江川と修造シリーズ Sourdough Scoring 江川


エレベーターに乗りながら修造は考えていた。

反抗的で不登校の江川か、そんなところ全然見た事ないなあ。一生懸命でいつも明るいやつなのに。

きっと俺と江川は良い相性なんだろう。
安定してお互いを良い方に高めて
いけるようになってるんだ。

本当はこの調子で大会まで持っていきたいけど
もう無理はさせないようにしなきゃ。

—-


江川は2日後退院してパンロンドに戻ってきた。


みんなが江川を取り囲んで声をかけた。

「おっ!江川!大丈夫なのか?もう治った?」

「親方、すみません休んじゃって」

「お前の分は修造が頑張ってくれたよ」

「修造さん、すみません」

「江川、これから辛くなったら言ってくれよ」

「はい」

はいと言ったが、江川の頭の中はライバル鷲羽との対決で頭がいっぱいだった。


その鷲羽と園部は2人でスコーリングのデザインを研究したり、先輩の生地作りや技を穴が開くほど見たりして、次に江川が来る時に備えていた。



パンロンドでは、江川はスコーリングの練習をみて貰いながら鷲羽の視線を思い出してイライラしていた。

「江川、怒りながらじゃちゃんとしたスコーリングはできないよ。ギューギュー引っ張るんじゃない」

「すみません、つい力が入っちゃいました」

鷲羽が頭をよぎる

指先がブレる。

落ち着いて落ち着いて、自分の思い描いたラインにカミソリを繊細に入れていくんだ。

「強弱を考えて。

同じラインは同じ深さと速度に気をつけて」

「はい」

「ほら、これをあげるよ」

江川は修造が使っていた2種類のカミソリのホルダーと新しいカミソリの両刃を受け取った。


それは当たり前の形でどこにでも売っているかも知れないが、江川にとって特別貴重なものの様に感じた。


修造さんのホルダー!


これ僕の宝物になると思うな。


江川はホルダーを持ってパン生地に刃を入れた。

嘘の様に気持ちよくスッと刃が通る。不思議なほど指先の震えがおさまった。

「絶対負けない。ぼく頑張ります」

江川は病院で夢に出てきた情景を忘れないように生地に刻んだ。

「おっ!これ凄いじゃないか」

修造に褒められて江川はストレスが吹き飛んだ様な気がした。

—-


 そしてまたホルツに行く日がやってきた。

今日は修造も加わって四人でスケジュールを組み、仕込み、成形、スコーリング、焼成を行う。生地の発酵中はホルツの職人に混じって成形を手伝ったが、皆修造に色々話を聞きたかったようで話しかける者が次々現れた。

さて、スコーリングの時間がやって来た。

修造が一番にスリップピールに生地を六つ並べてそのうちの三つに持ってきたステンシルを生地に貼り付けたあと、粉を振って剥がした。
ステンシルの後が綺麗に残り、そこにひと筋カミソリを入れる。


三人はそれを見ながらどんな風になるのかワクワクした。それを3種類やった後、残りの3つはカミソリのみで素早くカットを入れていった。

修造の窯入れを見た後、江川の番がやってきた。

江川も6つの生地をバヌトンを裏返して並べ、粉を振りかけていき、修造に貰ったホルダーに新しいカミソリを付けたものを滑らせた。滑らかな指の動きで理想の柄をつける事ができた。

実際に焼けてみないと出来栄えは分からないが、江川の動き自体が前とちがう事に鷲羽は焦りを感じていた。

以前編み込みパンで負けた時の事を思い出したのだ。

鷲羽も順番が来て、先輩や、今見た修造の動きを思い出しながらカミソリを入れた。なるべく同じペースを守りイメージ通りのものを意識した。江川には絶対負けたくない!何か意地の様なものが表情に出ていた。

園部はあまり2人の争いには引っかからない様にフラットな気持ちで基本に忠実にカミソリを入れた。



大木はひとつひとつをしげしげ見て心の中で思っていた。

うーん前回に比べると飛躍的に伸びてるな。半端ねぇ。いい刺激になるんだろうよ。
昔ホテルのベーカリーで働いてた時、あいつと佐久間と鳥井とでよく練習したもんだ。
懐かしいなあ。


修造のは繊細で表現力は文句ない。

江川はよく仕上げてきたものだ、修造とはまた違う繊細なカットで表現できている。

鷲羽は基本に忠実だし、園部は力強い。

「よし、良いだろう。次は全員真ん中でカットして見せてくれ」

「はい」

皆、パンナイフで真ん中をカットして大木に見せた。

「うん、修造はまず悪いところはないだろう、この調子で審査まで持っていけよ。申請書もよく書けてた。あとは飾りパンのデザイン画を描いて持って来いよ」

「はい」

「江川はスコーリングは格段にマシになってる。まだ断面の所々気泡が詰まってるから気をつけろ」「はい、気をつけます」

「鷲羽と園部は先輩のをよく見て勉強していたらしいな、その調子で練習していけ」

「はい」

鷲羽は江川のスコーリングを一つ一つ見て行った。

綺麗だな。
クソっ!あいついつも課題をめちゃくちゃ練習して来てる。こいつに勝てる様になんとか俺も上に立たないと。

鷲羽は江川と目があった。


そのままお互いジーッと見ていたその時。


「おい鷲羽」

「はい!」

鷲羽は初めて憧れの修造に声をかけられたので驚いて姿勢がどんどん真っ直ぐになっていった。
こういうのを『直立不動』と言う見本の様になった。
少し顔が赤くなってきた。

「美味いパンって言うのはいつも食べられる当たり前の存在であってほしいと俺は思ってる。だから天候や気温に合わせて種や生地の面倒を見て良い状態で焼成まで持っていく、そうすると美味いものができるんだ」

「はい」

「お前は江川の事をライバルで、戦わなきゃならないと思ってるのかもしれないが、お前がこれから戦うのは自分自身なんだ。お前の作ったものを選んで食べてもらう為にな。それは必ず美味いものでないといけない。形だけ勝っても意味はないんだ」

江川はそれを聞いて鷲羽に悟られない様に心の中で反省した。自分も形だけにとらわれていた。

なんとか上手くつくろって鷲羽に打ち勝とうと。

僕は僕自身にこれからも打ち勝って行かなきゃならない。

「誰が見ても美しく、誰が食べても美味しいもの。世界大会ってその頂点なんだよ。それが俺たちが目指してるものなんだ。その為に練習してるんだろ?」

鷲羽はさっきとは大違いの姿勢で項垂れて修造の言葉を聞いていた。なんなら縮んでいきそうだった。

自分自身!

鷲羽は自己愛が強い反面、自分が他人からよく思われてないことが多いのも分かっていた。
不遜で傲慢なので女性社員からはことごとく嫌われて告げ口もされる。
先輩も自分の事を可愛いとは思っていない。
職場では皆に当たらず触らずにされている。
気の合うのは園部だけだった。

修造に可愛がられている江川を見ただけで腹が立つ。

「なんとか努力します」

そう言ったものの、修造の言葉通りにできる気がしない。

まだまだ長い道のりを考えて気が遠くなりそうだった。

そこへ、滅多に喋らない園部が鷲羽に言った「さっきのって、江川への敵対心のボルテージをなんとか自分自身のパンへの熱量に変えろ、そう言う意味なんだな」

「ああ、できるかな俺に」


鷲羽は自分のパンを見ながらその遠くにある自分の10ヶ月後の姿を見ていた。


 

帰りの電車の中


「江川、疲れたろ?体調はどうなんだ。大丈夫なのか?」

「はい、もう平気です。姉さんに聞きました。修造さんが僕と出会って口数が増えたし楽しいって言ってくれたんでしょ?」

「そ、そうだけど」修造は照れながら言った。

「だからお姉さんに言いました、世界大会に修造さんと出るから見ていてねって」

「へぇ、親方も楽しみにしてるって言ってたよ」

「そうなんですね、絶対絶対行きましょうね」

「うん」


二人の夢を乗せてというか

運行スケジュール通りに

電車は東南駅に向かって行った。


おわり

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