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パン職人の修造 155 江川と修造シリーズ 赤い髪のストーカー


程なくして、修造の店リーベンアンドブロートは開店した。

修造は世界大会に一緒に出た江川と言う弟子っこを連れてパン屋を開店したのだ。

麻弥はまたそのニュースをネットを通じてしか知る事は出来なかった。

修造の店は関東の外れの高速道路を冠した幹線道路沿いの、駐車場がある2階建ての建物だった。
広いパン棚の横にカフェスペースがある。

花の咲き乱れるテラスにもテーブルがあり、客は自由に使える様になっていた。

麻弥は明るい色に染めた髪の毛を帽子の中に全部入れて立ち寄った。
店には修造はいなくて従業員が何人かレジ係をしたり、パンを棚に並べたりしている。
歩くのも大変な混み具合で、お客さん達はカフェに座りきれず外の至る所でパンを食べていた。

「こんなに客の入りがいいなら借入金があってもすぐに返せそうね。おまけに年中無休だなんて」麻弥は商売人の様にパンの値段と地代や店の作りなど観察して収益を計算した。

ところで

麻弥は免許を取り、修造の店に通いやすい様に小さな車を買った。

臆病な性格でも修造の近辺を調べる為ならその執念の方が勝つ。

帰り道、麻弥は車で周辺をよく見て廻った。

佐山に鶏口の事を何度となく言われて麻弥の心にも独立の2文字が浮かび上がった。

それもあの、リーベンアンドブロートの近くに店を出したらいつでも修造の事を見に来ることができる。

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店を持ったらどんな風にするか佐山に相談した。

壁の色は何色が良いか、広さはどうする、内装は何色かアイテムは何を置くのか。

麻弥は人生で初めてウキウキしたかも知れない。

そしてここはどうかと言った土地を聞いて佐山は驚いた。

リーベンアンドブロートの近くにある空き店舗だった。

「強豪店から近くないですか?」

「そう?」麻弥はとぼけた。

「他ならぬその強豪店から叩き潰されますよ?」

麻弥は黙っていた。

あんなに売れてる店と勝負する気はないが自店が無くなると困る。

「ここはどうですか?笹目駅近くの空き店舗で、駐車場も付いています。厨房を作って内装を変えるだけで良いと思いますよ」

「そうね。ここなら駅からのお客さんも流れて来るわね」

手持ちのお金も無いのに麻弥はまた捨て身の計画を立てた。

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店を辞めたいと常吉に言った。

「辞めるだと?辞めてどうする?」

常吉は、優しいフリをして金を出していればいつか大人しい麻弥がいいなりになって手に入ると思い込んいたので、自分勝手な怒りが込み上げ激高した。

「なんの力もないお前に金を出してやったのに恩を仇で返すのか!この店を作るのにいくらかかったと思ってるんだ!」手のひらを返して叱責してきた男に、麻弥はまた父親の影を見た。嫌悪感が込み上げる。

「すみません。もう決めた事なので。次の人は自分が探します」麻弥には珍しくキッパリと言い放った。

以前アルバイトしていたケーキ屋の職人を2人呼び寄せて仕事を教え、佐山と一緒に退職した。

新しい店を作る資金繰の事を商工会議所に相談して、これだけいるから自己資金と借入金を合わせてこのぐらいの改装費でいきましょう、などなど話し合った。そして見積もりをとり、金融公庫に提出した。

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麻弥は新しい店をZuckerbäckerei Maya(ツッカベッカライマヤ)と名付けた。

客が3人も入ればいっぱいのとても小さな店なので入り口の横に木製の焼き菓子用のテーブルを設け、その向かいにクーヘン用のショーケースと※シュネーバルやクラプヒェンなどを置くショーケースを置いた。

佐山は店のマークを本場ドイツのツッカベッカライのマークを模して豪華なマークにして高級感を持たせた。

麻弥がお菓子を作り、佐山はそれを並べて販売し、焼き菓子を高級感のある材質のもので丁寧に包んだ。手提げも高級感のある物を作り、地元のマダムにも丁寧に接して好感を得た。

佐山は通信販売を始めて進物用のお菓子のセットをいくつか繰り出した。

冬場にはシュトレンの通販を始め、百貨店の催事にも出て社員と顔見知りになり、定期的に出店する様になった。

お店は儲かり、麻弥は生まれて初めてまとまった現金を手に入れた。お札を持っている時気分が高揚した。

麻弥はカードを作り、高級な洋服店に入り自分にピッタリで格をあげてくれるセットの洋服を何点かとネックレスとイヤリングなどの貴金属、それにハイヒールを買った。

綺麗にメイクして鎧の様にその服や貴金属を身につけ「セレブでバイタリティのある女」と言う設定に仕上げた。

マダム向けの冊子にお金を出して、裏表紙の目立つ所に高級な箱のお菓子の広告を載せた。「雑誌の表紙と言うのは表表紙か裏表紙しか無いのですから裏に広告を載せるのは人の目に触れる機会が多くなる」と佐山に言われていた。

佐山は催事で知り合いになったNN百貨店のバイヤーの趣味などを調べ、ゴルフ場でばったり出会うなどの出来事を増やし「子供さんに」と言ってゲーム機などをプレゼントしたりした。ゴルフ場のレストランでは「どこかにもう少し販売できる場所が欲しい、できれば百貨店の洋菓子売り場があれば」と呟いた。

程なくして百貨店からブースが一箇所空く予定なのでそこに入らないかと打診があり、佐山は収益と人件費を細かく計算して、人を雇う事にしたり、百貨店の空いたブースをデザイナーを呼んで個性的な雰囲気に作り替えて貰い、後ろの黒い壁面の真ん中に黄金に輝く店のマークを大きく付けてもらった。

ネットニュースの記事を書いてる所に連絡して、大きくツッカベッカライマヤについて書いて貰った。

ブースがオープンする初日は店を休んで麻弥も店頭に立ち、かねてから実践している「バイタリティのある女社長」として並んだお客さん一人一人に愛想良く頭を下げた。



つづく


※シュネーバル 甘い生地を細く切ってふんわりまとめた揚げ菓子
 クラプフェン しっとり柔らかいドーナツの一種。中にジャムが詰められているものや、シナモンシュガーを絡めたものもある。


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