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パン職人の修造56 江川と修造シリーズ Mountain View

※このお話はフイクションです。実在する人物、団体とは何ら関係ありません。


扉絵



Mountain View





「修造、用意はできたの?」
選考会の前々日親方が聞いて来た。

「はい、大体は。実は荷物は送ろうと思ってましたが意外と多くて、俺と江川、鷲羽と園部の二手に分かれて車で行くことにしました。これから江川とホルツに行って自分で持っていく荷物を再点検して準備して出発します」


「そうか、大荷物だな。俺達応援に行けないけど頑張ってくれよな。心の中でずっと応援してるからな」


「はい、勝手ばかりさせてもらってすみません。俺、親方の好意に必ず応えてみせます」

「修造!」

「親方!」


2人は親指を上にして掌をガシッと合わせた。



なんだか少年漫画の様なシーンを見て江川の大きな瞳がウルウルしてきた。


「修造さん、江川さん、俺も応援してますね」
藤岡も2人に握手を求めて来た。

「俺もっす!」杉本も勢いよく言ってきた。


「ありがとう」


修造の瞳にも水分が滲み出る。


「おい、江川」

「はい親方」

「皆、江川が修造の助手と自分のコンテストの2つに挑戦する事を心配してるよ。今となっちゃ後には引けねぇ!精一杯やってこい」

「はい、ぼく頑張ります」

「よし!」


親方は江川の二の腕を挟んでヒョイと持ち上げトン!と降ろした。



ーーーー



関西への車の中で


東名自動車道に入って車を走らせながら江川が

「親方って僕のこと子供みたいに扱いますよね」とこぼした。


「可愛いって思ってるんだろ。親方なりの愛情表現だよ」


「そうなんですかねぇ、、、修造さん、2時間毎に交代だから休んでて下さいね。途中パーキングで休憩しますね」


「はいよ」
というが早いか修造は目を瞑り、だんだん寝息を立て出した。

どこででも眠れる人は羨ましいと思いながら江川は修造のイビキを聞いていた。


大切なものを乗せてるのだから、安全運転を心がけながら江川は修造のコンテストと自分のコンテスト両方のタイムスケジュールを思い出していた。


早朝6時から始まり、仕込み、一次発酵、分割、ベンチタイム、成形、二次発酵、焼成、陳列の全ての工程を生地ごとに行うのでずらして上手くできるようによくよく考えてやらないといけない。

中にはクロワッサンの生地にバターを挟むロールインとか、タルティーヌに具をのせるなどの工程もある。

その後はパンデコレの組み立てだ。


落ち着いてやる、例えミスしてもそんな事ありませんと言う顔をするかも知れない。


「とにかく修造さんの足を引っ張らない事だ」

江川は修造の寝顔をチラッと見て1人宣言した。


そうこうしてるうちに江川は左の道に逸れて、山々に囲まれた東名高速道路 静岡県 EXPASA足柄に着いた。


「修造さん、休憩しましょう」

「んあ?よく寝たな」


「富士山だ」

「きれいだな」


名物の桜海老としらすの乗ったわっぱめしをフードコートに持って行って食べた後、富士ミルクランドのカップ入りのジェラートを買って外のベンチに座る。


2人にとって久しぶりにのんびりした瞬間だった。


天気はよく、駐車場と雑木林の向こうに富士山が綺麗に見える。

「僕、神奈川より西に来たの初めてです」


「江川、日本の山って言うとまず富士山を思い浮かべるだろ?」


「はい」


「九州の真ん中にでかい火山があってその周りを外輪山ってものが取り囲んでるんだ。その火山と外輪山の間には普通に鉄道や国道が走っていて町があったり畑や田園があって人々が暮らしてる。で、それを取り囲む外輪山の上を車で一周してるとあまりのデカさに自分は山の上じゃなくて普通の地面を走ってると錯覚する程なんだ。時々崖の上から下が見えて、こんな高い所を走ってたのかって気がつく」

「えーすごいスケール。富士山とはまた違った自然の造った形なんですね」


「俺の実家はその外輪山のまた遥か遠くの山の上なんだ」


「へぇー」


「俺は大会が終わったらそこで俺のベッカライを作ろうと思う」


「えっ、じゃ僕もパンロンドを辞めてそこで働きますね」

「えっ?」

「えっ?」


この話はこの場では終わったが


修造は心の中で



そうか


と思っていた。



その時

遠くからおーいと声がする。

「鷲羽と園部の2人もここで休憩をしてたんだ」

2人は休憩が終わったのか車に乗り込もうとしてたところだった。

手を振っている2人はなんだか青春ぽくて楽しそうだった。


「あの2人は仲が良いんだな」

「園部君ってよく鷲羽君と一緒にいてますね。僕なら無理だな」

「相性ってものもあるんじゃない?ずっといても苦にならない相手とか」

「それだと僕と修造さんもですよね」

「だな」


空は徐々にだが色が変わりはじめ
富士山を赤く染め始めた。


「さ、行こうか江川。俺が運転するよ」

「はい」

関西に夜着いた4人は会場から
電車で2駅程行った安い中華屋で合流した。

流行りの店らしく人でぎゅうぎゅうだった。

皆オススメの満腹セットを頼んで一息ついた。

好きなスープが選べるラーメンに半チャーハン、小さな卵焼きと唐揚げ2つ、酢豚が少しずつ付いている。

「明日午前中材料の買い忘れがないかチェックして、搬入と前日準備したら場内を探検しよう。会場の中は関係者や業者で一杯だろうな。夕方は前日準備が始まるから抜かりない様に」


それを聞いて江川は思い出した。

「僕、パン王座の時の搬入で失敗してました。わたあめの機械がオブジェの木の高いところに引っかかっていたのに気が付かなくて下ばかり探していて、背の高いBBベーグルの人に見つけて貰ったんです」


「あの時は焦ったけど、相手のシェフもトラブルがあったみたいだし、やってみないと何が起こるかわからないもんな」


鷲羽はチャーハンをモグモグ食べながら自信満々で「俺は江川と違って大丈夫です」と言った。

「何その自信!信じられない」と江川は頭にきた様だったが園部の表情は普段からあまり動かないのでよくわからない。



宿泊先は会場の近くのビジネスホテルで
狭い部屋の窓から遠くに大阪湾が見えた。



海は黒く湾岸を照らす灯りがどこまでも続いている。




つづく


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