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南田登喜子:オーストラリア発の海用ごみ回収装置「Seabin」 世界の海と生き物を守るために導入が広がる

写真:Seabinが海洋浮遊物を回収する様子。水中ポンプと連動してフロート部分が上下して水が流れ込むことでごみが吸い込まれる(写真提供:Seabin Project)

世界中で深刻な問題になっている海のプラスチックごみ問題。SDGsの目標14では「海の豊かさを守ろう」が掲げられているが、年間800万トンものプラスチックごみが世界各地の海に流れ込んでいると言われており、一刻も早く海洋ごみ問題に歯止めをかける必要がある。このような状況の中、海に囲まれたオーストラリアで誕生した、海洋ごみ問題を解決に導く「Seabin Project」が世界各地に広まっている。海を守るためにどのような取り組みがされているのか、現地在住リサーチャーがレポートする。

自動で海の浮遊物を回収する、海のごみ箱

海に流れ込むプラスチックごみが与える被害は海洋汚染だけではない。ウミガメや海鳥などの生物が餌と間違えてごみを飲み込んでしまい死に至るケースもあり、生態系にも大きな影響を与えている。さらに、漁獲用の網にごみが絡まり網が使えなくなるなど漁業にも影響を与えているほか、紫外線や波の影響を受けて小さなプラスチックの粒子「マイクロプラスチック」になった海洋プラスチックごみを食べてしまった魚を食べることで体へのリスクが指摘されるなど、私たち人間にも深刻な影響を与えている。

「陸にはごみ箱があるのに、海にごみ箱がないのはなぜ?」

Seabin Projectが始まったきっかけは、海を遊び場にして育ち、世界各地の海でサーフィンやヨットを楽しんできたオーストラリア出身の2人がビールを飲みながら、そんな疑問へのアイデアを語り合ったことだった。海洋浮遊ごみを自動で回収する「Seabin」(海=Seaのごみ箱=bin)を自分たちで開発し製品化しようと、クラウドファンディングサイトの「Indiegogo」を通じて支援を呼びかけたところ、約2カ月間でおよそ36万豪ドル(約2880万円)が集まった。

テスト期間を経て、Seabinの製造・販売が正式に開始されたのは2017年のこと。試作モデルの段階から注文メールが殺到し、あまりの反響の大きさにどのように売り出すかを考える間もなく、いかにして需要に応えるかに奮闘したという。既に52の国・地域で導入されており、約1000台が稼働している。日本でも、東京五輪のセーリング競技会場予定地の江の島ヨットハーバーなど数カ所にSeabinが設置された。

Seabinは、直径約50cmのポンプの付いたポリバケツ状のものでできている。水中ポンプと連動しフロート部分が上下して水流を作り出し、海に浮遊するごみを吸い寄せて、海水と共にごみを回収する。海水はろ過されて下部から海に戻される仕組みになっている。「キャッチバック」と呼ばれるポリバケツ状の本体の中に設置するネット状の袋は20kgもの容量を持ち、海面に漂うペットボトルやタバコの吸い殻、持ち帰り用のコーヒーカップ、ビニール袋といった目に付くごみはもちろん、マイクロプラスチックやマイクロファイバー、油まで自動で回収できる。

Seabinの主な顧客はこれまでマリーナやヨットクラブなどの民間企業が中心だった。このような場所では、元々ごみ収集ボートが用意されていたり、管理人が網を持って巡回してごみを集めたりするなど、時間と手間をかけて海洋ごみの回収を行っているケースが多かった。しかし、Seabinを設置すれば本体の中にあるキャッチバック(ネット状の袋)を定期的に空にするだけで、24時間365日、自動で海洋ごみを集め続けられる。初期費用はかかるものの、ポンプを動かすための電気代は1日あたりわずか約1豪ドル(約80円)だ。

Seabin1台が1年間に回収できるごみの量は、ビニール袋約9万枚、持ち帰り用コーヒーカップ約3万5700個、600mlのプラスチックボトル約5万個分だという。設置場所や天候、環境等によって左右されるものの、実績データに基づく回収ごみの平均重量は1日あたり3.9kgで、年間1.4トンを超える。開発中の新バージョン「Seabin V6」では、キャッチバックの素材が変更される予定になっており、改良にも余念がない。

事業拡大はSeabinが不要になる世界を実現するため

創業者の1人であるPeter Ceglingski氏は、プロダクトデザイナー出身。CEO(最高経営責任者)としての職務を担いつつ、今も変わらずデザインチームと共にSeabinをより良いものにするための取り組みを続けている。当面の目標は「ソーラー発電でポンプを動かし、プラスチックごみを再利用してSeabinを作ること」であり、最終的な目標は「Seabinが必要ない世界にすること」であると公言している。

2020年初め、Seabinは株式投資型クラウドファンディングサイト「Birchal」を通じて出資者を募るキャンペーンを展開。更なる飛躍へと踏み出した目的は、製造拠点をフランスからオーストラリアに移して規模を拡大すると共に、サブスクリプション方式の新たなサービスを実現するためだ。なるべく多くの人を巻き込むための戦略で、最低出資額を250豪ドル(約2万円)に設定し、1700人近い投資家を確保した。新型コロナウイルスが広がりつつあったにも関わらず、およそ180万豪ドル(約1億4400万円)が集まり、期待の高さに注目が集まった。

資金調達に成功したSeabinは、さっそく連邦・州政府や市役所といった公的機関をターゲットに、運用サービスのパッケージを展開する方向性を示した。民間企業相手であれば数週間で決まる話でも、公的機関相手の場合その何倍も時間がかかり、時には年単位になることも珍しくない。そこで、Seabin本体を提供するだけでなく、Seabin側が運用を担うことによって継続的に利用してもらえるようサポートしている。Seabinは潜在的なマーケットのわずか0.1%しか開拓できていないと考えているが、このように導入のハードルを下げることで利用者を拡大することを狙っている。また、継続的サービスの提供は経営を安定させるだけでなく、集積データの分析を通じてさらなる事業の発展に繋げられるメリットもある。

現在、シドニー市では世界初となるパイロットプログラムを実施中だ。シドニー湾20カ所に設置されたSeabinの日々の管理やメンテナンスに加え、回収したごみを分類してデータ化し、汚染の程度を示す指標を用いた影響の測定を行って報告書を作成したり、コミュニティ活動や啓発イベントを行ったりなど、包括的なソリューションを提供するとしている。2021年7月まで続く12カ月のこの試験期間中に、フィルターを通過する約43億リットルの海水からオイルや燃料を除去し、少なくとも28トンの海洋浮遊ごみが回収される見込みである。このプログラムに賛同する企業等が支援を申し出ており、シドニー湾に浮かぶSeabinの数はさらに増加している。

しかし、海洋汚染問題は深刻さを増す一方だ。特に目に見えないマイクロプラスチックの回収は難しく、海の生態系だけでなく、人体への影響も懸念されている。このままの状況が続けば、2050年には海中のプラスチックは9億トンを超え、魚の重量を上回ることになる――そんな衝撃的な報告書をサーキュラー・エコノミーを推進するEllen MacArthur財団が発表したのは、2016年のことだった。

毎日4.6トンの海洋ごみを取り除き、6億リットルの水をろ過しているSeabinがポジティブな社会的インパクトを生み出していることは間違いないが、それはあくまでも対症療法である。沿岸の浮遊ごみを地道に軽減することはできるが、海洋ごみの問題を根本から解決することには繋がらず、Seabinだけで世界の海を救うことはできない。ごみそのものを減らすことができなければ、世界の海はやがて取り返しのつかないことになってしまうだろう。

「海をきれいに」という前向きで分かりやすいコンセプトを掲げるSeabin Projectに対する共感と賛同は国境を越えて広がり、世界各地でグッドデザイン賞、サステナビリティ賞、イノベーション賞、ソーシャルインパクト賞といった様々な分野の賞を受賞している。効果を可視化できる商品への評価はもちろん、50%営利・50%非営利というユニークなビジネスモデルで、地球規模の社会的課題の解決に向き合っていることに対する評価も高い。非営利のSeabin財団は、教育、研究・開発、コミュニティ活動をキーワードに世の中に働きかけ、海洋プラスチック問題に対する危機意識を共有し、人々の意識や消費文化、ライフスタイルを変えることにも取り組んでいる。今後ますますの拡大を見せるであろうSeabin Projectに引き続き注目しつつ、私たち一人ひとりがSeabinの不要な社会を実現するための意識改革と行動をしていくべきだろう。

出典:未来コトハジメ(運営会社:日経BP)グローバルインサイト
2021年2月16日掲載
https://project.nikkeibp.co.jp/mirakoto/atcl/global/h_vol17/

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