経営で迷子にならないために考えるべき、たった1つの問い
こんにちは。グローバル・ブレインのVenturePartnerとして、投資先スタートアップのハンズオン支援を行うValueUpTeamに所属する定国です。
かつてはグローバルテック企業にて、日本法人代表を含むジェネラルマネージメントの仕事をしてきました。現在はその経験をもとに、スタートアップの組織や業務の改善に携わったり、経営陣のメンター的な役割を担ったりしています。
今回は、スタートアップから大企業までさまざまな事業を見てきた私なりに思う、ビジネスをしていく上で常に意識したい「最重要の問い」についてお話ししたいと思います。
なお本記事では、自社が顧客に提供するサービス・プロダクトの骨太方針をどう定めるべきかを整理しています。この思考は、まだ世の中にない新しいサービスの価値を考えるスタートアップ企業の経営者であれば、日々意識しておきたい問いであると言えます。経営思考・判断のなかでも最も重要なものの1つと言えるかと思いますので、ぜひご紹介できればと思います。
「『誰』の『何の問題』を解決するのか?」
事業をしていると、経営の方向性やプロダクトの方針について迷いが出てくることがあります。
総花的にさまざまな機能があるものの、顧客の問題を根本的には解決していない“Must HaveではなくNice to Haveな”プロダクトを開発してしまったり、競合に影響されすぎて顧客への価値提供を十分に考えずに慌てて類似サービスを作ってしまったり…などですね。
これを防ぐために考えておきたいのが、自分たちは「『誰』の『何の問題』を解決するのか?」という問いへの答えです。一般的に「バリュープロポジション」と呼ばれています。
ターゲットやそのペインを考えることは、事業をやる上で至極当たり前のことに感じられるかと思います。
しかしこの問いに対して、複数の視点から深掘り、かつ繰り返し答えを練り直している企業はそう多くはありません。起業時や資金調達時のものから再考できていないケースも多いかと思います。
また経営陣間では認識が統一できていても、現場メンバーの全員が同じように回答できるレベルにまで答えを明確にし、浸透させるのは至難の業です。
だからこそバリュープロポジションを言語化できていると企業として強みになります。
「『誰』の『何の問題』を解決するのか?」への認識が組織全体で合っていれば、それに適うアクションだけを取捨選択でき、戦略を整理しやすくなると思います。
迷いがなくなるので意思決定のスピードが早まり、事業推進力も強まるでしょう。顧客への提供価値から目をそらすことなく、ビジネスを行っていけるようになるはずです。
では、そのバリュープロポジションを作るためにはどのような要素を整理し理解する必要があるのでしょうか。私としては最低限、以下の5つが必要になってくると考えています。
それぞれ詳しく見ていきます。ただし、以下の説明はあくまでも考えを深めるのを補助する程度のものと捉えていただければと思います。これらをテンプレート的に使って答えを埋める作業を進めても、芯を喰った方針を言語化するのは難しいでしょう。
迷ったときはとにかく何度も原点に帰り、「そもそも我々は『誰』の『何の問題』を解決しようとしているんだっけ?」と自問自答することに尽きます。この考えを十分に深めておくことで、以下の5つの要素もいっそうお役に立てるものになるかと思います。
1. 顧客の理解
まず、「『誰』の『何の問題』を解決するのか?」という根幹の部分を深掘りしていきます。
それにあたっておすすめなのは、「想定顧客」「顧客のペインの整理」「顧客セグメントの整理」「ターゲットセグメントの選定」という項目にわけて順番に考えていくというやり方です。例を挙げていきます。
想定顧客
想定顧客は、自社が提供するサービスがtoCなのかtoBなのかでも考え方は変わります。
toBサービスの場合は、想定顧客の規模、業界、決裁者の部門などを整理していきます。
一方toCサービスは、顧客ペルソナが言葉で表されていることが重要です。ここでありがちな失敗例は、「20代女性」などのデモグラフィック観点のみで顧客を描いてしまい、顧客の“顔”が浮かばないものになっていること。そうならないよう、少なくともニーズベースで顧客が描かれている必要があります。
ここでは架空の例としてBtoB事業の例を「供給業者マッチングプラットフォーム」、BtoC事例の例を「健康管理アプリケーション」として顧客を考えていきます。
顧客のペインの整理
次に、顧客のペインを具体的に考えていきます。
ここで大事なのはとにかく「どういう問題なのか」という問いを繰り返すこと。顧客を考える時間を一番大切にしていく必要があります。
ペインの深掘りがある程度固まったら、なるべく言葉をそぎ落とした内容で社内に共有をしましょう。顧客について書かれたドキュメントを見ただけで、社内の誰もが理解できるような状態になっているのがベストです。そうしておかないと、結局社内で戦略や動き方にズレが生じてしまいます。
想定顧客にインタビューをかけている場合は、上記のペインをサポートするファクト(コメント)も記載しておくとよいでしょう。
顧客セグメントの整理
続いて、想定顧客をいくつかのセグメントにわけていきます。
この作業は主要なステークホルダーの意見が集約されるよう、ワークショップ形式で進めるのが望ましいです。
まず、すべての顧客をどう分類すべきか議論します。この分解はきちんとMECEになっているか注意しましょう。
ターゲットセグメントの選定
洗い出した複数のセグメントに対し、任意の評価指標で優先順位を決めていきます。
評価指標は「収益のポテンシャル」と「提供価値がターゲットの問題を解消する度合い」という2つの軸が使われることが多いです。「解決の実現可能性」という軸もよく使われます。
優先順位の高いセグメントを見つけたら、以下のフレームワークに沿ってより詳細に彼らの問題やその解決方法を整理していきます。
なお、ここまでやってきた「『誰』の『何の問題』を解決するのか?」に対する答えは、1度作って終わりではなく、常にアップデートをし続ける必要があります。
創業初期はなるべく早く顧客からのフィードバックをもらって書き換えていくサイクルを回していくと良いでしょう。より本質的な顧客の問題やその解決策に早く近づくことができるかと思います。
2. 市場の理解
バリュープロポジションを考えるうえで最も大切なのは顧客を考えることです。そのために1の「顧客の理解」では、顧客のペインやセグメントを細かくみていきました。
顧客を理解するためには、彼らがいる「市場」についても見ていく必要があります。
この市場を理解するためによく使われるのはTAM(Total Addressable Market:事業領域における市場規模全体)やSAM(Serviceable Available Market:事業が獲得しうる最大の市場規模)、SOM(Serviceable Obtainable Market:実際にアプローチできる顧客の市場規模)という指標です。
ですが、これだけを見て市場を理解した気になるのは少し危険だと思っています。
というのも、そこには「顧客がどういう状況に陥るのか」「顧客を含む世の中はどう変わっていくのか」という視点が抜け落ちてしまうからです。
その顧客にどんな未来が待ち受けているのかというシナリオを想像できていないと、真の意味で顧客のことを考えたことにはなりません。スナップショットとして今の市場を捉えるのではなく、「顧客の嗜好トレンド」や「技術イノベーションによる業界変化」等を加味した、時間軸のあるシナリオを意識することが重要です。
市場の理解というとどうしても定量的なTAMやSAM、SOMのことだと思われがちですが、「顧客が見ている世界」「顧客を取り巻く状況」を理解するためにも数値には表れない定性面での変化を整理しておきましょう。短期と長期両方の視点でまとめておくと良いかと思います。
3. 競合の理解
次に、競合と自社の差分を見える化していきます。
これは1と2でみてきた自社のポジショニングを、競合との違いという側面から見てよりクリアにするために行います。
あくまで自社の「『誰』の『何の問題』を解決するのか?」をより強固なものにするために見るのであって、競合のマネをするためのものではありません。そもそもバリュープロポジションが他社を圧倒するほど強ければ、競合を意識する必要すらないとも言えます。最強の競争優位性は、競争しないで済むポジションを取ることに尽きます。
ここでいう競合とは、いわゆる類似サービス以外にも、その問題を解決するために使われる代替手段をすべて含めてください。たとえば、請求書処理を自動化するITサービスの代替手段には、「人力」なども含まれます。
ここでも社内に共有する際には、可能な限りわかりやすいようにしておきましょう。一見してその違いがわかるよう、下の例では〇✖の表で表していますが、書き方は自由で構いません。
4. 自社の理解
「『誰』の『何の問題』を解決するのか?」という問いに対し、自社はどのようなアプローチで挑むのが近道なのかを考えるためにも、自社のことについて整理しておく必要があります。
自社の理解にあたっては、一般的なやり方ではありますが「人(組織)」、「モノ(プロダクト)」、「金(資源)」の3軸で理解しておくのは初手として悪くないでしょう。VRIO分析(※)など、使いやすいフレームワークを利用するのも手ですが、後々は自社にとってふさわしい理解の仕方を構築するぐらいの意気込みで臨むと良いと思います。
ここでは古典的な人・モノ・資源に沿って考察する例を紹介します。
(※「Value(経済的価値)」「Rarity(希少性)」「Inimitability(模倣可能性)」「Organization(組織)」の視点から自社の経営資源や競争優位性を明確にするフレームワークのこと)
人(組織)
知見・経験、社内プロセスなどの観点で自社の強み・弱みを言語化していきます。
モノ(プロダクト)
次に、プロダクト面での強み・弱みも明らかにしていきます。ここでは、プロダクトの具体的な機能に関する内容だけではなく、模倣困難性なども含めて考えていきましょう。
金(経営資源)
最後に資金、経営スキル面などでの強み・弱みを整理していきます。
5. パートナー企業・依存サービスのリスク理解
プロダクトやサービスによっては、その運営がパートナー企業や特定サービスに依存することがあります。
その場合、事業継続性や基盤の強固さを確認するためにも、パートナー企業や既存サービスが将来的にどのような動きをするかシナリオを想定しておくことが重要です。
よく発生する例としては、依存していたプロダクトが終了する、依存サービスがサードパーティへのAPI提供を廃止する(または有料化する)、パートナー企業が競合サービスとのパートナーシップに切り替えるなどがあります。
最後に
今回ご紹介したのは、バリュープロポジションを策定するための要素の整理の仕方の一例です。自社に合ったやり方を見つけるための取っ掛かりの1つとして、今回の方法を活用いただければと思います。
冒頭にも書きましたが、最終的なアウトプットとして最も意識すべきことは「『誰』の『何の問題』を解決するのか?」に対する答えであり、ここに述べている全ての作業はそこに繋がるものでなくてはなりません。戦略もサービスの細かなアップデートもここを起点に考えることで、自社が持つ価値を最大限生かした経営を行っていけるのではないでしょうか。
ビジネスパーソンの皆さんが事業を推進していくための一手段として、本記事が少しでも参考になるものとなっていれば幸いです。