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#6 レゴラスの母の死 どこまで掘り下げられるかやってみた(後)──”黒い矢”以外で竜を倒すたった一つの方法

さて"闇の森"参戦の条件が揃った前回。第6回目はその続きから。

ここまで"北方の竜"の話は出てきておらず、エルロンドもガンダルフもスランドゥイルも、誰ひとりとして北方の竜を予見していなかった……のであれば一体竜はどこに?

周辺地図
グンダバドの東側に伸びる山脈が竜の生息地

竜の生息地は闇の森の「北方」にある。案外近い所に棲んでた。でもスランドゥイルは一度しか顔を突き合わせてない。一瞬で生物を焼き切るような怪物にあえてちょっかい出す必要ないもんね。それはグンダバドにとっても同じ。現実世界でだって野生動物とは棲み分ける。「エサを与えないでください」ってね。

では闇の森とグンダバドの戦争において、なぜわざわざ危険生物である竜とコンタクトを取ることが「合理的」な選択になってしまったのか。

──それは絶対戦争化したから。

窮鼠猫を噛む 手負いの獣「このまま何もしなければどうせ死ぬ」

「一族郎党皆殺し」「降伏しても命は助からない」まで追い詰められたらどうするか。普段はやらないような「成功確率限りなくゼロ」なことでも、比較対象が「生存確率確実にゼロ」なら話は違ってくる。コンマ幾つの成功率でもゼロでなければやってみる価値はある。

さて三作目のオークが”エレボール”に攻め込もうとする場面のこと。この時オークたちは、先にエレボールの前に陣取っていた闇の森軍とエスガロスの民兵が邪魔だった。彼らを速やかに追っぱらうため、オークたちはデイルに残っていた非戦闘員を攻撃したよね。両軍の大将(スランドゥイルとバルド)は非戦闘員を守るためにエレボールを離れた。

話を戻してグンダバド。彼らもエルフたちを追っぱらう方法を考えた──森は火に弱い。もしも「生きた火炎放射器」を彼らの森にけしかけられたら、闇の森軍は慌てて引き返すはずだ。

だからその通り、スランドゥイルは戦場を離れざる得なくなった。留守を預かる王妃も迫り来る危機に気付いた。エルフは千里眼と地獄耳の持ち主。考察一周目は「スマウグの台詞はスランドゥイルの地獄耳に届いていた」「そのことはメインストーリーを邪魔しないよう対比という形で仄めかされてる」だったよね。当然、王妃の地獄耳にも届いた。だから森の手前で迎撃するため出陣した。領地で迎え討っても火災は防げず、火災に呑まれるだけだからね。

名付けて『ニンジン作戦』

竜のねぐらから貯めこんでるお宝を一つ盗んで逃げ、それをニンジンとして竜に追いかけさせる。森の近くまで来たら森の中へお宝を投げ込む。竜はお宝を探すために邪魔な木々を焼き払うという算段。

そうはさせまいと闇の森軍もスランドゥイル以下、速力のある騎兵たちが追撃。王妃の千里眼には、三者が団子になって森へ突進してくるのが見えた。──ということは、ついて来られない歩兵は未だグンダバド。我が軍は分断されている。

ここでちょっと北方の竜がサーペントタイプだった理由について。まずは竜の種類による違いをざっくり。

竜の分類
翼があり飛行する火竜(ファイアドレイク)と翼のないおろち(グレートサーペント)

ここ日本語訳ずいぶん悩んだんじゃなかろうか。西洋ではどっちも竜だと伝わるみたいなんだけど(?)、大蛇おろちと言えばヤマタノオロチな日本語圏で「おろちとは戦ったことあるもん。知ってるもん」は伝わるのか。それにこのあと映画内で種類の違いが伏線として回収されることもないんだよね。なんでわざわざ別の種類の竜を設定したのか。

理由その1:
火竜ファイアドレイクだと並走しての追撃が不可能だから

[Smaug:] My claws are spears! My wings are a hurricane!

エレボールで対峙するスマウグとビルボ──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
スマウグ「我が爪は槍。そして我が翼はとなる」

飛行機のジェットブラストやヘリのダウンウォッシュって凄まじいから、飛び立つときの羽ばたきで馬ごと吹っ飛ばされてお仕舞い。そして飛んでいくのを何もできず見送るだけ。サーペントタイプだから追撃が可能だった。以下、現実世界でのジェットブラストの威力。参考資料3つ。

  • Car vs Boeing 747 Engine | Top Gear | BBC(YouTube)
    イギリスの車番組『トップ・ギア 』より ボーイング747のジェットブラストを走行中の車に当てる

  • 空港見物の観光客、ジェット噴流に吹き飛ばされ死亡 カリブ海 2017.07.14(CNN)

  • Flight deck fail!(YouTube)
    小型でも充分吹っ飛ぶ。※音量注意

ざっくりだけど、スマウグの全長を割り出してみたよ。馬と比較したかったのでエレボールの入り口での両者を背景と比較。馬は競馬の全速力ほどではないので、少し遅めのギャロップ(襲歩)時速40~50kmと仮定し、全長は100m前後。あまり正確ではないのが申し訳ないけど参考まで。ちなみに『トップ・ギア』で使用された型のボーイング747の全長は70.6m。

エレボール正面でのスマウグと騎馬
像の台座部分の端を基準に 馬の速度と所要時間から距離を算出

一方、北方の竜を先導するグンダバド勢について。先導役は騎馬ではなく、戦車チャリオットが担う。チャリオットは三作目の終盤にドワーフたちが”からすが丘”に向かう乗り物として登場してるよ。要するに馬車ね。

騎馬とチャリオット
騎馬(左)とチャリオット(右)──映画『ホビット』より

騎馬で先導した場合、一人で手綱を持って、お宝も持って、竜に追いつかれず、こちらを止めようと攻撃してくるエルフをかわさなければならない。エルフも騎馬なんだから五分五分の勝負…いやむしろエルフが有利。エルフの騎兵は騎馬戦で彼らを叩きのめさなくても勝てるからね。

  • 騎馬の脚をちょっと斬りつけてやれば、全速力で走れなくなって速やかに北方の竜に捕まる。

  • 時間さえ稼げれば騎馬はやがて疲れて走れなくなり、やはり北方の竜に捕まる(逃げている方も立ち止まるわけにいかないので幅寄せされれば進路を曲げることで回避する。そうやって進行方向を闇の森から遠退かせればよい)

この時点ではグンダバド勢が北方の竜に追いつかれても、竜はお宝を取り返し、盗んだ不届き者たちに制裁を加えて(焼いて)ねぐらに帰っていくだけ。エルフは竜の恨みを買ってないから「ちょっかいさえ出さなければ」スルーされて終わり。一人で何もかもやろうとすれば成功の見込みはない。

でもチャリオットなら台車自体が丈夫だし、台車には何人も乗り込めるし、馬も複数頭で曳く。そうなるとエルフも「ちょっと斬りつけるだけ」では勝てなくなる。しかも映画に登場したチャリオットには、ご丁寧にも車軸に刃物が付けてあった。これでエルフの騎兵が幅寄せしようと近づいてくるのも防げる。

対するエルフの騎兵。彼らは不意打ちくらって慌てて追いかけてる状態。大した武器も作戦もなく、今更立ち止まって立て直すこともできない。

それにグンダバドって土地は岩だらけ。ペンペン草すら生えてない。騎馬の飼葉(馬一頭につき一日10kg超)は全て持ち込まねばならず、ヘラジカに至ってはざっくり馬の二倍食べる。そして拠点制圧の主力と言えば歩兵。だから騎兵をあまり積極的に連れてくる場面ではない…となると、もはやチャリオットを止めるのは難しい。

グンダバド
グンダバドに現地調達できる草はない 兵站へいたんは重要だ──映画『ホビット』より

もうこの状況で森林火災を阻止するなら残る手段は一つ。北方の竜に直接攻撃することで竜の気を引き、森から引き離すしかない。そして実際そうしたからこそのあの大火傷であり…

[Balin:] But a dragon’s hide is tough, tougher than the strongest armor.

バルドの家から風切り弓を見て──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
バーリン「だが竜の鱗は硬く、現存するどんな鎧よりも硬かった」

ロングソードでは、エルフの身体能力を持ってしても全く歯が立たなかったわけだね。

でもって王妃。この世界に馬より速い移動手段はないから、気づいてすぐ馬を駆っても遭遇はやっと中間地点。合流できるのは森の近くになるだろうと推測でき、その時スランドゥイルは既に北方の竜に攻撃を始めていただろうと考えられる。

周辺地図
互いの移動速度が同じなら 遭遇は中間地点になる

バリスタ以外でも竜を倒せるか?

それでは核心部分、バリスタ(”風切り弓”と“黒い矢”)以外で倒すことは可能なのか。

考察一周目でやった通り、エスガロスがスマウグに焼かれた夜、スランドゥイルは少なくとも、王妃と同じ方法なら倒すことが可能だ、と思ったはずだよね。ここまでの掘り下げで出てきてる条件は…

  1. 映画の中で言及されている(映っている)こと

  2. 飛行能力の有無に関わらず行える方法なこと

  3. ウロコの硬さはバリスタ 2発分なこと

  4. 三発めを喰らうほど竜は愚かではないこと

  5. 馬に乗って運べる武器なこと

  6. 速やかに用意できること

  7. 相討ちの可能性が高いこと

……これはさすがにウロコ吹っ飛ばすの無理っぽい。

ならウロコのないとこ狙えばいいじゃない。

…ってなわけで、すべての条件を満たすとこ見つけました。

口を開けるスマウグ
喉の奥を突けばいいじゃない──映画『ホビット』より

ここです。

もちろん、冗談ではなく真面目な話。喉ならウロコもなく柔らかい。延髄から脳幹あたりを寸断できれば即死を狙える。但し竜の口の真正面で炎を吐く前の一瞬を捉えるイチかバチかの大勝負。弓矢では燃えてしまうため炎に強い材質で突く必要があるね(※鉄融点:1,538度/火葬温度:800度~1,200度/木材発火点:400~500度程度)。この方法、実際に映画内で言及されてた。

剣を投てきするレゴラス
剣の投てきは可能と示されている──映画『ホビット』より
  1. レゴラス(王妃の子)が剣を投てき、敵を仕留めている

  2. アルフリドがトロールの口内を突き両者絶命(アルフリドも頸椎部を損傷)

  3. 上記二つの高さがおよそ8.6mで一致する

二刀流 vs 二頭の竜

駆けつけた王妃は、大火傷を負った夫にトドメを刺そうとしてる竜に、携行してきたロングソードを投てきし仕留めた。でも竜はもう一頭いた。仲間がどうやって殺されたか見ていた二頭めとそれしか方法のない王妃。両者の真剣勝負は相討ちで終わった。

ここで北方の竜をサーペントタイプに設定した理由、二つめ。

理由その2:
蛇には腕がなく、口を開かなければ攻撃できないから

[Smaug:] My claws are spears! My wings are a hurricane!

エレボールで対峙するスマウグとビルボ──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
スマウグ「我が爪は。そして我が翼は嵐となる」

火竜ファイアドレイクタイプなら喉の奥を狙われていると分かれば、口を閉じ爪で攻撃することも出来た。それができない北方の竜は、瞬間的に最大火力を出し、王妃の手から剣が離れ切る前に焼き切ってしまおうと考えた。

もし竜が三頭以上いたなら何も気にせずリンチしてしまえばいいから great serpentsグレート サーペント の複数形の「s」は二頭で確定。そして王妃もスランドゥイルと同じ二刀流の使い手なら、二頭の竜を通常の装備で倒し切ることが可能と言える。

レゴラスの投てきシーンとアルフリドのシーンの高さについては、前者は落下するオークの時間から、後者は(俳優さんの身長は解らなかったので)平均的な成人男性の膝下(75cm)から算出したよ。

8.6m高さ検証
北方の竜の大きさ推定

ほぼ一致するということは、これが北方の竜が火を吐こうと鎌首を上げた高さと推察できる。キングコブラの鎌首は全長の1/4~1/3程上がるようなので、同じだと仮定した場合の全長は推定26m~34m。全長100m前後のスマウグと比べると小型なようだね。

あのアルフリドの絶命シーンて当初はわざわざEE(エクステンデットエディション)版で入れる意味が分からなかったんだけど、EE版の追加シーンは全てこの裏ストーリー関連なのだとすると納得がいく。

もう少し、アルフリドのシーンを掘り下げてみるよ。

  • 抱え込んだお宝からこぼれ落ちた金貨一枚によって命を落とす

  • 頸椎を損傷して命を落とす

  • アルフリドは女装している

このこぼれ落ちた金貨一枚が、グンダバド勢が北方の竜のねぐらから盗み出した『ニンジン』を表していると推察できるね。

金貨一枚
たった一枚の金貨が運命を左右する──映画『ホビット』より

[Smaug:] I will not part with a single coin.

エレボールで対峙するスマウグとビルボ──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
スマウグ「金貨一枚たりともくれてやるものか」

とすると竜は強欲だというのに、その一枚を二頭で仲良く共有していたことになる。女装していて一人の中に男性と女性が混在していることから「一心同体の男女」が思い浮かぶ。

すなわちこの二頭はつがいで、仇討ちのために二頭めは逃げずに留まった。独り身のスマウグは、自分の身が危ないと悟れば、三度射程に入ることはなく逃げたからね。

北方の竜からすれば、自分たちは何にもしてないのに、ある日突然、泥棒され、どつかれた被害者(そもそもそのお宝は誰かから強奪した物だろうけども)。そしてこの映画で竜に焼き切られたのは王妃ただ一人。生物をあの世行きにするだけなら、一瞬で焼き切るほどの火力なんか必要ないからね。

今回のまとめ

  • エルロンドとスランドゥイルの皆殺し作戦(絶対戦争)はグンダバドを窮鼠に追いこんだ

  • 北方の竜との戦いは、闇の森のエルフを追い返そうとしたグンダバドが森林火災を狙って竜をけしかけたもので、それを迎撃に出た王妃が阻止した

  • スランドゥイルの火傷は、闇の森から引き離そうと竜に直接攻撃し負ったもの

  • 王妃もスランドゥイルと同じ二刀流の使い手だった

  • 腕のない大蛇おろち(グレートサーペント)は、喉を狙われていると分かっても口を開けざる得ず、瞬間的に最大火力を出したのであって、王妃以外に焼き切られた者はいない

  • 北方の竜は、スマウグより小さい


じゃあ、"黒い矢"の意義は何なのさ?ってとこ次回



  • 映画『ホビット』EE版(エクステンデットエディション版)の考察です。

  • 考察は一定のルールに従って行っています。

  • 掘り下げは日本語版ではなく、原文(英語/エルフ語)で行っています。英語とエルフ語に齟齬がある場合、エルフ語を優先。エルフ語については出典を示します。英語は自力で訳しましたが精度は趣味の域を出ません。

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