#10 ガンダルフと呼ぶレゴラス ミスランディアと呼ぶスランドゥイル──その情報はいつ?誰から?どうやって?
全てが終わって冷静になった時、レゴラスはやっと自分がやり過ぎてしまったことに気付いたところから第10回目。
【拙訳】
レゴラス「森へは戻れません」
タウリエルが追放なら自分も同罪であるとね。そして国王にその息子を追放させるようなことはしなかった。あくまで自分が先に王子としてレゴラスというエルフを追放した(そういう権限があるかは別として)。父にとって自分がどれだけ大切な存在かよくよく知っていたから。
【拙訳】
レゴラス「父上に伝えてくれ。タウリエルに居場所がない国なら、私にとっても居場所では有り得ないと」
だからこの啖呵が脅しとして通用するわけ。父が泣きついて来ることをよくよく知っていたから。
父が息子の勝ちを認める
そんな息子にスランドゥイルはこの情報を教えた。
【拙訳】
スランドゥイル「“馳夫”と呼ばれている。本当の名は…自身で見いだせ」
国王だけが持っていた機密情報だよ。レゴラスはそれを知る立場になった。つまり国政参与を認めた。本当は国王代理を任せるしかなかった時にレゴラスの勝ちは決まってたんだけど、父もようやくそれを認めたわけだね。
続いて同じく自分しか持ち得なかった言葉をかけた。
【拙訳】
スランドゥイル「レゴラス…母さんはお前を愛していたよ…この世の誰よりも…自身の命よりも」
レゴラスはずっと息を詰めて父の話に耳を傾け、「自身の命よりも」と聞いたところで溜息をつく。ずっと母が生きていると希望を持ってたんだよ。お墓がなかったから。
【拙訳】
レゴラス「母はその戦争で亡くなったんだ。父はその時のことを話さない。お墓もない。記憶もない。何もないんだ」
たとえ父が何も話さなくても、母はこの国の王妃で誰もが知ってる存在なんだから、その辺のエルフを捉まえれば何かしらは聞けたよね。むしろ国中に箝口令を敷いてレゴラス一人に何も知らせないようにするのは無理がある。例えば髪の毛の色とか名前とか…そんなことまで隠す必要ないんだし。そして真実を知っている少数の者たちはともかく、聞き込みに対しペラペラ喋ってくれる層から得られたのは次のような情報だね。
臣民たち「王妃陛下はグンダバドに向かって出陣し、そのままお帰りになりませんでした」
帰還兵「グンダバドに本国からの援軍はございませんでした」
嘘じゃないのにレゴラスにしてみれば母は何処に行ったのか謎は深まるばかり。
スランドゥイルとエルロンド
その謎を解く鍵がガンダルフとエルロンドだよ。実は彼ら戦後処理のため、何度か闇の森を訪れてた。だからスランドゥイルは“馳夫”の情報を知り得たわけ。
“馳夫”ことアラゴルンはアングマールと戦っていた人間の王族の末裔で裂け谷で匿われていた。名前も変えて匿っていたのに、それが仲良くもない闇の森に筒抜けだったんだもの。西側勢力だって全員が知らされてた情報じゃないし、スランドゥイルは白の会議に参加してないし、エルロンドが共有しなければ知りようがない。
闇の森だってグンダバドに侵略戦争起こしたのは、西側に対等に扱ってもらうためだったんだから、あえて言うなら、そのくらいはしてもらいたい。実際は戦争させられたんだけど、表向きは「してやった」ってことで主権を守った。ゆえに口が裂けても「王妃の死は西側の所為」とは言えない。対外的には平静でいなければならない。
でもそんなスランドゥイルを西側の人間たちは恐れた。闇の森の参戦で自分たちだけが一方的に恩恵を受けた。そのバックラッシュ(揺り戻し)がくる。人間相手なら同族殺しには該当しない。きっと闇の森は王妃の仇討ちにくる。だから座して死を待つわけに行かない──。
となると、闇の森だって座して死を待つわけに行かない。アンバランスな結果から疑心暗鬼に陥り、西側の人間と闇の森は、いつ何が起きてもおかしくない状態に陥った。それで泡吹いたエルロンドが慌てて両者の間に入った。
エルロンドは同族殺しのカードを切ってしまった代償を、西側の人間たちと闇の森のバランサーという形で永遠に払い続けることになった。端的に言えば、二度ともうスランドゥイルと揉められなくなった。
ミスランディアとガンダルフ
だから直接描かれてはいないけど、エルロンド、ガンダルフ、スランドゥイルの三者は闇の森で複数回会っていた。とは言え、赤ん坊から母親を奪う結果になった以上、二人が何度訪れようと、スランドゥイルは息子に会わせはしなかった。
それが分かるのが”ガンダルフ”の呼び方だよ。”ガンダルフ”ってのは人間がつけた呼び名で、エルフたちは基本”ミスランディア”って呼ぶ。もちろんスランドゥイルも”ミスランディア”と呼ぶ。エルロンドとレゴラスだけがエルフだけどガンダルフと呼ぶ。
エルフたちとは初回の挨拶時にお互いの名前を呼び掛け合っているよ
リンディア「ミスランディア」 ⇔ ガンダルフ「リンディア」
エルロンド「ガンダルフ」 ⇔ ガンダルフ「ロード・エルロンド」
ガンダルフ「レディ・ガラドリエル」 ⇔ ガラドリエル「ミスランディア」
レゴラス「ガンダルフ」 ⇔ ガンダルフ「レゴラス・グリーンリーフ」
スランドゥイルとガンダルフはお互いに呼びかけても相手から返事がない状態が続く。そしてガンダルフは「マイ・ロード(陛下)」から徐々に「マイ・フレンド(我が友よ)」と心理的距離を縮めていく。逆に言えば当初は距離があった。
スランドゥイル「ミスランディア」 ⇒ ガンダルフ「・・・」(※2度繰り返す)
ガンダルフ「マイ・ロード」 ⇒ スランドゥイル「・・・」
ガンダルフ「スランドゥイル」 ⇒ スランドゥイル「・・・」
ガンダルフ「マイ・フレンド」 ⇒ スランドゥイル「・・・」
レゴラスが父から魔法使いを紹介されたなら、その名前は”ミスランディア”だったはずだね。”ガンダルフ”で紹介はしないわな。だから親子で呼び方が違うってことは、父は紹介しなかったってこと。
つまり二人は親の目を盗んで…もといレゴラスの方が「父が絶対に会わせてくれない客」を訝しんで興味を持ち、帰路などを狙いコンタクトを取ってきた。さすがに他国の国家元首が、国王が会わせないと言っている王子にこっそりコンタクトを取るのは発覚したとき問題になる。エルロンドからはコンタクト取るわけにいかない。それに万が一コンタクト取ろうとしても、運よくレゴラスが一人でいるとこを捉まえられるとは限らないからね。
眠り姫が目覚める
そしてエルロンドはレゴラスとのやり取りの中で、スランドゥイルが未だに王妃の死を息子に話せていないと知った。そこで言葉を選びつつ、ざっくり次のような話をした。
スランドゥイルは聡明な国家のリーダーだ
自分も同じく独りだから、その苦労はよく分かる
自分は遠い親戚みたいなものである
これはレゴラスに二つ影響を与えた。
一つ、父の仕事の手伝いに目覚めた。
二つめ、母はどこかで生きている、と希望を持っちゃった。実はエルロンド夫妻は映画とは関係ない事情で別居してる。そう、生きています。エルロンドはスランドゥイルの心情をおもんぱかっただけなんだけど、レゴラスにとっては「なるほど…生きてるひとのお墓なんて作らないもんな」とね。
【拙訳】
スランドゥイル「レゴラス…母さんはお前を愛していたよ…この世の誰よりも…自身の命よりも」
スランドゥイルにとってはどんな最期だったかという具体的な話以前に、ここから始めなきゃいけなかった。赤ん坊を放り出した真意を測りかね、愛があったかどうかすら口にするのに今日まで掛かった…スマウグの声が聞こえてきたあの晩、かつての王妃と同じ立場を経験するまでね。
ちなみにスランドゥイルがはめている4つの指輪の着け方が時間経過とともに変わっていることから推察するに、利き手の右手にはめている二つの揃いの指輪が王妃とのペアリング。あの日、指輪だけは業火を耐え、連れ帰ることが出来た。王妃はずっとスランドゥイルの手の中にいたんだね(※但し結婚指輪は映画では省略され描かれていないため、このペアリングは結婚指輪ではない。多分馴れ初めになった思い出の類)。
レゴラスの行動原理
ただ息子にとって母は失ったんじゃなく、最初からいなかった。それが当たり前だった。むしろ父が母がいなくて寂しがってることの方が目についた。だから「何処かで生きているなら、自分が説得して連れ帰ろう。そうしたら父が喜ぶだろう」と考えた。
レゴラスは父に親孝行したかった。それが『ホビット』における行動原理だよ。
父は寂しいのもあるけど、自分が不甲斐ないせいで息子から母を奪ってしまった、息子に申し訳ない、という気持ちが大きかった。首飾りを作った時に思い描いていた未来は、親子三人で紡ぐもっともっと明るいものだった。それに比べたら不完全なものしか息子に与えてやれなかった、という後悔ね。
【拙訳】
給仕係「我らの偏屈王について何と言おうとワインの目利きは素晴らしい」
【拙訳】
ビヨルン「安全? "闇の森"のシルヴァンエルフを他のエルフと一緒にはできぬだろう。あまり利口ではなく物騒な連中だ」
【拙訳】
バルド「スランドゥイル王の怒りを買う前にお前たちを投獄するだろうよ」
映画の中でスランドゥイルを良く言う者は一人として出てこない。悪口ばっかり。だからレゴラスはエルロンドに親しみを持った。父が見てないところで褒めたって何の得もない。それでも良く言ってくれるんだからその思いは本物だろうと。
エルロンドは、同族殺しのカードまで切らされたスランドゥイルの能力を高く買っていたから、熱心にレゴラスにそう伝えた。まぁ追い込んだつもりで詰め腹切らされた相手が聡明じゃ無かったら沽券に係わるってなもんだ。
しかも「シンダールの国ドリアスに縁があって、君のお祖父さんとウチの舅はどうたらこうたら…」っていうから、レゴラスは遠い親戚のおじさんで納得した。
「親族である」という偽りの字幕の意
それが謎の英語字幕に繋がるよ。レゴラスがオルクリストを確認しているシーンのエルフ語の英語字幕(Subtitle)のこと。
【拙訳】
我が一族の手によるものだな
この部分をエルフ語から直に英語へ訳すと
↓
Forged by the Noldor.
【拙訳】
“ノルドールエルフ"の手によるものだな
※エルフ語の台詞解説
Elendilion
Meditazioni Tolkieniane
製作陣は俳優に「ノルドールだ」と言わせておきながら、あえてそこに「親族である」と偽りの字幕を付けた。レゴラスの一族はノルドールではなく、シンダールだからね。
あの時レゴラスにとっては、父が持たせてくれないロングソードを手に入れる千載一遇のチャンスだった。それがノルドールの手による物なら「親戚のおじさん」の物だと言える。だから「おじさんの親戚である」自分が取り上げるのは正当な行為で、そのうちまた「親戚のおじさん」と会えるだろうからそのとき渡しておくし、なんならおねだりして持たせてもらおう──レゴラスが「ノルドールの手による物」と言っている間に、その頭の中をぐるぐる駆け巡っているあれこれが字幕に現れているんだよ。
父はノルドール嫌いだし、会わせないようにもしてたし。なのに息子の方はすっかりエルロンドに懐いちゃった。眠り姫はどうしたって糸車に興味を持つ。
この60年後、レゴラスは裂け谷へ、父の名代として赴くことになる──それを映画上ではうまく繋げたんだね。
最終回はドワーフたち。
今回のまとめ
レゴラスは国政参与を認められた
スランドゥイルとエルロンドは情報を共有している
スランドゥイルはミスランディア(ガンダルフ)をレゴラスに紹介しなかった
レゴラスは自分の意思でガンダルフとエルロンドに会った
エルロンドはスランドゥイルを高く評価している
エルロンドは西側の人間たちと闇の森のバランサーを務めなければならないため、闇の森と揉めることができない
映画『ホビット』EE版(エクステンデットエディション版)の考察です。
考察は一定のルールに従って行っています。
掘り下げは日本語版ではなく、原文(英語/エルフ語)で行っています。英語とエルフ語に齟齬がある場合、エルフ語を優先。エルフ語については出典を示します。英語は自力で訳しましたが精度は趣味の域を出ません。
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