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#8 王子として生まれてくるということ──グンダバド攻めの時レゴラス何してた?

当考察も第8回目。久し振りにもう一度確認。第2回の時に宣言した通りこの考察では時系列は無視していくよ。
原作時系列ではアングマールとの戦いが終結した頃、レゴラスはもう4ケタ歳なはずだけど、ここ以外にも色々時系列合わないとこあるからね。

[Legolas:] My mother died there. My father does not speak of it. There is no grave, no memory, nothing.

グンダバド偵察時 タウリエルに対し──The Hobbit: The Battle of the Five Armies Extended Edition

【拙訳】
レゴラス「母はその戦争で亡くなったんだ。父はその時のことを話さない。お墓もない。記憶もない。何もないんだ」

キーリは生きて帰って新しい家族を母に会わせたかった

記憶がないのは単純に考えて物心つく前だったから。

トールキンの設定では「エルフは一歳で歌ったり踊ったりできる」となってるよ。つまりその年齢なら物心ついてる。

もっと小さかった。当然グンダバド攻めの時はママとお留守番していたはずで、ということは王妃は赤ん坊を置いて飛び出してきたんだね。故にスランドゥイルは王妃にわだかまりがあった。

一周目で解説した通り、首飾りとタリスマンは補完関係だよ。キーリは「生きて帰ってタウリエルを新しい家族として母に会わせたかった」のだから、王妃もまた新しい家族を夫に会わせたかった(※見出し画像参照)。要するにレゴラスは、父スランドゥイルが出陣したとき、物心どころかまだ母のお腹の中にいた。

王妃の懐妊が西側勢力のマイナス要因

エルロンドが戦争の話を持ってきた時、山脈の東側は安定していて、闇の森にまだ跡取りは生まれていない。この状態でうっかり国王が戦死したら、闇の森のエルフたちが困る。同族殺しで脅されたからといっても、すぐに首を縦に振ったわけじゃないんだね。

[Thranduil:] A hundred years is a mere blink in the life of an elf.

岩屋でのトーリンとの会談にて──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
スランドゥイル「百年とてエルフには瞬きほどの時間」

トールキンの設定では、エルフは100年ほどで成体まで成長する。どうせ西側はもう何百年も戦争をしてるんだから、いいじゃない、あと100年くらい待ってもらえば。たかだか100年。ほんの一瞬。そうしたら闇の森にも後継者が育つ。その暁には仕方ないから戦争してやってもいい。

エルフにとってはそうでも、人間にとって100年は長い。王妃の懐妊は、闇の森を巻きこみたい西側にとってマイナス要因だった。

同族殺しで脅されたスランドゥイルは「100年後に協力する」と言って逃れようとし、それでは困るエルロンドが「出産予定日までに終わらせてみせる」と食い下がった。

それ以上言い逃れる術のなかったスランドゥイルは後ろ髪を引かれながら、王妃に留守を託し出陣していった。そしてその無理なスケジュールの絶対戦争が、グンダバドを窮鼠に追い込み、身重なはずの王妃が馬で迎撃に出て焼き切られる事態を招いた。

母が赤ん坊を放り出したのではなく 赤ん坊が母を解放した

それが可能だったということは…何故か赤ん坊は予定日より明らかに早く、パパの帰りを待たずに生まれてきちゃったのです。

王妃はこの未曾有の危機で身二つになって動けることに赤ん坊の意思を感じた。「この子は早く生まれてくることで北方の竜からこの国を守ろうとしている。この子はまさに生まれながらの王子だ」とね。

レゴラスは何も覚えてないけど、本当にそこに意思があったのであれば、早く生まれてくるという決断は赤ん坊にとって命懸けの行動。だからその思いを背負って母は迎撃に出た。

スランドゥイルからすれば赤ん坊を放り出した上の無謀な行動にしか見えなくても、王妃からすれば「迎撃に出て森林火災を阻止する。それが国王から留守を預かる王妃と王子の決断です」ということだった。こりゃ確かに「何にも無い」はずだね。

中つ国で「生」を勝ち取る現実は易しくない

何も知らないスランドゥイルは、馬で駆けつけてきた王妃を見て…まぁ驚くよね。身重の王妃には避難して欲しいし、してくれてる…そう思っただろうけど、それでも避難は困難だった。

中つ国に現代的な消火剤やポンプ車はない。森に着火してしまったらどれだけの規模の森林火災になるか想像もつかない。

そして森の南にあるのは ”ドル・グルドゥア”。これのせいでかつて緑豊かな森だったのに、闇に覆われ「闇の森」と呼ばれるようになっちゃってる。昔はもっと南に棲んでいたのに、徐々に侵食が拡がる闇から逃れて北へ北へ移住を続けている。それが闇の森のエルフたちの現状(※原作情報)なんだね。

[Tauriel:] They are spawning in the ruins of Dol Guldur; if we could kill them at their source…
[Thranduil:] That fortress lies beyond our borders. Keep our lands clear of those foul creatures, that is your task.

蜘蛛退治の報告に来たタウリエルに対して──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
タウリエル「産卵場所は突き止めました。“ドル・グルドゥアの遺跡”です。そこへ行き、根源から絶てば…」
スランドゥイル「その要塞は国境の外ではないか。領内の治安維持に専念せよ。それが仕事だ」

タウリエルは「ちょっくら行ってボコッてくらぁ」なノリで言うけど、それで何とかなる場所ではない。南からは闇。北から炎。森で暮らしているのは自分たちの意思であって、誰から強制されたものでもない。だから王妃は「生」を勝ち取りに迎撃に出た。

念を押しとくけど、これ努力は結果より尊いという話じゃないからね。そうじゃなくて「それだけ中つ国で生きていく現実は厳しい」ってこと。『ホビット』の60年後になるまで、なぜ国際協調できなかったか、裏ストーリーとしてがっつり落とし込んでるんだね。

[Thranduil:] Because it was real.

傷心のタウリエルに──The Hobbit: The Battle of the Five Armies Extended Edition

【拙訳】
スランドゥイル「現実であるが故だ」

中つ国で「生」を勝ち取る現実は、指輪の力の誘惑を斥けられるほど、そして他者と協調してやるほど、易しくない。

ここ、日本語で「本当の」とか「本物の」と言われると、何となく「true(真偽の真)」を思い浮かべちゃうんだけど「real(夢か現か)」の方だからね。

[Thranduil:] What you feel for that dwarf is not real!

矢を向けるタウリエルに対し──The Hobbit: The Battle of the Five Armies Extended Edition

【拙訳】
スランドゥイル「そなたのドワーフへの想いは夢見てるだけで現実を見ておらぬ!」

なので語ってるのはトゥルーラブじゃないよ。駄々をこねて誰かに何とかしてもらおうとしている限り、恋に恋する域を出ないって話。心の見えない世界観で他者の気持ちの真偽にまで踏み込んで断罪はしないよ。

それはお前の子か? お前は炎から息子を救うことは出来ぬ

…ということがあっての、あの晩のスマウグの声です。

「この一連のスマウグのセリフはスランドゥイルと対比になっている」というのが考察一周目の核心部分(※考察一周目第3回)だったね。すなわちエルフの地獄耳にはあのスマウグの声が聞こえ、スランドゥイルは「スマウグに刃向っている弓使いはレゴラスである」と思い込んでしまった。

このドワーフを追いかける←オークを追いかける←タウリエルを追いかける←レゴラス…という追いかけっこ。そもそもスランドゥイルは、ドワーフの行き先がエレボールであることも、『ドゥリンの日』というタイムリミット付きであることも知っていた。

だから息子が無事に追いかけっこしていれば、この時間は多分エレボール付近にいるはずでエスガロスで油を売ってるヒマなどないと分かる。現にレゴラスは一旦オークを追ってエスガロスを離脱していて、タウリエルがエスガロスに居残らなければ戻ってくることもなかった。だから地理的にはエスガロスに居る可能性は低いにも関わらず…

[Elf:] “Hir nin, Legolas. Celin ’winiath o adar lin.” [Subtitle: My Lord Legolas, I bring word from your Father.] Cân i hi danwenidh na le. [Subtitle: You are to return to him immediately.]

被災直後のエスガロスにて──The Hobbit: The Battle of the Five Armies Extended Edition

【拙訳】
伝令のエルフ「レゴラス様。お父上から言付かって参りました。“一刻も早く私の元へ帰ってきなさい”と仰っておられます」

スランドゥイルは迷うことなくエスガロスに伝令を送ってきた。こののんびりして見える伝令のエルフ氏が、鎧をかなぐり捨てこの直前まで馬を走らせてきた結果なのは考察一周目で述べたとおり。

スマウグはエレボールを襲った時には一言も言葉を発していない。近くまで行ったスランドゥイルは当然知ってた。だから「竜が話しかけるほどの凄腕の弓使いだ」と確信し、すなわちそんな凄腕の持ち主なら自分の息子以外いないだろうと思った。自慢の息子だからこそ、スマウグが話しかけたと思った。王妃が竜に刃向ったからこそ、息子もやりかねないと思った。エスガロスでレゴラスと伝令が遭遇できるのは偶然で達成されるものじゃないんだね。

ただ、父は一つ間違えた。

スマウグが話しかけたのは、二ヶ国分の軍に勝る凄腕の弓使いだったからではなく、ギリオンには劣る弓使いだったからだよ。

もちろんバルドも言い腕持ってるんだよ? でも失脚し最早ただの民間人なバルドは軍事を専門的に学べたわけじゃない。だから同じ場所に当てたギリオンとは違い、当てた4ケ所は全部違う場所。バリスタでもなければ、同じ鱗を狙う才覚もないとスマウグは侮り、いたぶってあの時の憂さばらししてたってわけ。

バルドが射った箇所
スマウグにとっては「バリスタでもなければ同じ個所に当てる技術も才覚もない」

この子は無事育ってくれるか 自分にこの子を守れるか

そして王妃の視点がどうであろうと、スランドゥイルの視点では重度熱傷で帰還したのに、ゆっくり療養する暇もなく、臣民たちは自分を頼りにし、乳飲み児は泣いている。それなのに王妃はいない──王妃は遺される者のことなど考えてはくれなかった──到底 納得なんて出来なかった。

母から見たレゴラスは「こんなに小さいのに立派に王子で、自らの命を懸けて国を守ろうとする強い命」だったけど、父から見たレゴラスは「早く生まれて小さく、生みの母の乳にもありつけない今にも消え入りそうなか細い命」だった。無事に育ってくれるか。自分にこの子を守れるか。父は今日まで気が気でなかったのです。

次回は映画の現在軸に戻るよ

今回のまとめ

  • レゴラスはグンダバド攻めの時、まだ生まれていなかった

  • 子供が生まれ成体になってから戦争に協力すると言ったスランドゥイルに対し、エルロンドは出産予定日までに終わらせると豪語した

  • レゴラスは予定日より早く生まれてきた

  • そのことが王妃の迎撃を後押しした

  • スランドゥイルの視点では王妃が赤ん坊を放り出したようでわだかまりがある

  • 母にとってのレゴラスは生まれながらの王子であり強い命だが、父にとってのレゴラスは今にも消え入りそうな か細い命だった



  • 映画『ホビット』EE版(エクステンデットエディション版)の考察です。

  • 考察は一定のルールに従って行っています。

  • 掘り下げは日本語版ではなく、原文(英語/エルフ語)で行っています。英語とエルフ語に齟齬がある場合、エルフ語を優先。エルフ語については出典を示します。英語は自力で訳しましたが精度は趣味の域を出ません。

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