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#4 全力でギリオンの名誉を回復する──定住民族vs移動民族 解り合えない私たち『デイル魂』

第4回目は"デイル"の話を。

デイルはスマウグが”エレボール”を襲撃した際、目と鼻の先の地理なために巻き添えになった隣国。エレボールだけがスマウグの被害者じゃないんだね。

[Bilbo:] Such wanton death was dealt that day, for this city of men was nothing to Smaug; his eye was set on another prize. For dragons covet gold, with a dark and fierce desire.

プロローグ──The Hobbit: An Unexpected Journey Extended Edition

【拙訳】
ビルボ「それは理不尽な死だった。スマウグにとって人間の街に価値はなく、その眼は別の獲物を捉えていたのだから。邪悪で貪欲な竜はきん垂涎すいぜんしていた」

なのにデイルは同情して貰えないばかりか、デイルの領主ギリオンが悪かったことにされている。

[Master:] Let us not forget that it was Girion, Lord of Dale, your ancestor, who failed to kill the beast!
[Alfrid:] It’s true, sire. We all know the story: arrow after arrow he shot, each one missing its mark.

スマウグの脅威を語るバルドに対し──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
統領「我らが忘れちゃいけないのはギリオンの不始末だ。”デイル”の領主だったお前の先祖が、獣を討ち損ねたんだろうに!」
アルフリド「その通りですとも、統領。俺たち皆が知ってる話です。次から次へと矢を放っといて、どれも的外れときたもんだ」

そもそも、1)スマウグの目当てはデイルではなかった。2)”エスガロス”は自分で選んだ非武装中立…という状況なのに、なぜギリオンから子孫バルドに至る今日まで、戦犯としてなじられているのか。巻き添えになっただけのデイルに、周辺国へのどんな義務があったと言うのか。

さて、デイルという国はざっくり以下の特徴を持つよ。

  • 構成種族:人間

  • よくある陸の上の国(やぐらのエスガロスが稀)

  • エレボールとは目と鼻の先

  • スマウグ襲撃当時の領主がギリオン

スマウグの襲撃後、エレボールのドワーフたちはこの土地を去り、デイルの人間たちは、同じ人間たちの街エスガロスに移住した(※原作情報:ドワーフは人間より寿命が長いため、スマウグ襲撃の被災者も存命。人間たちの方に被災者は残っていない。ギリオンと子孫のバルドは直接の面識がないだけの世代を経ている。エルフはいわゆる不老不死)。

この襲撃に対する見解は、ドワーフとエスガロスで同じだね。曰く…

  • ギリオンが弩砲バリスタ(ballista / ”風切り弓”と”黒い矢”のこと)で撃ち落とせなかったのが悪い

  • ギリオンの命中率がひどい

  • バリスタには竜を倒せる威力があったのに

[Balin:] Girion, the Lord of the city, rallied his bowman to fire upon the beast. But a dragon’s hide is tough, tougher than the strongest armor. Only a black arrow, fired from a wind-lance, could have pierced the dragon’s hide, and few of those arrows were ever made. His store was running low when Girion made his last stand.
[Thorin:] Had the aim of Men been true that day, much would have been different.

バルドの家から風切り弓を見て──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
バーリン「領主ギリオンは獣に攻撃せんと弓兵を集めた。だが竜の鱗は硬く、現存するどんな鎧よりも硬かった。唯一”風切り弓"から放たれた"黒い矢"だけが、竜の鱗を貫くことが出来ただろう。だがそもそも製造本数が少なかった矢は、彼が最後の抵抗を試みた時には、残りわずかとなっていた」
トーリン「あの日、その人間の腕前が正確だったならば、随分違った結果になっていただろう」

ギリオンはデイルの領民の、スランドゥイルは闇の森のエルフたちの、リーダーであり彼らの命の責任を負っている。ではドワーフたちの命について責任を負っていたのは? ついドワーフたちと一緒に冒険する映画だから、彼らに同情的になってしまって、そこから目を逸らされてしまうよね。

もう一つ、エスガロスは駆け付けて来ず、トーリンたちはエレボールの内部に居た。どちらもギリオンの戦いぶりを見てないから直接情報ではない。そしてその後の話を足しても…

[Bain:] Then you would know that Girion hit the dragon. He loosened a scale under the left wing. One more shot and he would have killed the beast.
[Dwalin:] That’s a fairy story, lad. Nothing more.

ドワーフたちの回想に対し──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
バイン「それならギリオンの矢が竜に命中した事もご存じでしょう。左翼の根元辺り、鱗を一枚剥いだ。もう一撃あれば獣を仕留めていた」
ドワーリン「与太話だよ、坊主。それ以上じゃない」

[Bilbo:] So it is true. The black arrow found its mark.

エレボールでスマウグと対峙するビルボ──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
ビルボ「本当だったんだ。"黒い矢"は命中してた」

「たくさん射れば、そのうちの一本くらいは当たって、ウロコ一枚だけどふっ飛ばしたから許したげて」程度にしか名誉回復されず、そのちっぽけな隙間を射抜けた子孫のバルドこそ凄い!感じになっちゃうんだけど…

実はそうじゃなくて、これ本当はギリオンに追い詰められたスマウグが寸でのところで逃げきった話なんだよ。

スマウグはギリオンに殺されるところだった

このギリオン対スマウグの様子は、二作目でバーリンがバルドの家で語ってるんだけど、どうしてもセリフの方に集中しちゃって、映ってる情報の方は流し見になりがち。映像ではハッキリと以下の様子が映ってるよ。

  • 1)黒い矢を装填して放ち、2)スマウグに当たるも弾かれる…を二度繰り返す

  • 当たった場所は二度ともバイン君が言ってた「左翼の根元辺り」

  • 黒い矢は全部で三本映っているが、三本目は撃たれずに回想シーンは終了

まずは上記からギリオンはきちんと的を捉えていて「的外れ」という認識の方が的外れなんだと分かるよね。

それからバリスタについて。

これはバネの力で矢を撃ち出す武器のこと。バネ式の機械だから射手の筋力なんて関係ない。老若男女誰が撃っても威力は変わらないのがポイントだよ。弓との違いをざっくり。

射手の筋力に威力を依存する弓と機械のため一定な弩砲
弓とバリスタの違い

誰が撃っても威力は変わらないのに弾かれたなら、そもそもこのバリスタ(”風切り弓”と”黒い矢”)に「竜の鱗を貫くだけの威力はなかった」と考えるのが自然。ドワーフたちは貫けるつもりで作ったんだろうけど…残念ながら。

つまりあの時の実態は次の通り。

一本目を弾かれ、貫通力が足りないと悟ったギリオンは「一度では無理でも、何度か同じ鱗に当てれば可能性はある」と機転を利かせた。命中率はひどいどころか、飛行中の竜の同じ鱗を狙えるほどだった。そして二本目で見事、左翼の根元辺りの鱗を一枚剥ぐことに成功。もちろん三本目もそこに当ててみせる自信があった。それだけの隙間があれば充分だった。彼は後の評価とは裏腹に、技術も才覚も抜群だったわけ。

そしてバルドの家に大事に保管されていたのが撃てなかった三本目。なぜ撃てなかったかと言えば、ごくごく単純に「逃げられたから」だよ。そりゃ竜だって命が惜しいさ。バリスタは設置型だから、射程から出れば追いかけてこないからね。

三本目の黒い矢
バルドの家に隠されていた矢が撃てず仕舞いだった三本め──映画『ホビット』より

むしろスマウグは最初の一本が弾かれてったのを見て、人間を「侮って」「安心しきって」もう一度バリスタの射程に入ってきたんだよ。そこへ二本目の”黒い矢”が飛んで来て、一本目の衝撃で弱くなっていた鱗を吹っ飛ばした。それで理解した。「もう一度射程に入ったら自分は殺される」とね。

そのまま進路を変え、本来の目的であるエレボールへ向かい、再びバリスタの射程に入ることはなかった。だからこそ…

[Bilbo:] So it is true. The black arrow found its mark.
[Smaug:] What did you say?
[Bilbo:] Uh, uh, I was just saying your reputation precedes you, oh Smaug the tyrannical. Truly, you have no equal on this earth.

エレボールでスマウグと対峙するビルボ──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
ビルボ「本当だったんだ。"黒い矢"は命中してた」
スマウグ「何だと?
ビルボ「僕が言ったのは…あの…その…あなたの評判は伺っておりまして──スマウグ様ほど恐ろしい竜はいないと。事実、あなたに肩を並べる者など、この"中つ国"におりませんとも」

この過敏な反応だったわけ。そしてこのギリオンとの一件が三作目でのエスガロス襲撃に繋がった。

目の前のドワーフより遠くの人間

素直に映画を見てて、スマウグがエスガロスの人間が黒幕と疑う根拠…つまり目の前で現在進行形でちょっかい出してきてるドワーフを差し置いてまで疑う根拠は特にないよね? 非武装中立のエスガロスは前回だって何もしなかったんだから。

でも一度、人間をナメて痛い目に遭い、その宿敵ギリオンはエスガロスに移住してる。片やドワーフたちは成す術なく国を明け渡してこの土地を去って行った。だから「ドワーフは後回しにしても大丈夫だけど、人間は一刻も早く手を打たないと危険だ」そう考えた。

[Thorin:] “This is not your kingdom. These are dwarf lands, this is dwarf gold, and we will have our revenge.
[Smaug:] Ahh! Revenge?! Revenge! I will show you REVENGE!

スマウグに立ち向かうトーリンたち──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
トーリン「ここはお前の王国ではない。ドワーフの土地、ドワーフのきんだ。今こそ我々は雪辱を果たす」
スマウグ「雪辱だと!? 雪辱だと! 見せてやろう、雪辱ってやつを!」

それでスマウグはトーリンに背を向け、エスガロスを襲撃しに飛び出していった。トーリンたちドワーフにとって雪辱を果たしたい相手はスマウグでも、スマウグにとって雪辱を果たしたい相手は宿敵ギリオンをはじめとする人間たちだった。

武器庫から見える 定住民族の論理──『デイル魂』

そして領土を失ったギリオンにとって、倒し切れなかったスマウグへの対応策は重要な懸案だった。二作目でドワーフたちがエスガロスにある武器庫に忍びこんで捕まった場面…

[Braga:] We caught ‘em stealing weapons, sire.
[Master:] Ah. Enemies of the state, then.
[Alfrid:] This is a bunch of mercenaries if ever there was, sire.

ドワーフたちが武器を盗み捕まって──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
ブラガ「武器を盗んでいた所を現行犯逮捕しました」
統領「あぁ『国家の敵』か」
アルフリド「金で雇われた実行役に間違いありませんよ」

ここ日本語訳が『国家の敵』ではなく「反逆者の一味」となっててぼんやりしてしまってるので補足するよ。とても重要なこと話してる。

  • 盗まれた武器はただの weapons で our weapons (エスガロス所有の武器)とは言ってないこと

  • 統領への支持/不支持程度問題ではなく、国家レベルで敵認定された者がいること

  • ドワーフは『国家の敵』にカネで雇われただけの何も知らない者たち(むしろ一味ではない)と思われたこと

  • すなわち、統領たちには元々、武器を欲しがる人物と理由に心当たりがあった。

そもそも非武装中立でなぜ武器庫があるのか? あるなら何故スマウグに襲われた時に使わなかったのか? なぜ武器庫だけは後生大事に武装した警備兵が警備していたのか?

つまりあの武器庫は、ギリオンがスマウグ再来に備えて進めてた再軍備を、エスガロスによって凍結された成れの果てなわけ。

陸に定住している者たちというのは、基本的に農耕民族だから土地が何より大切。土地は戦って死守するもの。この定住民族の論理を以下『デイル魂』と名付けるね。

だからギリオンはバリスタをデイルから移設し、次こそはスマウグを倒し、移住先のエスガロスまで失わずに済むよう再軍備を始めた。

でもここエスガロスはギリオンの領地ではなく、エスガロスは非武装の街で、エスガロスのやぐらは、いざって時に敵に明け渡せる仮の住まい。せいぜいテントが丈夫になったようなもの。それを地対空ミサイルで防衛しようってんだから、エスガロスにしたら噴飯ものだった。

「逃げるが勝ち」な『エスガロス魂』と「領土絶対死守!」な『デイル魂』──同じ人間でありながら、民族性の違いによって両者は激しく衝突した。エスガロスは、ギリオンとその一族を『国家の敵』とし、末代まで漁業ライセンスを与えないことにした。「羊のいない羊飼い」みたいなもので、誰にも相手にされなくなるからだよ。社会的に殺したわけだね。ギリオンは失脚した。

だからドワーフたちがエスガロスに密入国することになり、しかもその手引き料が二倍もかかったのは、運悪く頼んだ相手が『国家の敵』で監視対象だったからで、多分堂々と名乗りを挙げれば、最初から大歓迎されたんじゃないかな? 彼らは魚の輸出先復活を望んでるんだもの。それに後々エスガロスで大立ち回りを演じた敵国のエルフと闇の生き物であるオークが、律儀に許可取ったり、手引き料払ったりしたとも思えないからね。

映画内で回収されずに終わる 湖に沈められていたガラクタ武器たち

ギリオンは失意の中、一族にスマウグ再来に備え、くれぐれも準備を怠らないよう遺言した。それが湖に沈めてあった(けど理由は明かされずに終わる)あのお手製のガラクタ武器たち。

湖に沈められていたガラクタ武器
回収されない伏線 ガラクタ武器は後生大事に隠されていた────映画『ホビット』より

[Bard:] You won’t find better outside the city armory.

武器を欲しがるドワーフたちに対し──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
バルド「街の武器庫外ではこれが最高の代物だ」

ギリオンの子孫たちは代々スマウグの再来に備えていた。でも監視の目は厳しく、精々武器になりそうなガラクタを隠し持つのが精一杯だったんだね。

今回のまとめ

  • 陸の定住民族の国デイルにとって領土死守が当たり前 ⇒『デイル魂』

  • バリスタ(”風切り弓”と“黒い矢”)に一発で竜を貫く威力はなかった

  • ギリオンは機転の利く頭脳と優れた命中率の持ち主だった

  • そのギリオンにスマウグは殺されかけたため逃げ出した

  • スマウグがエスガロスを襲撃したのは、ギリオンとの対戦から、ドワーフより人間が危険だと認識していたため

  • ギリオンはスマウグ再来に備えて他人の土地で再軍備を始め、相容れない『デイル魂』と『エスガロス魂』が衝突。ギリオンとその一族は『国家の敵』となり失脚

  • バルドの代になっても、再軍備を諦めないギリオンの一族と、エスガロスの攻防は続いている


だけどバリスタ以外で仕留めたドラゴンスレイヤーが、劇中で仄めかされてるね。闇の森の王妃、レゴラスのママです。次回へ続く



  • 映画『ホビット』EE版(エクステンデットエディション版)の考察です。

  • 考察は一定のルールに従って行っています。

  • 掘り下げは日本語版ではなく、原文(英語/エルフ語)で行っています。英語とエルフ語に齟齬がある場合、エルフ語を優先。エルフ語については出典を示します。英語は自力で訳しましたが精度は趣味の域を出ません。

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