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#1 何故スランドゥイルはエレボールを助けなかったか──前回言及しなかった最初に戻り考察二周目を始める

※映画『ホビット』EE版(エクステンデットエディション版)の考察です。劇場公開版の方ではありませんので注意!
読者が映画視聴済みであることを前提に執筆しています。

今回は、ここnoteで考察の第二段を語っていきます。

前回の考察では、首飾り”ラスガレンの白い宝石”を中心に、エルフ王スランドゥイルを掘り下げ、主人公側から観てしまうと気がつきにくい、スランドゥイル側の親子の物語を示しました。

  • 前回の考察『スランドゥイルの首飾り』(※以下:考察一周目)

この考察一周目では一ヶ所、映画冒頭のスランドゥイルの行動には触れず仕舞いでした。今回「考察二周目」と称し、改めてその冒頭から裏ストーリー全体を掘り下げていきます。

わざわざ目の前まで来て回れ右するのは悪意にみえる

触れなかった冒頭のシーンとは、一作目『思いがけない冒険』(The Hobbit: An Unexpected Journey Extended Edition)でドワーフたちの国”エレボール”が火竜スマウグに襲われたところ。そこへスランドゥイル率いるエルフ軍が救援に現れた…と思いきや、何もせず回れ右して帰ってしまったところのこと。エレボールの王孫トーリンが助けを求める眼前で行われ、彼が非常に恨みに思った様が描かれるよね。

回れ右するスランドゥイル
何故わざわざ目の前まで来て回れ右して帰っていくのだろうか──映画『ホビット』より

わざわざ目の前まで来て回れ右する姿はまるでコメディ。助ける気ないなら最初から来なければいいのに…そして来なけりゃいいからこそ、このくだりを「わざわざそんな事をしに来る悪意」としてトーリンも観客も受け止める。この回れ右のくだりによって、われわれ観客は次のことをこの映画の前提として刷り込まれてしまうんだよね。

  • スランドゥイルたち”闇の森”のエルフの国は、エレボールにすぐ駆け付けられる距離にある

  • エレボールをスマウグから助けなかったのは悪いこと

  • 助けなかったスランドゥイルは悪いやつ

移動だけでも24時間かかる距離

でも実際の距離は、考察一周目で検証した通り(※考察一周目第4回)。”スランドゥイルの岩屋”があるのは、すぐ駆けつけられるどころか、移動だけで24時間は掛かる場所。「知らせが来て救援にいく」その移動だけで丸二日かかってしまう。充分遠い。このことは二作目『竜に奪われた王国』(The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition)でのレゴラスとタウリエルの移動状況から分かるようになってるよ。明らかに空の色が夜と昼を繰り返すからね。

そして最初に刷り込まれてしまった「近所のはずだ」という距離感のために、三作目『決戦のゆくえ』(The Hobbit: The Battle of the Five Armies Extended Edition)で出てくるスランドゥイルの武装姿を「スマウグが死んだのに大袈裟な格好」であり「ドワーフに対する好戦的な態度」であると感じる。

でも本当は、スランドゥイルはスマウグと戦う気だった上、あれ以上早くは到着できなかったんだよ…ってのが考察一周目だったね。

スランドゥイルが進軍を始めたとき まだスマウグは襲来していない

冒頭のシーンに話を戻すと…こちらの空の色は、スマウグ襲来からスランドゥイルが回れ右して去るまで一度も変わらず明るいまま。つまりその日の日中だけの出来事。そこへ移動だけで24時間は掛かるエルフ軍が到着したということは、スマウグ襲来よりも前に進軍は始まってた。準備の時間を考えれば、進軍決定は更にもっと前だったことになる。

それに火災現場に駆けつけるなら、やっぱり三作目のような武装が相応しい。裾の長いローブや植物でできた冠では着衣着火が怖い。つまりこの時のスランドゥイルは火災を知らぬまま、別の理由があってエレボールに進軍してきたことになるね。

一作目(左)と三作目(右)で「ロングボウ部隊を率い」「エレボールに進軍」「ヘラジカに騎乗し」「右手を挙げる」相似で描かれるスランドゥイル。違いは礼装か武装か──映画『ホビット』より

正面ではなく高台に現れた理由

三作目では、エレボールの正面に陣取って入口を封鎖したのに、冒頭のシーンではエレボールに続く道を眼下に臨む高台に現れたね。ちなみにこの高台からエレボールに道は通じてないよ。ここで弓の違いについてざっくりと。

  • アーチェリー ⇒ 狙撃

  • ロングボウ  ⇒ 弾幕

同じ弓でも、レゴラスが使用しているアーチェリーは狙撃(一体ずつ狙って撃つ)をするけど、ロングボウは弾幕(矢の雨)として運用するのが王道。三作目で実際にやっているけど、斜め上に射ると矢は弧を描き自由落下する。それを大勢でやって矢の雨を降らせる。

弾幕にするロングボウ(左)とアーチェリーで狙撃するレゴラス(右)──映画『ホビット』より

それを踏まえて、ここまでのスランドゥイルの進軍のポイントは以下の通り。

  • 総大将は武装ではなく礼装だった

  • 高台からロングボウ部隊が矢の雨を降らせる予定だった

  • 高台から臨むのはエレボールに続く一本道

  • ロングボウ部隊は狙撃ではなく弾幕として運用する

さてではこのような動きから読めるエルフ軍の作戦は何か?

──経済封鎖だよ。

この一本道を通ろうとする荷車に矢の雨を降らせ、往来を妨害してやろうってこと。エレボールは一歩道の先のどん詰まり地形で、そこを封鎖されたら物流が止まってしまうからね(※隘路あいろ)。

高台から眼下の道(画面中央)に矢の雨を降らせ荷車の往来を妨害する──映画『ホビット』より

ちなみに三作目で正面入口を封鎖したのは兵糧攻めを狙ってのこと。奪還したばかりのエレボールには封鎖する経済活動はない。でも水も食料もないから、そっちを締め上げちゃおうってこと。

首飾り ”ラスガレンの白い宝石” の奪還

そもそも「スランドゥイルとエレボールが首飾りを巡って揉めている」のは回れ右より前の話。そして二作目において、スランドゥイルも決して最初からケンカ腰だったのではなく、話し合いを重ねた末だったことも分かる。

[Thranduil:] I warned your grandfather of what his greed would summon, but he would not listen. You are just like him.

岩屋での会談にて──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
スランドゥイル「その強欲さが何を呼寄せるか警告してやったというのに、聞く耳を持たなかっただけだ。そなたも祖父と同じようだな」

[Thranduil:] Your oath means nothing. I've heard enough.

膠着状態のエレボール玄関口にて──The Hobbit: The Battle of the Five Armies Extended Edition

【拙訳】
スランドゥイル「そなたの誓いは空虚だ。聞き飽きたわ」

(※ちなみに掘り下げは日本語版ではなく、原文(英語/エルフ語)で行います。英語とエルフ語に齟齬そごがある場合、エルフ語を優先。エルフ語については出典を示します。英語は自力で訳しましたが精度は趣味の域を出ません)

軍を使って脅しをかけようとしたら 先客(スマウグ)がいた

──もはや竜がエレボールの財宝に目を付けるのも時間の問題。そうなれば首飾りまで竜に奪われてしまう。一刻の猶予もない。

業を煮やしたスランドゥイルは、最終手段として軍を使って圧力をかけることにした。冒頭では経済封鎖、三作目では兵糧攻め、と多少の違いはあれど、武力行使をチラつかせ、首飾りを奪還しようとしたのは同じ。そしてロングボウ部隊を高台に配置した後、エレボールへ赴き最後の交渉に臨むつもりだった。だから武装ではなく礼装だったわけ。

でも残念ながら間に合わず、スランドゥイルが到着してみると、既にエレボールは隣国”デイル”と共に火竜スマウグに焼かれていた。

[Bilbo:] Thranduil would not risk the lives of his kin against the wrath of the dragon.

プロローグ──The Hobbit: An Unexpected Journey Extended Edition

【拙訳】
ビルボ「スランドゥイルは怒り狂う竜に己が民の命を奪われるのを嫌った」

スランドゥイルは自身の私的な品である首飾りのために、臣民たちの命を危険に曝す選択はせず引き返した。それが回れ右の真相。国王として多くのエルフから「命の白紙委任状」を預かるスランドゥイルは、優先順位を間違いはしなかった。

今回のまとめ

冒頭のシーンでスランドゥイルが軍を率いて現れたのは…

  • 軍を使ってエレボールに圧力を掛け、首飾りを奪還するため

  • 掛けるつもりだった圧力とは経済封鎖で、直接戦闘ではない

  • エルフ軍の編成は、竜を想定したものではない

  • 竜に襲われていたところに遭遇したのであって救援に来たのではない

  • スランドゥイルは首飾りの奪還を中止し、臣民たちを竜の脅威から退避させた


次回はこの考察の掘り下げ手法やルールについて触れてくよ。



こちらは考察の補足のための解説動画。非言語表現から文脈を捉えます。演劇全般の表現技法。

  • 『フード表現から観る「ホビット」』
    小道具の飲食物から文脈を読む。福田里香氏のフード理論を参考にしています。

  • 『右向き左向きで観る「ホビット」の文脈』
    俳優の画面上の配置と向きから文脈を読む。

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