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#9 タウリエルは森の向こうで何を見たか──ネオリアリズムの世界観

さて第9回の今日は映画の現在軸に戻って。

赤ん坊はパパの心配をよそにすくすくと育ち、今や守備隊を率いて蜘蛛退治──と思いきや、国王に報告にきたのはレゴラスではなくタウリエルだったね。

『命令一元性の原則』ってのがあって、直属の者をすっ飛ばして命令や報告は出来ない。もしタウリエルの上官がレゴラスなら、レゴラスが国王に報告する。レゴラスをすっ飛ばしてタウリエルが国王に報告することは出来ない。また国王もレゴラスを介さずに、直接レゴラスの部下であるタウリエルに命令することは出来ない。だから王子は権限もないのに勝手に首突っ込んでるってこと。では王子の普段の仕事は何なのか?

──実は「何もない


糸車から遠ざけられた眠り姫の如く

父は喪失恐怖から、今日こんにちまで息子を真綿で包み、箱に入れ、温室で育てる…といった具合で、王族の責務を負わせず、帝王学も教えなかった。まるで「糸車から遠ざけられた眠り姫」のような育ち方をし、そして親の願い空しく眠り姫は糸車に興味を持つわけです。

でも母の見立て通り、息子は生まれながらの王子だった。父が教えてくれないなら…とこっそりシルヴァンエルフたちから弓とダガーの戦い方を習い、武器防具も彼らから手に入れた。

レゴラスはドワーフの頭を踏みつけながら戦っていたけど、ああいう「親の顔が見てみたい」系のお行儀の描写は、まさに親に叱られる機会がなかった証左なんだよ。

トールキンのエルフは雪に沈まないほど体重が軽い設定なので「頭を踏まなければバランスを崩していた」なんてことはなく、また三作目でスランドゥイルに率いられたエルフ軍がドワーフを蹴上がってるけど、一応あれ頭ではなくなので。

そんな訳で父と同じ装備(ロングソードとプレートアーマー)はどうしても手に入らなかった。だから国境侵犯がエルフの名剣”オルクリスト”を持っていたのは渡りに船で、巻き上げて自分の物にしたけど、習えなかったがために上手く扱えなかった。戦闘シーンでレゴラスが劣勢に陥るのはロングソードを使っている時。オルクリストを投てきした一撃以外では止めを刺せてない。

同じ仕草をするスランドゥイルとレゴラス
似てない者同士の相似は共通点を 似た者同士の相似は相違点を示す。親子が同じ動作をしているが装備品のグレードは甚だ違う──映画『ホビット』より

息子はどんどん自発的に仕事を始めて既成事実化をはかり、父は知らんぷりすることで諦めてくれるのを待つつもり。それが仲が悪そうに見える理由で、単にどっちが先に折れるか意地の張り合いしてるだけなんだよ。

だから蜘蛛退治に首を突っ込んでるのも、息子の方は父を手伝えているつもりなんだけど、手伝ってもいいという許可は出てないので、タウリエルは王子に介入させちゃダメだった。

[Thranduil:] Legolas said you fought well today.

蜘蛛退治の報告に来たタウリエルに対して──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
スランドゥイル「レゴラスが今日の働きを褒めていた」

知るはずのないタウリエルの仕事っぷりをレゴラスが知ってた。だから王様は厳しく言ってるわけ。

ここのくだりは考察一周目第2回フード表現でやってるので重複する部分は飛ばしてくね。

すがるしかない手に 振り払われてしまったら

この考察では「タウリエルは孤児で国王が親代わり(後見人)だった」という裏設定を拾ってるよ。

これは国が持ってるセーフティネット。臣民全員の権利で、家族ごっこするもんではないよ。

孤児の視点では「家族が世界の全て」な幼いころ、その世界が崩壊し王様に助けられた。孤児にとっては強烈な体験で、権利なんてまだ難しくて分からなかった仔エルフには全ての価値基準となった。

  • 善い行いとは、縁もゆかりもない相手を、タダで助けることだ

  • 悪い行いとは、子ども(自分)から親(居場所)を奪うことだ

そしてママのいない王子が本当の兄のように慣れ合ってくれたから、お互い恋愛対象にならないまでにしっかり兄妹になってしまったのに比べ、王様はつれなくみえた。

[Legolas:] For 600 years, my father has protected you, favored you.

帰って来ないタウリエルに追いついて──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
レゴラス「この600年、私の父は君を保護し可愛がってきたのに」

王様だって息子にはつい本音が出て、手元に引き取れば情が移って可愛かったんだけど、特定の臣民を贔屓ひいきすることは出来ないから、これまでおくびにも出さなかった。そして仔エルフにそんな大人の事情わからないから…

"兄" は "父(善)" に愛されているのに
自分は "父(善)" に愛されていない
すがるしかない手(善)に、いつか振り払われる(悪)のではないか

そう考えてしまい、不安で不安で堪らなくなった。

森の向こうへ「世界が暗闇に飲まれる」のを何度も見に行く異常性

さて今日の表題。彼女は一体森の向こうに何しに行ったのか。

[Tauriel:] I have walked there sometimes, beyond the forest and up into the night. I have seen the world fall away and the white light forever fill the air.

メレス・エンギリスの夜に──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
タウリエル「時には遠くまで歩いてみるの。森を超えて夜になるまでね。大地が暗闇に飲まれてしまった後を、白い光は満ち欠けすることなく、ずっと空を満たしていてくれる」

彼女は「世界(world)が暗闇に飲まれる」のを森の向こうへ何度も見に行った。その結果として語れるものは、"岩屋"からでも見える星空以外「何もなかった」。森の向こうまで行かなくても見える星空以外「何も」ね。

[Kili:] Sounds like quite a party you’re having up there.
[Tauriel:] It is Mereth-en-Gilith, the Feast of Starlight.

メレス・エンギリスの夜に──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
キーリ「上で大きな宴でも開いているのか?」
タウリエル「“メレス・エンギリス”よ。星明りの祝祭なの」

岩屋の上で星明かりの宴を開催していたのだから、そこからでも星空は見えた。シルヴァンエルフは『森のエルフ』といわれるように好んで森に棲んでいて、森こそが素晴らしい場所。別に森の向こうに夢見てるわけじゃない。
そしてこの後に続くキーリの話…

[Kili:] I saw a fire moon once. It rose over the pass near Dunland, huge; red and gold it was, filled the sky. We were an escort for some merchants from Ered Luin, they were trading in Silverbuck for furs. We took the Greenway south, keeping the mountain to our left, and then, this huge fire moon, right in our path.

メレス・エンギリスの夜に──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
キーリ「赤い月なら一度見たことがあるよ。"ダンランド"の近くで、進める歩の遥か彼方に、赤くて黄金色で空いっぱいの大きなやつ。僕ら"エレド・ルイン"から来た商人たちの護衛をしてたんだ、銀と毛皮の取引でね。左手に山を見ながら"緑道"を南下しているとその巨大な赤い月が昇ってきたんだ」

…これがめちゃくちゃ具体的だから、余計に彼女の目的も場所もあやふやなのが目立つ。

この彼女が森の向こうに見た「何もない」の正体が『アナーキー』だよ。

ネオリアリズムの根底にある無政府状態(アナーキー)

この映画の世界観は国際関係論の現実主義リアリズム(Realism in international relations)で構築されてるよ。更に詳しい分類ではリアリズムの中でも「ネオリアリズム」ってやつね。

リアリズムは、国際情勢を生き延びようともがく国家の動きとして捉えるけど、更にネオリアリズムではそんなサバイバルが起こる理由を「国々を統べる上位組織はなく、世界が無政府状態(anarchy/アナーキー)であるため」と説く。そういう世界構造が人間を追い詰めているんだという話。

国家という単位が最高の安全保障機関でそれより外には何もない(anarchy/アナーキー)。どこかの国に意地悪されたとしても、その国を取り締まってくれる世界警察はいない。だから自力で「生」を勝ち取るしかない。

あくまで世界(中つ国)の在り様をどう捉えるかの話だから、以下との混同に注意。全て別ものだからね。

迫真性を表すリアリティ(reality) / 実務家や現実的な人の意味でのリアリスト(realist) / 哲学の実在論(realism) / 美術の写実主義(realism) / 映画や文学のネオレアリズモ(neorealismo) / 政治思想の保守主義(conservatism) / 無政府主義(anarchism) / 経済学の功利主義(utilitarianism) / 外交政策の孤立主義(isolationism)

ネオリアリズムの根底が無政府状態なのと、それを好む無政府主義は別物だし、リアリズムが国益(相対利得)を重視するからといって誰とも同盟を組まないわけじゃない。

スランドゥイルと映画がこのリアリズムで、ガンダルフとエルロンド、そして原作がリベラリズム。こちらも国際関係論のリベラリズムのことで似て非なるものに注意。主に国際協調と相互依存によってより良い世界(絶対利得)に近づけるとするものだよ。「理性で考えれば何が良いか分かるでしょ」とね。

原作「なんで協調できないの?(協調しろよの意)」
映画「なんで協調できないの?(理由が知りたいの意)」

種族を越えて協調できることを『善』とする原作と「今まで協調できなかった理由」にフォーカスした映画とでは、世界観も価値観も全く異なるよ。

見捨てられ不安からくる確認行動がやめられない

映画がネオリアリズムだと分かれば、ポイントは「森の向こうへ何しに?」ではなく「何も無いのになぜ?」なんだね。

彼女は確かめずにはいられなかった──家族の外には国があって守られていたけど国の外は? 国は何に守られているの?──それで森の向こうを見に行き、国を守ってくれるものは「何もない(anarchy/アナーキー)」と知って戦慄した──私は王様に見捨てられたら後がない。「すがるしかない手」に振り払われたらお終いだ──。

そこで考え出した居場所を失わずに済む(あたしのかんがえたさいきょうの)方法は以下の3つ

  1. 王様に好かれるには”兄”を真似っこすればいい

  2. 悪いヤツは悪いことする前に殺しちゃえばいい

  3. 王様が中つ国を世界征服しちゃえばいい

世界征服後のイメージ
国の外がアナーキー(左)なら 世界全て国の中になればいいのだ(右)──覇権安定

親の愛情の確信を得たいのが行動原理

彼女は「親の愛情の確信を得よう」と必死。それが全ての行動原理だよ。

だから王様からのマイナス評価を恐れ、蜘蛛が領内にいるのは自分の落ち度ではないかと確認に勤しみ、報告を後回しにしてたんだよね。

[Tauriel:] They are spawning in the ruins of Dol Guldur; if we could kill them at their source-
[Thranduil:] That fortress lies beyond our borders. Keep our lands clear of those foul creatures, that is your task.
[Tauriel:] And when we drive them off, what then? Will they not spread to other lands?
[Thranduil:] Other lands are not my concern.

蜘蛛退治の報告に来たタウリエルに対して──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
タウリエル「産卵場所は突き止めました。“ドル・グルドゥアの遺跡”です。そこへ行き、根源から絶てば…」
スランドゥイル「その要塞は国境の外ではないか。領内の治安維持に専念せよ、それが仕事だ」
タウリエル「領内から追い払い続けてどうなるというのです? このままでは他の国にも被害は拡大するでしょう」
スランドゥイル「他国は我の懸案ではない」

そして王様からのプラス評価を得ようと、”兄”を真似っこして許可されていない仕事をし、「悪いヤツは生まれる前に殺してしまえ」と言い、「他者をタダで助けることこそ正義だ!(どうせその土地はいずれ王様の領土となる)」と「あたしのかんがえたさいきょうのほうほう」を披露した。

[Thranduil:] I thought I ordered that nest to be destroyed not two moons past.

蜘蛛退治の報告に来たタウリエルに対して──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
スランドゥイル「ふた月以内に蜘蛛の殲滅せんめつ、そう命じたはずだ」

王様はなぜ「蜘蛛の」と言ったのか。巣とはいうけど、蜘蛛の場合エサを獲るためのワナだよね。だからちょっかいさえ出さなければ、歩いてる造網性の蜘蛛が襲ってくる心配はない。彼らはエルフも食べる。現実世界でも人間を食べるサメ、ワニ、熊などの駆除は駆除する方も相当危険だよね。だから「巣だけでいい」という命令だったわけ。一作目でのラダガストも蜘蛛に何もせず見送った。呪文を唱えていたのはあくまでお友だちを助けるため。襲われない限り手出しはしない──神の使いである魔法使いとスランドゥイルの対応は同じだよ。

シンダールとシルヴァンの能力差

残念ながら”兄”の真似っ子は格の差を思い知らされることが多かった。トールキンのエルフ設定ではエルフの氏族(格)の違いによってハッキリとした能力差があることになってる。

だからシンダールエルフであるスランドゥイルとレゴラスはビルボの気配に(正体までは分からなかったものの)気付いた。その気付いた場面にはどちらもタウリエルが同席していて、彼女は全く気付けていなかった。可聴域とかそういうところで明らかな差があって、シンダールの方が得られる情報量が多いと描かれてるわけ。

でもタウリエルには”兄”が多くの情報から演繹えんえきしているのではなく、探偵ごっこの如く見えないものを推理しているように見えた。

[Kili:] Aren’t you going to search me? I could have anything down my trousers.
[Tauriel:] Or nothing.

地下牢に収監する際に──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
キーリ「俺を調べないのか? ズボンの中に何か隠してるかもしれない」
タウリエル「そんなこと無いでしょ」

蜘蛛に襲われてた時に武器を持っていなかったから「何も」持っていないと推理し、身体検査を丸々怠ってしまった。

[Kili:] A powerful spell lies upon it. If any but a dwarf reads the runes on this stone, they will be forever cursed.

メレス・エンギリスの夜に──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
キーリ「強力な呪文が彫ってあってドワーフ以外の者が読むと永遠に呪われる!」

現代的には脱獄するなら武器よりも、急患を装うか火災報知器を鳴らす。だから何の変哲もない石でも工夫次第。「呪い」がレゴラスにも通用するかは別として、タウリエルは充分ギョッとしちゃってた。ロールモデルの”兄”は、家族の肖像画も見逃すことなく、本人の口から説明させてたね。決して基本を怠りはしなかった。

lowlyの掛かる先は「Silvan(シルヴァン)」か「Elf(エルフ)」か

このスランドゥイルとタウリエルの会話。互いがここに至るまでの前提を共有できてない。だから表面上会話は成立しているのに、完全にすれ違っちゃってる。

[Tauriel:] I do not think you would allow your son to pledge himself to a lowly Silvan elf.
[Thranduil:] No, you are right. I would not.

蜘蛛退治の報告に来たタウリエルに対して──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
タウリエル「卑しいシルヴァンエルフをご子息の伴侶になど、お認めになりませんでしょうに」
スランドゥイル「ああ、その通りだ。認めはせぬ」

これlowlyという言葉が「Silvan(シルヴァン)」と「Elf(エルフ)」のどちらに掛かるかで意味が変わるよ。

  1. lowly Silvan な Elf ⇒ シンダールより下衆(格下)であるシルヴァンな私

  2. lowly な Silvan Elf ⇒ ゲスいことするエルフな私

タウリエルは1のつもりで言い、王様には2と伝わった…ってのが考察一周目だったね。彼女は「すがるしかない手」に振り払われてしまった。

だからキーリという異種族との触れ合いに希望を見い出した。すがるしかない手に振り払われた後のことを心配していたタウリエルと、花嫁探しなキーリ。どちらも外の世界に友好を見つけたい者同士だったんだね。

レゴラスはタウリエルに感化されるほど物知らずではない

[Tauriel:] The king has never let orc-filth from our lands, yet he would let this orc-pack cross our borders and kill our prisoners.
[Legolas:] It is not our fight.
[Tauriel:] It is our fight. […]. With every victory, this evil will grow. If your father has his way, we will do nothing. We will hide within our walls, live our lives away from the light, and let darkness descend. Are we not part of this world? Tell me, "Mellon", when did we let evil become stronger than us?

帰って来ないタウリエルに追いついて──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
タウリエル「王はこれまでオーク如きを領土から逃しはしなかった。なのに今回は越境させた上に囚人を殺すのを見逃すだなんて」
レゴラス「当事者ではない争いに首を突っ込むな」
タウリエル「もう当事者よ」
「悪はあらゆる勝利をかてに勢力を拡大しているのに、私たちは放置するってことよ。お父上が我関せずを貫くならね。そうやって壁の中に引きこもり、光から身を遠ざけていれば、いずれ闇へと堕落するだけ。この世を構成する者にはこの世への責任があるのでは? 教えて"友"よ。放置することで育ててしまった悪が我らを凌駕りょうがしたのはいつだったかを」

この長い台詞の間、レゴラスは彼女から目を逸らし溜息をつく。端的に言えば「うんざり」してる。そして「闇へと堕落する」と聞いてギョッとしてタウリエルを見る。

タウリエルは一見素晴らしいことを語っているようだけど、実際にはこの後オークの追跡をキーリ一人のために放棄(知り合い以外は我関せずの対応)し、エスガロスが竜に焼かれても救援してあげることもなかった(彼女が定義する「世界」に敵国エスガロスは存在しない)よね。

レゴラスもエスガロスのための救援要請はしなかったけど、代わりにタダでやってあげられること(恩を返してもらう必要のない範囲の意)としてアドバイスをした。

[Legolas:] News of the death of Smaug will have spread through the lands.
[Bard:] Aye.
[Legolas:] Other will now look to the mountain for its wealth, or its position.

被災直後のエスガロスにて──The Hobbit: The Battle of the Five Armies Extended Edition

【拙訳】
レゴラス「スマウグの死はすぐ方々へ知れ渡るだろう」
バルド「ああ…」
レゴラス「そうなれば皆が山に目を向けよう。その富と戦略的な位置のために」

これ「『権力の真空』に近づくのはやめておけ」と言ってるよ。『権力の真空(power vacuum/『力の空白』とも)』とはその地域を安定させていた権力がなくなってコントロールを失った状態のこと。大体その真空を埋めようとさまざまな勢力が乗り込んで事態は一層混迷する。

[Legolas:] None would dare enter Erebor, whilst the dragon lives.

オークの尋問にて──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
レゴラス「竜がいる限り"エレボール"に入る命知らずなどいない」

レゴラスはスマウグが鎮座している限り、それはそれで情勢は膠着し安定していると知ってた。そしてその死によって安定が消失、権力の真空が生じたと理解してた。勝手に家業の手伝い始めるくらいだから、お勉強も相当してるんだよ。バルドは一族が失脚してからずっと民間人。「近所の面倒見のいい兄貴分」はやれても政治は素人でしょうがない。

[Thranduil:] I heard you needed aid.

デイルの避難民の元に到着して──The Hobbit: The Battle of the Five Armies Extended Edition

【拙訳】
スランドゥイル「救援が必要と聞いた

結局「救援が必要」と王様の耳にいれられたのは、レゴラスに父からの伝言を伝えに来たエルフ氏しかいない。

だからレゴラスが、タウリエルの話を聞いてギョッとしたのは、昨日までパパっ子だった”妹”が父を闇に堕ちるとまで罵倒したからで、本当に父が闇に堕ちるとは思ってない。

ブタに食わせてる雑草『アセラス』の謎

ちょっとここでアセラスについて。アセラスは非常に有益な薬草だよ(ざっくり)。

第一に、そもそもなんで漁師の街エスガロスでブタを飼ってるのかってところからなんだけど、彼らは『生きたディスポーザー(※キッチンの排水溝に取り付け、生ゴミを粉砕し下水に流すためのもの)』なんだよ。だってやぐらの上でゴミを焼却するのは火災が怖い。かといってそのまま捨てると湖に負担が掛かり過ぎる。ブタは一日最大で3kg食べ、雑食だから人間の残飯で平気。しかも野菜の芯とか魚のアラとか食べてくれるから、それで一旦こなして湖に捨ててるってこと。

第二に、櫓の上で農業は難しい。現代の屋上緑化なんてのは軽量土壌開発のおかげ。エスガロスでは植木鉢が精々で、お野菜は魚より貴重。お野菜は常に人間もブタも不足しがち。だから「ブタが食ってる雑草」とは人間の生活に負担の掛からないエサのことで、本来ならすぐそばの岸に吐いて捨てるほど自生してる植物でないと成り立たない。

そしてそうであれば、もともとこの辺りに住んでいたドワーフたちは植生を心得ているはずで、ギリギリになって街の中ブタ小屋探して迷うより、もっと早いうちに岸まで摘みにいけば良かったことになる。雑草と言えどもブタ小屋にあれば他人の所有物。盗んで良いものじゃない。

…ということは、逆説的にこの周辺で野生のアセラスを見つけるのは難しいってことなんだね。

だからブタに食わせてると聞いて、一体どこに生えてるのかと面食らい、そして閃いた。「何処に生えてるかはともかく、今ブタの胃の中にはあるってことだ。よし腹かっさばいて未消化のアセラスを回収しよう」とね(※ブタさんは無事です)。

つまり「ブタに食わせるためだけに、近くには自生してないアセラスを、わざわざ遠方から刈り取ってきて、櫓の上に持ち込んでる」という奇怪なことになってるわけだね。

これ、闇の森の安全保障政策だよ。

闇の森が戦争などに備えて領内でアセラス栽培してるの。当然、平穏無事なら大量の無駄が出る。そしてそれを処理するにもこちらも燃やすと火災が怖い。安全保障政策で森林火災なんて本末転倒だからね。そこで「森に蔓延って困る雑草」と称してエスガロスに二束三文で売ってるってこと。いざって時は輸出止めるし、薬草と知れたら争いの火種になるし、だからあえての雑草。

エスガロスも人間の生活に負担の掛からない草をブタに与えたいと思ってるから利害の一致をみてるわけ。

もちろんモノがあっても使えなきゃ意味ないんで、闇の森ではちゃんと応急処置の教育もしてた。だからタウリエルはアセラスが使えた。パパに反発して家を飛び出したのに、身を助けたのはパパの教育だった。子どもあるあるな話。

アタシには厳しいけど お兄ちゃんには甘い

じゃあ何故レゴラスはタウリエルと一緒に外出禁止令を破ってやったのか?

彼女が「あたしのかんがえたさいきょうのほうほう」を綿々と語ってレゴラスを懐柔しようとしているのは、今度は本気で国王に取り成しをさせようとしているからだよ。

[Legolas:] Tauriel, you cannot hunt thirty orcs on your own.
[Tauriel:] But I’m not on my own.

帰って来ないタウリエルに追いついて──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
レゴラス「タウリエル、君一人じゃ30匹ものオークは手に負えないだろ」
タウリエル「でも一人じゃないもの」

彼女はレゴラスに「僕が外出禁止令を破ってオークを追うと決めました。臣下のタウリエルは王子の命令に逆らえなかっただけです」と王様に言って欲しいわけ。そう言えば王様は息子に甘いから許すでしょ?──とね。だって元々一人で行く気はなく、”兄”の合流を見込んでたんだもん。でもそれをやっちゃダメって叱られたんだよね、昨日。

タウリエルは距離感が分からないんだよ。レゴラスが馴合ってしまったから。そしてそういう育ち方以外を自分で選べる自由なんてなかったのだから。

[Legolas:] You defied his orders; you betrayed his trust. Dandolo na nin...e gohenatha.(Subtitle: Come back with me...he will forgive you.)

帰って来ないタウリエルに追いついて──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
レゴラス「そんな父の命令に背き、信頼を踏みにじったんだぞ。一緒に戻ろう。許してくれるさ」

実はここのエルフ語の部分について敬語にするべきところでは?と指摘されてたよ。

❌「許してくれるさ」⇒ e gohenatha(エ・ゴヘナサ)
⭕「お許しくださる」⇒ e dihenatha(エ・ディヘナサ)

※エルフ語の台詞解説
Elendilion
Meditazioni Tolkieniane

確かに臣下が国王の信頼を踏みにじったのであれば敬語が相応しいよね。
でも一周目でやった通り、レゴラスはこの問題を「親子喧嘩」と捉えてる。だから「ほらパパにごめんなさいは?お兄ちゃんも一緒にいてあげるから」というニュアンスの「許してくれるさ」であって、映画としてはこれで良いんだね。

レゴラスは身一つしかないのに、父と”妹”を宥めなきゃいけない。それでとりあえず”妹”の方について行ってやり、帰ったら父には”妹”がして欲しいように「僕が決めたことだから」と言い「でも危ないことは何もなかったし」と笑って済ませ……られたら良かったけど、あいにく鼻血を出すくらいの怪我はしたので「何もなかった」では嘘になり、言えなくなった。それで鼻血にあれだけキレてたんだよ。

レゴラスは父に「危なくない」と約束した

タウリエルを迎えに行くにあたって父に「危なくないから」と言って出てきたのは、レゴラスの着用しているスケイルアーマーの着脱具合から分かるよ。

アーマーとホルスター
ゲートまでアーマーを着ていたのに 脱いでホルスターを着け直してから出掛けたレゴラス──映画『ホビット』より

レゴラスが「タウリエルが出掛けたまま帰ってきてない」と知ったのはゲートで、その時スケイルアーマー(の上に武器を固定するホルスター)を着用していた。でもタウリエルと合流した時には平服(の上にホルスター)姿だったのだから、スケイルアーマーを脱いでから出掛けた。それも…

ホルスターを外す ⇒ アーマーを脱ぐ ⇒ 再びホルスターを付ける

という段階を経て出掛けたことになるね。なぜそんな細かい指摘をするかというと、タウリエルはオークを、オークはドワーフを追いかけていて、先頭のドワーフはものすごい勢いで川を流れて行った。合流したければ一分でも一秒でも早く出掛けなきゃ離される一方だからね。

実はこの帰ってきてないことを知るゲートでのシーンから、タウリエルと合流するまでの間に、映画で使われずにカットされたシーンが存在していて、特典映像として見ることができる。このシーンでレゴラスとスランドゥイルがタウリエルが帰ってない件を話しているよ(考察一周目第3回参照)。

  • レゴラスは父の元へ報告しに行っている

  • レゴラスはスケイルアーマーを着ている

  • レゴラスは父に「I can bring her back.(拙訳:私は彼女を連れ戻せるよ)」と言っている

  • スランドゥイルはレゴラスに「You have two days.(拙訳:二日後までに必ず戻れ)」と許可した

ということは上のプロセスに更に「父の元へ行く」が加わったことになるね。

スケイルアーマーの着脱時系列

もう少しこのアーマーの着脱を整理していくよ(※いずれも防具はレゴラスがスケイルアーマー、タウリエルはブリガンダインを着用)。

前日
【蜘蛛退治】⇒ レゴラス:着 / タウリエル:着
【宴】⇒ レゴラス:脱 / タウリエル:脱
当日
【脱獄発覚時】⇒ レゴラス:脱 / タウリエル:着 *1
【尋問時】⇒ レゴラス:着 / タウリエル:着 *2
【尋問後】⇒ レゴラス:着 / タウリエル:脱 *3
【合流時】⇒ レゴラス:脱 / タウリエル:脱

*1のところ、守備隊長のタウリエルは脱獄が発覚すると速やかに武装して出動したけど、レゴラスはアーマーの類は何もつけず武器だけ引っ掴んで、伝令のエルフ氏と共に遅れて出てきた。

レゴラスとエルフ氏
両者ともアーマーは着用せず このエルフ氏は伝令であり斥候部隊長であり国王の側近なのであろう──映画『ホビット』より

*2レゴラスは平服で散々大立ち回りをした後で、オーク一人相手にスケイルアーマーを着用

*3のところ、尋問を途中退席させられたタウリエルは武装を解く時間があり、レゴラスはその後も解く間もなく働き詰めだった。

国王代理

さて*1のところ、そもそもこの時なぜ初動が遅れ、レゴラスは武器だけ引っ掴んで出てきたのか?

──酔い潰れていた父の面倒を見ていたからだよ。

この日、朝一番で騒ぎが起こり、王子と側近でもあるエルフ氏が急いで国王の元に駆けつけると、昨日色々あって深酒した成れの果てがそこにあった…ここはフード表現の方で解説したね。

そこで国王が指揮を取れる状態にないと判断した王子が「私が国王代理を務めますから、休んでてください」ってな感じのことを言い、エルフ氏も同調したから、この二人が一緒に出てきた。

ここで警察と軍隊の違いをざっくり。
【警察】逮捕権を持ち、権限は国内限定
【軍隊】国内外を問わず実力行使

[Thranduil:] Keep our lands clear of those foul creatures, that is your task.

蜘蛛退治の報告に来たタウリエルに対して──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
スランドゥイル「領内の治安維持に専念せよ、それが仕事だ

それぞれの装備と身分
それぞれの装備と身分 エルフ氏の装備は王子を凌ぐ国王と同じプレートアーマー

つまりレゴラスが一旦オークの追跡をやめ、岩屋に戻った後でアーマーを着ているのは、追跡をやめたところが国境で守備隊(警察組織)の限界だったため、軍に切り替えて追撃に出るつもりだったから。それを知った父王は一気に目が覚めて「はいそこまで。王様ゴッコはもう終わり」と止めたのです。

[Legolas:] There was more the orc could tell us.
[Thranduil:] There was nothing more he could tell me.

オークの尋問にて──The Hobbit: The Desolation of Smaug Extended Edition

【拙訳】
レゴラス「我々の知らない情報がまだあったかもしれないだろ」
スランドゥイル「私の知らぬ情報はもう無かったのでな」

何度も言及しているように、グンダバドに進軍したければ闇の森に、エレボールに進軍したければデイルに、それぞれ根回しが必要だったね。

流れていったドワーフのスピードそのままにエルフ軍がいきなり川下に雪崩れ込んだら、エスガロスは「遂に我々を滅ぼしに来た」とパニック起こす。追い詰められた敵が何をするか、グンダバドの例でよく分かるよね。

それで取り敢えずアーマーを脱がないまま、オークの尋問に参加し→ゲートでタウリエルが帰ってないと聞き→父のところへ「迎えに行って来る」という話をしに行った。

レゴラスが「I can(私にできる)」と言ってるということは、直前には否定的な言葉があった。父は昨日の一件から「息子が恋心を良いように使われ騙されている」と思い込んじゃってるから、迎えに行くと聞いて何も知らない息子が不憫で堪らず「可愛がって育てたのに信頼を踏みにじられた」と怒り出し、他のエルフを派遣しようとした。

レゴラスの方は訳が分からず「いやいや大丈夫だよ。I can だよ」といい、でも父を宥めなきゃと目の前でアーマーを脱いでみせた。危なくないよ、ちょっとそこまで迎えにいくだけだよ、すぐ帰ってくるよ、ほらアーマーなんか必要ないんだ、とね。で、そう言いながらこっそり武器は持って出た。タウリエルが武器を持って出かけてるの分かってたからね。

さすがの”兄”も怒る

だからタウリエルはキーリからタリスマンを託される直前、戻ってきたレゴラスの気配に「レゴラス様」と敬称付きで呼んだわけ。

うっかり「好きでもない王子に見初められ、本当の恋人と引き離される悲劇のヒロイン」みたいな絵面だけど実態は逆なんだよ。

王子の立場を使わせようとし、実際 "兄"はそうしてくれているのに、オークを追わず「王子に逆らえず連れ回されている臣下」設定も放棄し、油売ってたんだもん。

せめてレゴラスがきちんと言い訳立つようしなきゃね。さすがにマズかったと思ったからこそ「そうでした。私は王子に連れ回されてる臣下のはずでした。レゴラス様」とね。レゴラスは嫉妬で怒ってんじゃないんだよ。

この世で最も憎たらしい

ただ本当のところ、タウリエルはレゴラスに対して否定的な感情…というか、自分は欲しても絶対に得られない”父”の愛情を独り占めしてるから、大好きな”兄”であると同時に「この世で最も神経を逆撫でされる存在」であり「憎たらしい存在」なんだね。

[Legolas:] My father does not speak of it. There is no grave, no memory, nothing.

グンダバド偵察時 タウリエルに対し──The Hobbit: The Battle of the Five Armies Extended Edition

【拙訳】
レゴラス「母はその戦争で亡くなったんだ。父はその時のことを話さない。お墓もない。記憶もない。何もないんだ」

それでこの話をきいて俯いちゃった。当のレゴラスが話し終わるとすぐ監視に戻るのに、何故かタウリエルの方が俯いてしまう。母親が丸ごと抜け落ちているとは知らず、”兄”を”父”へのあてつけに利用し、溜飲りゅういんさげようとしてたの…ちょっぴり心が痛んだ。

俯くタウリエル
話し終り監視に戻る(画面左方を向く)レゴラスと視線を下げ監視に戻れないタウリエル──映画『ホビット』より

つまりレゴラスの優しさは所詮、ガラス越しに手招きするようなもの。その度に妹は「”父”と”兄”のいる方へ行ける」と在りもせぬ希望を抱かされ、結局いつもガラスにおでこをぶつけ傷ついてきた。

王様に問いつめられた時、正直に「妹のように可愛がって頂き…」と言うのが角の立たない断り口上だったのに、それが言えなかったのは「国の制度なんだから本気で妹ヅラしちゃいけない」ことは頭ではきちんと理解していたからだよ。

一般の家庭なら家出という方法も取れるけど、この国のトップ2と上手くいかなくなったら、国を捨てなきゃ逃げる先がない。そしてその国の外は「何もない(アナーキー)」んだよね。

今回のまとめ

  • スランドゥイルは喪失恐怖からレゴラスを大事に育て過ぎて仕事もさせていない

    • そこでレゴラスは自発的にシルヴァンエルフから戦い方を習い、勉強もしている

    • レゴラスはロングソードを入手できず、トーリンからオルクリストを巻き上げたが、習えなかったため上手く扱えない

    • 父の仕事を手伝いたいレゴラスは勝手に仕事を始めて既成事実化を計っている

  • この映画はネオリアリズム(国際関係論)で構築されている

    • ゆえに国の外は『アナーキー(無政府状態)』である

    • スランドゥイルはリアリスト(国際関係論)である

    • ガンダルフとエルロンドはリベラリスト(国際関係論)である

  • レゴラスは脱獄騒動時、正式に『国王代理』を務めた



  • 映画『ホビット』EE版(エクステンデットエディション版)の考察です。

  • 考察は一定のルールに従って行っています。

  • 掘り下げは日本語版ではなく、原文(英語/エルフ語)で行っています。英語とエルフ語に齟齬がある場合、エルフ語を優先。エルフ語については出典を示します。英語は自力で訳しましたが精度は趣味の域を出ません。

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