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「ドクターやナースの方はおられませんか?!」〜飛行機、吐血、息が止まった?!〜

【祈り】には力があるのか?

昔、アメリカで路頭に迷うほんの寸前で、奇跡的にチケットを手に入れることができ、帰国できた。

『家が無くなる、雨風を凌げなくなる』そんな恐怖はもうなかった。

日本に帰れば、少なくともホームレスになることはなかった。


Good-Bye アメリカ🇺🇸

2009年の1月20日、LAX(ロスアンゼルス国際空港)へ向かう途中、ラジオから聞こえて来るのはバラク・オバマ新アメリカ大統領の就任演説だ

小気味よく、かつ力強い熱弁が聞こえてくるのだが、その声は私の耳をただただ通り過ぎるだけ。

この5年間の留学生活はついに終わりを迎えようとしている。私の心はもうアメリカには無かった。

心はすでに日本へと飛んでいた


【3年間】逃亡生活

KIX(関西国際空港)行きのチケットを手に、機内に乗り込んだ。エンジンタービンがウィン、ウィンと回転数を上げ動き出した。離陸する。

「あぁ、ついにアメリカを離れるのか」

借金取りから逃げながら、パトロンの子を守り抜いた3年間が走馬灯のように思い出されていた。

・電気、水道、ガスが使えなくなったこと。

・豪邸やベンツが差し押さえにあったこと。

・強制退去に入られる直前に、奇跡的に引っ越しできたこと。

・中国人不法就労者10人との生活。

・ノルマは『ゴキブリを1日50匹駆除』という長屋。

・パトロンの子が100万円を盗んで使い込んだこと。

・大家に騙され、ゴキブリ長屋まで追い出されることになった終盤。

機内の小さな窓を見ながら、そんな留学前には思いもよらなかった貧困生活が脳内再生されていた。


3度の機内放送

『ワインがいいか?それともウィスキーがいいか♪』

離陸から2時間ほどが経ち、機内食を食べ終わった私は、久々のお酒を飲んでやろうと頭を巡らしていた。

そんな一杯気分の時に放送が鳴った。

「すみません!機内にドクターやナースの方はおられませんか??!!」

機内アテンダントのヒステリックな声は、夢うつつの私の脳ミソを現実に引き戻した。


『まぁ、ジャンボ機だから誰かいるだろう』

一瞬『ドキッ』とした私はすぐさま『自分とは関係ない』と思い直し、注文したウィスキーを口へ傾けだした。

機内放送は止まなかった。

「機内にドクターやナースの方はおられませんか??!!」

2度目、3度目の放送の後、医者や看護師がいないか、アテンダント数名が一席一席たずねだした

私はシーズンオフの超格安チケットで乗っていた。

つまりジャンボ機の最尾翼、一番後ろの後ろの席に座っていた。

『誰もいないのか??ジャンボだろ?一人くらい…』

そんな私の甘い考えを思い出す間もなく、機内アテンダントはもう目の前まで迫って来ていた。


「お祈りだけでも…」

アテンダントを目の前にした私は、

なぜか右手を挙げていた…

「ぁ、あのぉ…」

私の唇が勝手に動き出した。

「私、宗教家の端くれなんですけど…お祈りだけでもさせていただきましょうか?」

何を血迷ったことを口走ってるのか?!

実家の教会から逃げ、神を捨て、退路を断っての留学だった。

路頭に迷いそうだった緊張感から解放されたせいか?!

【お祈り】なんて一度も真剣にしたことないんだぞ?!

金髪の美しい女性アテンダントの顔に、その髪以上のまばゆい明るさが生まれた。

「お願いします!こちらへ来てください!」

あれよあれよと言う間に機首の方、エコノミークラスからビジネスクラスへと案内される。

「台湾人のおばあちゃんが急に吐血されたんです?!」

美人アテンダントの説明はまるで別世界の出来事のように、現実感なく私の耳に響いた。

「これを付けてください。これが吐血された内容物です。」

なぜかビニール手袋をはめさせられる。

「ん~貝とか何か悪そうなものはなさそうですねぇ…」

なざか確かめ、コメントする私。

「これ、お使いください!」

『バンッ!』と出されたのは緑色の取っ手がついた1m20cmほどの大きな、大きなジュラルミンケース。

恐る恐る開けてみる…

・包帯

・脱脂綿

聴診器

・注射器

・その他、見たことも、もちろん触ったこともない医療器具たち…


痛恨の勘違い

『ヤバい、完全に勘違いされてる。』

私は医者でも、研修医でもない。

しかし、私を取り囲む機内アテンダントたちは、期待の視線を一身に届けている。

目の前の吐血されたおばあちゃんを救えるのはこの人しかいない。

まるで確信めいた面持ちで、私の動き一つ一つを見つめていた。

『やるしかない』

もう覚悟を決めるしかない。

私はこのまま血迷うことを決心した


神はすべてを用意している

覚悟を決めた瞬間、まさに雷のように閃きが落ちた

『そうだ!救急救命教室!レスキュー隊はどんなことをしていた?その通りすべてやってみるんだ!

経験こそ救いなり。

留学中のボランティア活動で【事故にあった犠牲者役】として救急医療を体験していた。

その時の記憶を、頭を叩いて掘り起こした。


まず患者の状態を俯瞰してみる。

痛みがあるのだろう。呼吸が荒い。苦しそうだ。

原因を探る。そして…

生まれて初めて「聴診器」を耳に付けた。


おばあちゃんの皺くちゃになった胸に、聴診器の円盤を当てる。

「ゼェ、ゼェ…」

ここは気道だろうか?やはり呼吸が苦しそうだ。座っているからかもしれない。

「アテンダントさん、座っておられるのが苦しそうです。毛布を何枚か用意してください。寝かせてあげたい」

『よし来た!』とばかりに指示を待っていた彼女らはすぐ行動に移してくれた。

ビジネスクラス中央4列席の前に、簡易の寝床ができた。


『息が止まった?!』

その後も経験を頼りに、できる限りの介抱をした

おばあちゃんはある程度落ち着き始めていた。

『ホッ』としつつ、『もう出来ることはないのか?』と改めて考えていた…

『そうだ、私がここへ今いるキッカケはなんだった?!』

「おばあさん、気分はどうですか?私に出来ることはさせていただきました。実は私は宗教家の端くれなんですけど、お祈りさせていただいても良いでしょうか?

するとおばあちゃんは、力ない目で私を見つめ、『コクリ』と頷いてくれました。

私が今、唯一すがれるもの。

それは生まれ育った実家が信仰していた【神】。

神がいる方向は日本。

機首が向いてる方だ。

生まれて初めて真剣に、真剣に祈った。

『神様、今まで、あなたに背を向け、否定し、逃げ続けてきた私には、願う資格はないかもしれません。しかし、それでも願わせてください。どうか、どうか、この台湾人のおばあちゃんを、関西空港まで無事に送り届けてください!』

3分たっただろうか。

それとも5分以上だっただろうか。

時間の感覚なく、私は祈り続けていた。

そして、きつく閉じた目を薄っすら開けて、おばあちゃんを見たその時。

『息してない??!!!』

まさか?!そんな?!私の祈りは効かなかったのか?!

やはり神から逃げ続けていた私の願いは届かなかったのか?!祈りで人を殺めてしまった?!

焦る私は急いでおばあちゃんの枕元へ駆けつけた。

耳をグッと口元に近づける。

頼む!

『スゥ………ハァ………』

微かに、微かに息吹が聴こえた…。

おばあちゃんは眠っていた。

『はぁぁぁぁぁ、生きている!』

安堵と共に、冷や汗がドッと、背中やわきの下に流れ落ちる。

・・・・・・?

はて?変だぞ?

吐血したんだよな?

さっきまで死ぬほど苦しんでいたよな??

なんで急に眠れるんだ????


祈りに力はあるのか?

祈りなんてまやかし。

祈りが効いた?ただの心の持ちようだろ?

祈りで人が救われたら、医者も薬も用なしだ。

過去の考えはその瞬間、吹っ飛んでいた。

『ぇ?祈りって効くの?』

私の頭の中にその言葉が何度も何度も繰り返されていた。


目覚め

「もしフライトの途中で容体が急変したら、ハワイでもどこでもすぐに降りてください。降りる空港では救急隊員を要請してください。」

そう、機長と相談し了解を得た。

ただ待つだけでは居心地も悪く心配だったのもあって、30分置きにおばあちゃんの脈と呼吸だけは確認し続けた。


4~5時間くらいたっただろうか?

再び脈を計りにおばあちゃんの手首を持つと…『ビクッ』っとされて、おばあちゃんが目覚めた

「具合はどうですか?痛みはありますか?まだ安静に寝ていてくださいね」

おばあちゃんいわく、いくらかマシになっているとのことだった。


82歳の【ウィンク攻撃】

ここからはお笑い話だ。

【祈り】を終え当初の目的は果たした。

おばあちゃんも目覚め、私にできることはもう本当にないだろう。

お役御免とばかりに立ち去ろうとした。

しかし美人アテンダントさんたちの強い要望で、寝転んでいるおばあちゃんのすぐ近く、つまりビジネスクラスで座り続けることになった。

しばらくすると、

おばあちゃんがチラチラこちらを見つめてきた。

残念ながら私の趣味は、どちらかと言えば若い女性で熟女ではない。ご高齢の夫人に見つめられても喜ぶタイプではなかった。

それでも目くばせをし続けるおばあちゃん。

だんだん居心地が悪くなってきた

席を立ち、熱い眼差しの出所へ。

「おばあちゃんどうされましたか?どこか痛みますか?」

すると…

「いや実は…だいぶ楽になったので、座ってもいいですか?

驚いた。

「いやいやいやいやいや、おばあちゃん、あなたさっき吐血されたんですよ?分かってますか??」

「そうなんですけど、たぶん大丈夫です。座りたいです。」

おばあちゃんのあまりにも平坦な物言いに気圧され、元居た席へ座り直してもらうことに。

今更ながら気づいたが、おばあちゃんは50代後半くらいの息子さんとご一緒だった。

息子さんも心配しつつおばあちゃんの横に座り、中国語でいろいろ質問をしていた。


【驚愕】吐血しましたよね?!

ジャンボ機に乗ったことのある人なら座席数を想像してみてほしい。

3・4・3の配置になっている。

おばあちゃんと息子さんは左の3列シートで、間の4列シートを挟んで私は、右の3列シートに離れて座っていた。

しかし、

遠方からまたしても視線が…

『チラっ。チラっ。』

『あぁ、また見られてる。居心地悪いな…なんだろ…?』

座っているおばあちゃんの元へ行く。

「どうされましたか?やはり痛みますか?もう一度寝られますか?」

「いやぁ…実は………。お腹が空きました。何か食べてもいいですか?

「いやいやいやいやいや、おばあちゃん、だ・か・ら吐血されたんですよ?分かってますか??食べれるんですか?痛くないんですか??」

「はいぃ…それでもお腹が空いてしまってぇ。食べたいんです。」

あっけに取られた。

開いた口が塞がらなかったが、息子さんとアテンダントさんと相談して、牛乳とパンを召し上がっていただいた

おばあちゃんは何時間ぶりかの食事に、嬉しそうにモグモグ食べておられた。


【無事着陸】感謝の手紙

その後、残り6~7時間のフライトは大きな出来事なく過ぎ、ついに飛行機は関西空港に降り立った。

吐血されたおばあちゃんは空港で待機していた救急隊員に引き継がれ、『今度こそお役御免』と私は機内を去った。


数日後、一通の封筒が届いた

エアメールだ。

中には手紙と、カラスミが入っていた。

あの息子さんからだった。

台湾おばあちゃん手紙

『急性の胃潰瘍だったのか…』

無事退院されたことに心から感謝した。

まてよ?

感謝…いったい何に?


祈りの力を目の当たりにし、

私はもう【目に見えない何か】を信じ始めていた。


余談「すぐと受け取り、すぐと返すが一つの理」

『天の理』、天然自然の理(ことわり)や法則がある。

それを伝えているのが今、私が信仰する『天理教』だ。

その教えの中に

「すぐと受け取り、すぐと返すが一つの理」

自身が生きる上で行った行動は後々、形を変えてブーメランのように返ってくる。

善いことをすれば善いことが、悪いことをすれば悪いことが、それが神が設定したこの世のルールの一つだ、と教えられている。

信じる信じないは個人の自由だが、私の場合、確かにすぐ返していただいた。


少し時間を戻してみよう。

関空着陸2時間前。

『食べることは生きる事だ』

とでも言わんばかりにパン食を美味しそうに食べるおばあちゃん。

生死を預かる緊張が解け始めたからか、横目に見ていた私までお腹が空いてきてしまった。

ちょうどその時、着陸前の機内食が運ばれてきた。

エコノミークラスで乗車している私の目の前に、なんとビジネスクラスの食事が?!

『と、陶器の器?!ステーキ分厚っ!肉柔らか?!うまい!!!』

情けは人のためならず。

善きことすれば善きことが。

天然自然のルールのお陰で、

すぐと受け取り、すぐと返していただけました。

お後がよろしいようでm(_ _)m


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