見出し画像

小学校での共創デザインプロジェクトの5年間をふりかえる 〜子どもたちを解放したグラレコの可能性と地域活性化への光〜

グラグリッドの共創デザインプロジェクトの一環として、小学校の教師・児童向けに取り組んでいる各種プログラムがあります。この取り組みは2018年度に落合第六小学校(新宿区)での導入から始まりました。2023年度は柏木小学校(新宿区)でも新しいプログラムがスタートする予定です。今回の記事では、校長の立場から導入に取り組んだ竹村さんとプログラムの企画から実践までをリードしたグラグリッドの三澤さんに登場いただき、一連の振り返りとして、共創デザインプロジェクトがスタートした経緯、見えてきたこと、これからについてなど、幅広く話を伺いました。

■プロフィール

竹村 郷さん
2015年より新宿区落合第六小学校の校長に着任。2020年から新宿区柏木小学校の校長を務める。子どもたち自身で問題や課題(夢)を設定し、周りの人と協調しながら、社会や身近な生活をより良くしていく力を育む教育をめざす。学校側からグラグリッドとの共創デザインプロジェクトの取り組みをリードした。

三澤 直加さん
グラグリッド代表取締役・ビジョンデザイナー。落合第六小での共創デザインプロジェクトでは、グラグリッドを起点としながら、興味と熱意を持った外部の人たちを巻き込んで各種プログラムを実践。竹村さんや教師とともに共創デザインプロジェクトを形作っていった。

そもそもは「教師にグラフィックレコーディングを学んでほしい」というのがきっかけだった。

まず最初にグラグリッドに依頼をしたきっかけから話を伺っていきたいです。竹村さんがグラグリッドに依頼をしたのには、どのような経緯があったのでしょうか。

竹村さん
元々は「授業で板書を楽しくする技術が必要なのではないか」と考えたのがきっかけでした。板書の方法を変えるために、教師にグラフィックレコーディングを教えてもらおうと考えていたんです。というのも授業では、順番に子どもを指して発言させていくことがありますが、その際、一人ひとりの子どもの発言を書き残していくやり方はあまり見られません。正答が出てようやく板書がされる。正答が出るまでの子どもたちの発言は残らないんですね。

この状況が繰り返されると、「何を言っても結局は正しい答えしか板書されない」、「板書されるような答えを発言すればいいんだろう」と思う子どもが出てきます。そういった状況を変えたかったんです。そこで目を付けたのがグラフィックレコーディングでした。板書にグラフィックレコーディングを導入することで、教師が一人ひとりの子どもの発言を受け止めながら可視化できる。そうなれば児童も授業に引き込まれるんじゃないかと考えました。

三澤さん
竹村先生から連絡をいただいたのは2017年でした。当時、私たちは研修にグラフィックレコーディングを活用する形で、企業への導入に取り組んでいました。明らかにグラフィックレコーディングへのニーズが増えている状況で、ビジネスの現場に浸透している実感を持っていました。そんな中での竹村先生からの依頼だったんです。

竹村先生からは教師向けということでしたけれど、企業とは環境が異なる小学校で取り組むのであれば、子どもたちとも何かできれば面白いんじゃないかと。子どもたちも参加できるプログラムができれば、グラグリッドにとっても新しいチャレンジになります。何より私たちのモチベーションが爆発的に上がったというのもありました(笑)。

ペンを持って思い思いに描く「1人1本の自由」。子どもたちが解放された!

落合第六小とグラグリッドの共創デザインプロジェクトは2018年にスタート。以降に実施されたプログラムを時系列で簡潔にまとめると以下になります。

・2018年:参加型体験授業/おえかきシンキング
・2019年:グラフィックレコーディング部発足/夏期集中研修(教師向け)
・2020年:ノート学/ノート学グランプリ
・2021年:ノート学(クラス別)
・2022年:ノート学フェス

それぞれの取り組みについて詳しく知りたい方は、「グラレコ×教育!新宿区落合第六小学校×グラグリッドの挑戦」として、グラグリッドのnoteで個別に記事になっているので、それを参照いただければと思うのですが、竹村さん、三澤さんにとって、これらのプログラムを通じてどんな発見があったのか聞いてみたいです。

三澤さん
取り組みの後には必ずレポートを作成するようにしているのですが、その中で表現した「1人1本の自由」という言葉が印象に残っています。一番初めに開催した「参加型体験授業」では、体育館にロール紙を敷き詰めて、子どもたち一人ひとりが思い思いに絵を描いていくプログラムを実施しました。選ばれた誰かがペンを持って代表として何かを描くのではなく、皆がペンを持つことで、子どもたちが夢中になってロール紙に描いていく熱量のある状況が生まれました。それが本質的にはどういうことなんだろうと考えていく中で、「1人1本の自由」ではないかと気付いたんです。

竹村さん
「1人1本の自由」という言葉とともに、それは「解放」なのではないか、といった議論も生まれました。

・(こうあるべきという)かたちからの解放
・(こうあるべきという)方法の解放
・(こうあるべきという)関係からの解放
・(こうあるべきという)人間からの解放

といった、さまざまな物事からの解放をもたらしたのではないかと。

とあるイベントで落合第六小の先生が、「あなたの通っている学校のいいところを教えてください」と聞かれたそうなんです。その先生は「一人の子どもの考えで学校が変わる。そんな学校です」と答えたんだそうです。「一人のアイデアで学校が変わる。それを私たちはやりたかったんだな」と、その子どもの発言から気付きを得ました。まさに「1人1本の自由」なんですよね。息づいているんです。

「一人ひとりの異なる考え方や解釈が表出化されて、創造性につながっていく」というグラフィックレコーディングの力を実証できた。

小学校を共創デザインの場とするのは、それなりに実験的な試みだと思うのですが、三澤さんやプロジェクトに関わったメンバーが、落合第六小での共創デザインプロジェクトで得られたものは何かありますか?

三澤さん
グラフィックレコーディングの価値を社会的に検証して価値を見出だせたのは、落合第六小の場があったからこそだと思います。「一人ひとりの異なる考え方や解釈が表出化されて、創造性につながっていく」のがグラフィックレコーディングの力だと以前から考えていたんですけど、それが落合第六小の多様なプログラムで実証されました。また落合第六小で試行錯誤して生み出したメソッドは、グラグリッドが企業や大学で提供するプログラムにも導入されています。落合第六小で育まれたいくつものノウハウが、社会を変えていく仕組みにもなり得る実感もあります。小学生のための「おえかきシンキング」授業から見た創造的人材育成への影響要因として、論文にもまとめました。

落合第六小での取り組みを振り返ると、「どうあるべきか問いかけること」がとても大切だと気付かされた5年間でした。物事に根本から向き合うチャンスを得て、本質は何なのか探究していく姿勢を手に入れられました。クリエイティブに対する認識がバージョンアップされたと言えばいいのかな。プロジェクトに関わったメンバーたちは、創造的な場と真剣に対面することで、自分の力が試される経験ができたのが良かったのではないでしょうか。

一方で学校側から関わった立場として、グラグリッドとの共創デザインプロジェクトで得られたものはありますか?

竹村さん
教育とは異なる分野の方たちとの共創を実践していくこと自体がとても学びになっています。例えば「ノート学」という言葉だけを見ると、「効率的なノートの取り方」みたいな捉え方をするかもしれませんが、そうではないんです。私も最初は整理されたノートの取り方や作り方を学ぶようなイメージだったんです。絵を入れてノートを見やすくまとめるといったような。でもそういったハウツーにとどまるものではなかったんですよね。そんな豊かな創造性を目の当たりにして吸収できるいい機会になりました。

自分の考え方や疑問について書く「自分スペース」のある理科のノート
絵や図を用いたことで、気持ちが表現できるようになった道徳のノート

三澤さん
ノート学は、一人ひとりがそれぞれに自分なりのノートを取れるようになるプログラムなんです。線の引き方といった細かいところから「自分はこういう取り方が得意だ」っていうのを発見していくんですね。最初、子どもたちは「これでいいですか?」って聞きに来るんですよ。習おうと思っているから。「そんなの分からないよ」って答えると「えぇ~」って困り始めるんです(笑)。そこで「どうしてこう書いたの?」と解きほぐすように聞いていくと、何に着目してそんなふうに書いたのか自分自身で分かってくる。自分なりのノートの取り方のスタイルの発見につながっていくんです。自発的にノートに書いていくことで、子どもたち自身でどんどん自分なりのスタイルを解き明かしていく。それがノート学によって呼び覚まされた効果のひとつとしてあるなと思います。

机とほぼ同じ大きさの「机ノート」をつくっている様子

「まなびのマルシェ」——あらたな共創デザインプロジェクトの取り組み。

竹村さんは2020年に柏木小の校長に赴任となりました。落合第六小での経験を活かしつつ、柏木小でも共創デザインプロジェクトをグラグリッドと実践していくと伺っています。

竹村さん
「まなびのマルシェ」というプログラムを考えています。私は学校の屋上で野菜を育てていて、そこから発想を得ました。子どもが興味のあるお店を自由に訪れて、そのお店から学び得るようなイメージですね。「学ぶ=決められたことを決められたとおりにこなしていくための知識や技術を身に付ける」と思っている子どもたちを変えていきたいんです。

私が教育を通じて心がけているテーマには、実社会とのつながりがあります。高度成長期ならいざしらず、現在の社会は不安定かつ複雑で先の読みづらい状況です。であるならば、子どもたち自身がゲームチェンジャーになるくらいの力を育む教育を提供していきたいとかねてから考えています。そんな教育を実現するひとつに「まなびのマルシェ」を位置づけています。実社会でユニークな生き方を実践する人たちに触れて、「自由に生きていいんだ」というのを伝えられればと思うんです。

三澤さん
子どもたちを変えるために実社会との接点を作るのが、「まなびのマルシェ」でのグラグリッドのミッションのひとつだと思っています。プログラムとしては、人生をめちゃくちゃ楽しんで生きている「冒険家」を集めてきて、学校で自由奔放に振る舞ってもらうような内容を考えているんです。例えば冒険家たちが悩んだり、葛藤したりして作り上げてきた人生を語ってもらうとか。いろいろな人たちに来校してもらって、子どもたちにさまざまな体験を提供できるプログラムを計画中です。

竹村さん
学校は地域と密接につながっている生き物のようなものだと思うんです。いまは日本全国どこでもそうですが、地域そのものに元気がありません。だったら学校側から何らかの働きかけをして、地域の活性化につなげていきたい想いもあります。小学校が地域のハブになっていくような形が理想ですね。「まなびのマルシェ」も地域活性化の一環なんです。

落合第六小ではさまざまな取り組みを通じて、親御さんから「学校に来るのが楽しい」と言われたことがあるんです。親御さんが小学校の活動に興味を持ってくれるのも、地域活性化のきっかけになるでしょう。落合第六小での取り組みも、柏木小での取り組みも、どちらも地域をもり立てるためなんです。

三澤さん
いまの竹村先生の話は、まさに地域における共創デザインの考え方なんですよね。地域産業が元気なときは、明確なアウトプットのためにデザインが求められます。でもコミュニティが解体されて地域に元気がなくなっている現在、有志が集まって地域をもり立てようとしている状況においては、何かをなし得るための旗印としてデザインが求められている。落合第六小や柏木小での共創デザインには、そんな役割もあるんだと思います。

グラグリッドが拠点とする笑門スタヂオのある大田区では、ものづくりが盛んです。私たちがものづくりの仕組みをデザインすることで、地域を盛り上げていく取り組みにも着手しています。そういった地域と結びついた共創デザインのひとつのケースとして、落合第六小や柏木小の活動も捉えられます。2023年は柏木小でのまなびのマルシェを通じて、新しい共創デザインの取り組みができると思いますので楽しみです。

構成・文 佐伯幸治

関連リンク

論文(2023年 日本デザイン学会 第70回春季研究発表大会にて発表)

noteマガジン/記事


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?