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AI上司?

わたしは最近、業務委託社員という立場で、出版社と仕事をしている。

いわゆる、正社員として編集の仕事をしていたのは、職業人生30年のうち14年ほどで、あとはフリーランスだったり、夫とつくったミニマルな会社で仕事を受けたりする働き方である。

1年とちょっと前、義母の介護という問題が発生し、夫が主に担い手になった。義母は末期がんであり、息子を溺愛し依存していたから、ふつうは妻が介護の役を担うことが多いものだが、夫が最後の親孝行を努めた(義母が昨年秋に逝くまで)。

それにより、夫を通じて入る仕事は激減した。しかも、夫が60歳を超えたあたりから、人脈というものが、ものすごく偉くなる人以外は現場は最前線からいなくなるという現象が発生し、徐々に枯渇してきた。出版社からの、定期的な発注もなくなった。なので、わたしはやむなく派遣社員をしてしのぐことになった。

その職場で、私は「きょうの猫村さん」のように、かいがいしく、ベテラン家政婦のように、こまめにはたらき、編集業務をしていた。そして、猫村さんのように、みんなの愚痴を聴いたり、小さな励ましや雑談をしたり、ときに専門的なことに知恵を貸したり、また猫が魚をくわえて来るように仕事を取ってきた。これは多分にラッキーな出来事だったのだが、つまり、派遣社員の枠を飛び越えることをしていた。

会社、職場というのは、だれかの振る舞い方によって、だんだんと空気が変わる。それは、リーダーがやることがもっとも効果的なのだが、最下層の派遣社員でもそれはできる(もちろん限界はある)。身の回りの組織開発を、わたしは意図して実験していた。またわたしは、その部門の主(部長)の隣の席にいた。だから、主のようすに気を配りながら、いろんなことを直接、間接に進言していって、難儀な顧客を担当しながら問題解決の役目も積極的に背負っていったのだ。

昨年秋、いよいよ義母が最期の時を迎えそうになり、また、わたしと義母の不在により子供の情緒が不安定になっていた。「会社を辞めて家にいてくれ。こんなに長時間拘束されて、仕事と家庭どちらが大事なんだ」と主人は怒っていた。

もうここまでだ。

「次の契約期間で、終わりにさせてください」と、苦しい気持ちで言った。職場の人たちとは情が発生している。辞めたくないなあ。でも、派遣社員でしのいだところで、先はない。

ところが、主は私を引き止めた。専門知識を持ち、かつ、難しい進行管理をできる人はそんなにいないのだと。自分がそんな力量を、30年の経験のうちに、自覚しないまま、たくわえていたのだった。それがずいぶんと役に立っていたことを、あらためてその主はわたしに伝えてくれた。主との間には、けっこう、真剣勝負で言い合うようなできごともあったのだが、立場を変えて、協力してほしいということになった。

それで、わたしは、週に2回くらい、大事な時にだけ出社する業務委託社員となった。まもなく、世の中はコロナ渦と緊急事態宣言に飲み込まれ、それにともなう蟄居の日々という事態になってゆく。

日々の取材や打合せはオンラインミーティングを活用している。しかしわたしは正社員ではないので、社内会議も呼ばれずこの主とは最近メールでしかやりとりをしない。問い合わせに対し、きっかり決まった時間に返事が来る。真夜中1:30前後。

あんなにわーわーやり取りしたのに、最近は彼らにも会わず、ひたすら担当するタスクに専念する日々。それはそれでなんら差し支えもない。タスクさえするのであれば、だ。

なんだか昔の恋愛を、「あの熱情はなんだったのだろう」と遠くに思う気持に似ている。

昨夜(正確には今日)1:34の主のメールを見て、こんな妄念にとらわれた。

わたしの上司は、いつの間にかAIになってしまったのではないか……?

そうなるであろう未来が、加速化して目の前に迫っている感覚の5月。距離の意味が、だんだんと変わってゆく。


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