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最後にもう一度 ウクライナ問題に寄せて(フィリップ・パウエル[西澤龍生訳]『憎悪の樹』を思い出した)

もう一筆だけ書かせてください。どんな筆禍があるかわからないので、「超えてはならない一線を越えてしまった」プーチンの行動を是認するつもりは一切ないことだけ場前置きとして書いておきますが⋯

こんなことをしつこく書いてきたのも、ウクライナの一件が始まってから、日ごろ理知的で高い見識に感服している多くの人たちが、「とにかくロシアは悪だから悪なのだから、何が何でもたたかなければならない」というに等しい不合理なことを、ごく普通に言っているのに違和感を感じてならなかったのです。とにかくそういう決めつけが、あたかも当然の公理であるかのように、まかり通っていることが気持ち悪くて仕方がなかった。そういうと「いや、私たちは経験でそれを知っています。ロシアは信用ならない国なんです」と、これまたあまり合理的ではない返答が返ってくる(まあ、今回のプーチンの行動は、それを実証してしまったのかもしれませんが)。

どうやら西欧の伝統に「ルソフォビア」(ロシア恐怖症)というものが、確固としてあるということをこの間の勉強の中で知った。多くの欧米、特に英米圏で教育を受けた、知的エリートの人たちは知らないうちに、このルソフォビアを刷り込まれてしまっているのではないか。幸か不幸か、英米圏で教育を受ける機会が全くなかった私には、どうしてもそうした機微が自分のものにならない。

まさに『ルソフォビア』という本を書いた、スイスの評論家が言うように、「ロシア人を弁護するためではなく、彼らも我々と同じだということを、より悪くも、より良くもないということを知り、ロシア人の行動を状況に合わせて理解」することが必要だということを言いたかっただけなのに、いろいろな方面から自由と民主主義に敵対するのかといった、批評を被ってしまった。

(今回の一件は横において)そうした伝統的ロシアかなり不当なものであることは、対ソ封じ込め政策の提唱者であったケナンすら、この20,年の西側の対ロ政策を検討して、西欧は、プーチンの政策が安保だという明白で合理的な考慮で明確に説明されうるということを否定する」と述べ「西欧は自分たちの行き過ぎた攻撃性に対抗しようとしているということでロシアを罰するだろう」と批判したそうだということからも伺われる。

この時ふと思い出したのが、私の旧師西澤龍生先生が、私が毎回訳書を出している論創社から。以前翻訳・刊行したこの本の事であった。帯紙には「情報と謀略の森に繁る「憎悪の樹」、スペイン「黒の伝説」を免罪符として、近代世界を席捲したアングロ・アメリカの過去と現在を暴く刺激的討論。逆光の近代世界史」。この本そのものが良くも悪くもかなり偏向的な本であることも認めるが、英米がスペイン帝国というものの「悪の帝国」というイメージを形成し、その陰で世界制覇をなし遂げて行ったのかが、これでもかと綴られている。

スペインをロシアに置き換えても、まんま通ってしまうところが恐ろしい。何が正しいということを論じたくはない。「西側の団結」といった言葉が外交問題の論評に踊り、「いろいろ問題あるけど、やっぱりアメリカさんだね」と、日ごろアメリカの悪辣さに文句を垂れていたような人も、すっかり靡いてしまっている。むしろ本当は何が正しいかなんて、『藪の中』なのだと、近日つくづく思う。

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