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内なる鑑(イタリア映画祭2022)

これは見た時、久しぶりに上質なものを浴びたという感覚で劇場を後にした。

もう終わってしまったけれども、今回のイタリア映画祭でおすすめの映画をいくつか記録として記事に残しておく。

作品概要

内なる檻

[2021/117分]原題:Ariaferma
監督:レオナルド・ディ・コスタンツォ Leonardo Di Costanzo
出演:トニ・セルヴィッロ、シルヴィオ・オルランド

レオナルド・ディ・コスタンツォというドキュメンタリー映画監督が撮った架空の刑務所を舞台にした映画。イタリアを代表する名優トニ・セルヴィッロと、ナンニ・モレッティ作品の常連俳優として有名なシルヴィオ・オルランドのダブル主演にて、2人の冷たく静かなる心理戦が繰り出される。

レオナルド・ディ・コスタンツォはダヴィド・ディ・ドナテッロ賞脚本賞を受賞、シルヴィオ・オルランドは本作で主演男優賞を受賞した。



<あらすじ>

ある閉鎖が決まった刑務所。すべての受刑者が新設の刑務所に移送されるはずが、準備が整っていないとのことで受刑者12人のみ残されることとなった。「数日間だけ」と所長は監視のために刑務官15人のみを後に残した。
管理上、さまざまな制限が設けられ、円形型刑務所での管理、移動導線の制限、食事はケータリング、家族との面会を禁止・・・・このように活動を制限され不満を強める受刑者たちと刑務官たちの間に緊張が高まる。

<解説・レビュー>

ドキュメンタリー監督だからこその創作


私は今回劇場でのティーチインで監督より話を聞いて、このレオナルド・ディ・コスタンツォという人に酷く惹かれた。

彼はまずイスキア島出身とのこと。イスキア島出身というのはイタリア人の中でもなかなか稀だろう。ナポリ湾に浮かぶ島である。そのためナポリ出身の俳優とのつながりは多いようで、今回のトニ・セルヴィッロもシルヴィオ・オルランドもナポリの人で、作中もナポリ弁で話している。

この映画は良い意味で危うさがある。

監督曰く、これはドキュメンタリー的に撮られているそう。刑務所で、こういうキャラクターがいて、設定などを緻密に考えていくと、そうすると彼はこうするだろう、彼はああするだろう、と生きていく。生きている彼らが自然と物語を紡ぎ出していく。これはよく小説家からも聞くような話だ、人物像が浮かび上がり、実際に生きる。共同脚本のブルーノ・オリヴィエッロとヴァリア・サンテッラ2人とともにそのように創り上げたようだ。

ふと宗教画を思わせるシーンがある。

終盤で受刑者12人が刑務官1人と暗闇の中、ランタンをつけて夕食をとる。とても長細いテーブルで。私はすぐにこれが『最後の晩餐』を意識したシーンだと思った。そう考えると、他の迫害をうける老人のシーンや、新入りの囚人が聖セバスチャンのように見えたりイサクに見えてきたりなどしてきた。

映像内での人の表情への光のあたり具合などは、蝋燭を多用していることもあり、カラバッジョやジョルジュ・ド・ラトゥールのキアロスクーロのよう。

しかし監督も私たち観客と同じ体験をした。つまり撮ってからそう、宗教画に近い映像であることに気づいた。12人という受刑者の数も狙ってのことではなかった。しかしそれは単なる偶然ではなく、なんとなく運命に引き寄せられた必然性のようにみえるのがこの映画の凄まじいところ。

そんなわけで確固たる枠組みがない中で、今にも登場人物は別の行動をしてしまいそうな、そんな危うさが感じられる。とくにそれは最後のシーンだと私は思う。

初めて主人公の2人の出生がわかるシーンで、ここからいきなり彼らは本と関係なしに自分勝手に動きだすような、下界降りてきたような印象を受ける。
しかし一方でこれ以上の話はない、そんな気もする。


舞台は架空の刑務所


監督いわく、この映画の中の空間は普遍的なものであるべきで、従ってここは何処でもない何処かにしたかったらしい。

この映画に着想を得たのは、あるアーティストの展示会であったそう。その会場はなんと刑務所。これを見たレオナルド・ディ・コスタンツォは、いつか刑務所を舞台とした映画を作りたかったのだと言う。それからというもの彼はヨーロッパ中の数々の刑務所へ取材に行く。

その中で彼はこのサン・セバスティアーノというサルデーニャ島のサッサリにある刑務所を舞台として選んだ。もはや現役ではない刑務所で、19世紀後半に作られた円形状の刑務所である。

その形ゆえに、中心から一望を管理でき、パノプティコンと言われる。イギリスの功利主義哲学者のベンサムより考案された少人数で効率的な監視を可能にする設計で、ヨーロッパにはその時代各所にあったそうだ。

写真からもわかるように、建築としてなんとも美しい。機能美。

La nuova Sardegnaより

映画を見た方で、サルデーニャに行かれたことのある人は違和感を覚えたかもしれない。「サッサリ?」

サッサリは何故ならサルデーニャの第2の都市で観光地であり、都会だから。このビデオをみても、周りは建物に囲まれている街中であることがわかる。

一方で本作に登場する刑務所は、深い緑に覆われた、人気の無いまるで山奥なのである。(そもそもストーリーはほとんど刑務所の中で展開され、日の光に当たった建物の全貌はクライマックスに初めて映るが)

実はこれは架空の場所を作り出すために、合成したもの。そのシーンは合成ながら不覚にも美しい。このシーンはその作品の流れの中で、是非とも映像にて見て欲しい。

この空間はなんだったのか

この刑務所内で、大問題となったのは、食事問題。今まで調理場で料理され提供されていた食事が突然管理の関係で、ケータリングになってしまった。

これがマズくて、囚人たちが一斉に怒り出し「こんなの食べるの犬以下だ!」とハンガーストライキをする。こういうところがやはりイタリア人だなとも思う。しかし確かに、こんなに人間的生活を奪われているものたちにとって、食の楽しみを奪われることは死活問題である。

ここにでてくる囚人たちは、おそらくキャラクター設定が綿密にされているにもかかわらず、あまり表立って出てこない。何の罪で捕まっているのかなどその重罪具合もあまりわからずに物語が淡々と進んでいく。

のちのち囚人たちをまとめるボスのような存在となるラジョイアは「親父も上手くて、あいつの作る料理は絶品なんだ」と他の死刑囚に言われる。彼はケータリングをやめて、自分がその代わり囚人も刑務官分も全て食事を作るから調理場に立たせてくれと交渉する。

(ところでこんなに冷たい刑務所の話で、こんなに食べ物が美味しそうな映画も珍しい。ラジョイアの作るポルペッタやジェノベーゼはものすごく美味しそう。口笛を吹きながら玉ねぎを切ると涙が出ないという方法もここで知った)

ラジョイアは知能犯であるのもあるが、刑務官ガエターノと理性を持って交渉もできて、かつ料理上手であることで、この空間の一種のボスになれた。しかし物静かで影の黒幕っぽい。まるでマフィアだ。小さき民の味方になり、かれらの生活水準を向上する手助けをすることで、権力者となる。

ここでこの外部者が一切入らない刑務所の空気感が変わる。

しかし私たち観客は刑務官が正義であり、囚人は悪であることをずっと念頭に置きながらストーリーを追う。ラジョイアはこれは何か企んでいるに違いない、何か脱獄のための手がかりを掴もうと、策を練っているに違いない。

ただ最後に私たちは良い意味で裏切られる。囚人たちは何も事を起こさない。

そうなると、この刑務官たちは何だったのだろう。ただ規則だからと囚人の権力を奪い、押し付けていただけであった、彼らのあり方は果たして正しかったのか。

この囚人たちを束ねるボスにシルヴィオ・オルランドを配役したのはいかにも妙だ。彼にはやっぱり完全なる悪役はできないけれども、油断はできない不思議な雰囲気がある。逆にトニ・セルヴィッロだったら、ただのキレものになってしまう。(しかしそれもかれは器用に演じきるかもしれない)

絶対なる管理社会の中で、少しの油断を見せた上層の人間と、その空気を変えようとした下層の人間が、最後人として歩み寄るようなシーンはいかにも感動的で、またそれがカタルシスにならないところも巧妙だと私は思う。

<おわりに>


この映画を劇場で浴びることができたのは大変幸福で、この映像と、私たち観客を前方位から覆う創作音楽を全身で浴びて、私は脳天直撃といった感があった。

ちなみにこの音楽は、監督が刑務所に行った時に耳にした鍵の音や囚人の手拍子、たたくアルミの皿の音などがミックスされている。こういう音が無意識的に頭に入ってくると、こんな感情を呼び起こすのか、という体験として眼から鱗であった。

これは是非劇場で見れるようになること、配給会社さんにお願いしたい。

◉告知


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