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18)適度な運動は寿命を延ばし、過度の運動は寿命を短縮する

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術18

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。

【身体活動不足は死亡に対する主要な危険因子】

 世界の全死亡数の約9%は身体活動不足が原因で、その影響の大きさは肥満や喫煙に匹敵すると言われています。運動不足は心臓の冠動脈疾患や2型糖尿病や乳がんや大腸がんのリスクを高めるからです。

運動を含めて身体活動を増やすことが病気の予防と寿命延長に有効であることは、多くの研究で明らかになっています。薬を使わないで免疫力を高める最も有効な方法は運動です。適度な有酸素運動(ウォーキング、サイクリング、水泳、ジョギング)には抗炎症作用があり、炎症性サイトカイン(TNF-α、MCP-1、IL-6など)を減少させ、抗炎症性のサイトカインのIL-10を増加させます。

さらに、運動はアディポネクチンを増やし、インスリン感受性を高めます。アディポネクチンは脂肪細胞から分泌される善玉ホルモンのような蛋白質で、肝臓や筋肉細胞のアディポネクチン受容体に作用してAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、インスリン抵抗性を改善し、動脈硬化や糖尿病を防ぐ作用があります。



【適度な運動は体の治癒力を高める】

 身体活動というのは、骨格筋を使う全ての動き、あるいは、安静にしている状態よりも多くのエネルギーを消費する全ての動作を指します。身体活動は大きく4つに分類されます。仕事に伴う活動、家庭内での活動、通勤や通学など移動のための活動、スポーツや楽しみのために行われる活動に分けられます。

また、運動量の程度によって、軽度、中等度、強度などと分けられます。例えば、家事は軽度な身体活動で、速歩は中等度の身体活動で、ランニングは強度な身体活動に分類されます。

適度な運動は心身両面から体の治癒力を高めて病気を予防します。適度な運動は様々な方法で治癒系の働きを活発化します。血液の循環を良くし、体の代謝を盛んにし、気分を爽快にして、ストレスを緩和し、リラクセーションと快適な睡眠により体の治癒力を向上します。適度な運動によって、ナチュラルキラー細胞活性の上昇など免疫機能が高められることも報告されています。

動物が繰り返しストレスを受け、そのストレスを吐き出す身体的なはけ口が与えられないと、体の状態がどんどん悪化します。しかし、動物がストレスを受けても、体の運動ができる場合には、ダメージを受ける量は最小限ですむという研究があります。規則的に体を動かすことは、ストレスの結果おこる生理的産物をうまく吐き出させるための手段として一番適当な方法と言えます。

運動によって、インスリン様成長因子-1(IGF-1)の血中濃度が低下するという報告もあります。IGF-1は老化を促進しがん細胞の増殖を促進する作用があるので、IGF-1の血中濃度の低下は老化とがんを抑制する効果と関連します。

運動には、身体的な利点と同時に、大きな心理的変化も起こすことがあります。 規則的に運動している人は、運動していない人に比べて、考え方が柔軟になりやすく、自己充足感が高く、抑うつ感情も軽減します。抑うつ感情は健康維持に悪い影響を与えるため、規則的な運動によって抑うつ状態から抜け出すことは、心身を健全な状態にもっていき、免疫力にも良い影響を与えます。

この様に運動は様々なメカニズムで体に良い影響を与え、生活習慣病を予防し、老化を抑制し、寿命を延ばす効果もあります。


【適度なストレスはストレス抵抗性を増強する】 

 体には、軽度なストレスを受けると、そのストレスを排除するために細胞内システムが活性化して、そのストレスに対する抵抗力を高めるようになるという仕組みがあります。生物に対して通常有害な作用を示すものが、微量であれば逆に刺激作用を示す有益な作用になるという現象で、こうした生理的刺激作用を「ホルミシス(Hormesis)」と言います。

除草剤(農薬)のパラコートは活性酸素を発生させます。線虫を様々な濃度のパラコートの入った培地で育てて、その寿命を検討した実験があります。パラコートの濃度が極めて低い(0.005mM以下)と寿命に影響は及ぼしませんが、濃度が0.01mMから0.5mMの場合は、寿命が最大で60%くらい延長します。1mM以上だと逆に寿命は短縮します。軽度の酸化ストレスは寿命を延ばし、高度の酸化ストレスはダメージを与えるので寿命は短縮するという結果です。

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図:細胞へのストレスの刺激強度が強いと細胞にダメージを与える。しかし、軽度なストレス刺激は細胞のストレ抵抗性やダメージに対する修復能を高め、その結果寿命を延ばす。


ミトホルミシス(Mitohormesis)というのは「ミトコンドリアをターゲットにしたホルミシス効果」という意味です。例えば、ミトコンドリアでの活性酸素の産生が高まると、細胞内の抗酸化力が高まるので、ストレスに対する抵抗力が高まって寿命が延びるという考えです。

適度な有酸素運動はミトコンドリアでの呼吸活性を上昇させ、活性酸素種の発生が増えます。体内で活性酸素が増えると活性酸素を消去するために、細胞は抗酸化酵素や解毒酵素の発現を高めます。その結果、細胞のストレス抵抗性は高められ、加齢関連疾患の発症を抑制し、寿命を延ばす作用を発揮するのです。


【どの程度の運動が必要か】

 米国がん協会(American Cancer Society)は、がん予防のための運動量として、成人の場合は、1週間に150分以上の中等度の運動、あるいは75分以上の強度(かなり活発)な運動を行うことを推奨しています。1日に集中して運動するのではなく、週を通して運動するのが良いと言っていますので、1回に30~60分間程度の中等度から強度(かなり活発)の運動を週に3回以上実施する感じです。

METs(メッツ)は「Metabolic equivalents」の略で、活動・運動を行った時に安静状態の何倍の代謝(カロリー消費)をしているかを表しています。身体活動におけるエネルギー消費量を座位安静時代謝量(酸素摂取量で約3.5 ml/kg/分に相当)で除したものです。

メッツ・時とは、運動強度の指数であるメッツに運動時間(hr)を乗じたものです。酸素1.0 リットルの消費を約5.0kcal のエネルギー消費と換算すると、1.0 メッツ・時は体重70kg の場合は70kcal、60kg の場合は60kcal となります。このように標準的な体格の場合、1.0 メッツ・時は体重とほぼ同じエネルギー消費量となるため、メッツ・時が身体活動量を定量化する場合によく用いられます。

国際的には、中等度(3~6 メッツ)の身体活動を週に150 分行うことが推奨されていますが、これは7.5~15 メッツ・時/週に相当します。体重60kgで1週間に450キロカロリーから900キロカロリーを消費する運動量になります。

普通の歩行で3METs、軽いジョギングやテニスで6METs、水泳や山登りで8METs程度です。
中等度の運動は5〜6METs、かなりきつい運動は8METs以上になります。

9 メッツ・時/週以上というのは、歩行(3METs)であれば週に3時間、軽いジョギングやテニス(6METs)であれば週に1.5時間程度の運動量になります。

日本人を対象とした研究では、日本人の身体活動量の平均は概ね15~20 メッツ・時/週ですが、この身体活動量では生活習慣病の発症予防や、生活機能低下のリスク低減の効果を統計学的に確認できなかったと言っています。一方、身体活動量が22.5 メッツ・時/週より多い者では、生活習慣病等及び生活機能低下のリスクが有意に低かったという報告を根拠にしています。

米国癌研究財団による「癌予防15ヵ条」では、「体を動かすことが少ないか、動かしても中程度の職種の人は、一日に1時間の速歩か 、それに匹敵する運動、さらに週に少なくとも合計1時間の活発な運動をする」ことが勧告されています。速歩(平地、95~100m/分程度)は4METsです。これを毎日すると28メッツ・時になります。そして活発な運動(メッツが8以上)を1時間とすると合計で36メッツ・時になります。米国癌研究財団による「癌予防15ヵ条」では、この程度の運動量が必要だと考えているようです。

体力は個人差があるので、運動が嫌いな人や体力が低下している場合や高齢の場合は9メッツ・時/週を目標にすれば良いと思います。運動が好きな人や若い人は、厚労省が推奨している「強度が3 メッツ以上の身体活動を23 メッツ・時/週行う」が一つの目標になります。
元気な人は筋力トレーニングも加えて、もう少し増やしても良いようです。


【過度な運動は逆効果】

 定期的な運動がヒトの病原微生物に対する免疫反応を高めることが示されています。興味深いのは、ポジティブな免疫調節効果は軽度から中程度の強度の運動でのみ達成できることです。対照的に、高強度または長時間の運動(マラソンやトライアスロンなど)は、体のストレス状態を高め、内因性コルチゾール(副腎皮質ホルモン)の増加により、免疫応答を低下させることが知られています。

運動は急激に大量の酸素を消費するため、多量の活性酸素が体内に発生し、体の酸化障害を促進することになります。肉体的および精神的なストレスを引き起こすような過度の運動は、ナチュラルキラー細胞活性などの免疫系の働きを低下させることが知られています。

マラソンのトレーニングとそれに類似した過酷な運動は免疫機能を低下させ,感染症リスクを増大させる可能性を指摘する報告は数多くあります。(図)。

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図。運動は不足しても過剰でも、感染症やがんの発症や寿命にマイナスになる。適度な運動は感染症に対する抵抗力を高め、がんを予防し、寿命を延長する。


【抗酸化剤はミトホルミシスを働かなくする】

 活性酸素を消去する抗酸化剤には良い面と悪い面の2面性があります。体内で発生する活性酸素を消去することは全て良さそうに思うのですが、活性酸素による適度な酸化ストレスがある方が老化を防ぎ、長生きできるのです。

抗酸化剤が健康に良くないというのは糖尿病でも指摘されています。以下の論文は有名な論文です。
Antioxidants prevent health-promoting effects of physical exercise in humans.(抗酸化剤はヒトにおける身体運動の健康増進作用を阻止する)Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 May 26;106(21):8665-70.

運動は様々な健康作用があり、インスリン抵抗性を改善して、糖尿病の予防に有効であることは証明されています。この論文では、運動後に抗酸化性のサプリメントを摂取すると、運動の健康作用がキャンセルされるという結果を報告しています。

運動で軽度の酸化ストレスが発生すると、ミトホルミシスのメカニズムで体の抗酸化力を高めるのですが、抗酸化剤を摂取するとそのミトホルミシスが作用しないので、運動の健康作用(インスリン抵抗性の改善など)がキャンセルされるということです。

ミトホルミシスというのは、ミトコンドリアでの活性酸素の発生が増えると、酸化ストレスを軽減するために、細胞は抗酸化酵素の発現や活性を高めて抗酸化力を高め、その結果、老化を抑制し、寿命を延ばすというメカニズムです。

この論文では、運動はミトホルミシスの機序でインスリン抵抗性が改善し、糖尿病が予防できるが、抗酸化剤を摂取すると、その効果が無くなると報告しています。この研究では、ビタミンC (1000 mg/日) と ビタミン E (400 IU/日)を投与しています。

運動するとPPARγ(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体)やPGC1α(PPARγコアクチベーター1α)の発現が亢進し、内因性の抗酸化酵素(SODやグルタチオンペルオキシダーゼなど)の発現などにより酸化ストレス抵抗性が亢進します。しかし、ビタミンCとビタミンEを摂取すると、この抗酸化酵素の発現誘導が阻止されるというメカニズムです。(下図)。

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図:適度な運動によってミトコンドリアでの活性酸素の産生が増えると、細胞はPPARγ(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体)やPGC1α(PPARγコアクチベーター1α)の発現が亢進し、スーパーオキシド・ディスムターゼ(SOD)やグルタチオンペルオキシダーゼなどの内因性の抗酸化酵素の発現亢進などにより酸化ストレス抵抗性が亢進する。運動後にビタミンCやEを摂取すると、このミトホルミシスの機序が起こらなくなり、運動の健康作用が消失する。


つまり、過剰な運動の後に抗酸化剤を摂取するのは活性酸素の害を軽減してプラスになるのですが、適度な運動の後の抗酸化剤の摂取はミトホルミシスによる健康作用を阻止するというメカニズムです。


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図:適度な運動はミトコンドリアでの呼吸活性を上昇させ、活性酸素種の発生を増やす。その結果、ホルミシス効果で細胞は抗酸化酵素や解毒酵素の発現を高め、ストレス抵抗性を高めて、加齢関連疾患の発症を抑制し、がんの発生を抑制し、寿命を延ばす。一方、過度の運動は活性酸素の産生が増え、細胞膜やDNAの酸化傷害を高め、加齢関連疾患の発症やがんの発生を促進し寿命を短縮する。抗酸化剤はこのどちらの過程も阻害する。したがって、過度の運動による酸化傷害を阻止するが、適度な運動による健康作用を妨げるという2面性がある。


【筋肉の電気刺激でがんを防ぎ寿命を延ばす因子が産生される】

 筋肉(骨格筋)は体を動かす単なる運動器官ではなく、骨格筋の収縮によって様々な因子が産生され、体の機能に影響を及ぼす内分泌器官の様な働きも担っています。例えば、運動ががん細胞の増殖を抑える因子や寿命を延ばす因子を産生することが明らかになっています。

運動が腫瘍の成長を抑える働きがあることは1950年代から報告されています。このような研究では、マウスやラットを使って、強制的に運動させた後の大腿部の筋肉組織や、電気的に刺激して収縮を繰り返した後の筋肉組織からの抽出物が解析されています。つまり、自発的な運動や電気刺激による筋肉収縮で、筋肉内に何らか物質が産生・放出されており、その筋肉由来の物質の中からがん細胞の増殖を抑える物質の分離が行われています。

このような研究で、がん細胞の増殖を抑える物質として、ある種のサイトカインが同定されています。サイトカインは、細胞から分泌される生理活性を有する低分子のタンパク質の総称で、細胞間相互作用に関与しています。最近では、筋繊維によって産生・放出され、近くの細胞や全身の細胞に対して内分泌様の作用を発揮するサイトカインやその他のペプチドはマイオカイン(myokine)と呼ばれています。つまり、筋収縮によるマイオカインの分泌や、運動トレーニングによる筋量の増加が、体全体の健康状態を高めることによって、骨格筋は内分泌器官として重要な役割を果たしているということです。

がん細胞の主要な同化(物質合成)の経路であるmTORC1経路に対する運動の抑制効果が指摘されています。がん細胞ではmTORC1活性が亢進しています。mTORC1活性は老化を促進します。運動はがんを予防し、寿命を延ばします。そこで、運動とがん細胞の増殖との関連をmTORC1経路の関与の観点から研究が行われています。

ネズミを使って運動させた後の筋肉、あるいは電気刺激で筋肉の収縮を行った後の筋肉から放出される因子の中にmTORC1の活性を抑制する効果が報告されています。マイオカインやその他の何らかの因子がmTORC1活性を抑制することによって、がんや老化を予防している可能性が報告されています。

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術 記事まとめ


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