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109)腸内細菌のアッカーマンシア・ムシニフィラがうつ病を治す

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術109

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。

【腸内細菌が心を変える】

腸内細菌を説明した記事や論文では「腸内には500から1000種類、約100兆個の細菌が生息し、その重量は1kgにも及ぶ」と記述されています。「腸内細菌の数は人体の細胞数の10倍」という記述もあります。

腸内細菌の細胞数に関する文献で報告されている値は桁違いに異なり、中には「1000兆個」とか「1.5kg」と記載した論文もあります。しかし最近の研究では、実際はもう少し少ないようです。以下のような論文があります。

Revised Estimates for the Number of Human and Bacteria Cells in the Body.(人体内の細胞数および細菌細胞数の推定値の改訂)PLoS Biol. 2016 Aug; 14(8): e1002533.

この論文では、70kgの標準的な人間で腸内細菌の総数は約38兆個、総重量は0.2kgと推定しています。人体の細胞数は赤血球を含めて約30兆個と計算しています。つまり、人体の細胞数と腸内細菌の総数はほぼ同じということです。
 
しかし、30兆個も100兆個もそれほど大きな差はありません。個体差を考えれば腸内細菌の数は数十兆個のレベルで、総重量は200グラム前後という認識で良いと思います。
 
さて、腸と脳(中枢神経系)の間には双方向の相互作用が存在することは古くから認識されています。これを「腸脳軸」と言います。
例えば、緊張や精神的ストレスが胃腸の運動や消化速度に影響を与え、下痢などの胃腸症状を引き起こすことは多くの人が経験します。
さらに、腸内微生物叢の組成の変化は、不安、うつ病、自閉症、パーキンソン病、アルツハイマー病など、さまざまな神経障害の病因と関連している可能性が指摘されています。

腸と脳の間の双方向の相互作用において腸内微生物叢が重要な関与をしていることが明らかになっています。腸内細菌叢の組成や量を変えるプロバイオティクスやプレバイオティクスを使用することによって、腸脳軸の調節を介して「心を変える」こともできると考えられています。



【腸内細菌叢がうつ病の発症に関与している】

うつ病は、思考、行動、感情、動機、および幸福感に悪影響を及ぼす深刻な医学的疾患です。うつ病は、特に高度に発展した国で発生する頻度が高いため、文明病と見なされています。世界では、約3億人、つまり世界人口の 4.4% がうつ病に苦しんでいます (Global Burden of Disease Study 2015)。
 
うつ病の発症原因は正確にはよくわかっていません。精神的ストレスや身体的ストレスなどが引き金となって、感情や意欲を司る脳の働きに何らかの不調が生じているものと考えられています。性格が影響することもあります。遺伝的要因や、がんや糖尿病といった慢性的な身体疾患、妊娠出産や更年期障害などの内分泌変化も発症要因となります。
 
脳の中では神経細胞から神経細胞へ様々な情報が伝達されます。その伝達を担う神経伝達物質の中でセロトニンやノルアドレナリンといわれるものは、人の感情に関する情報を伝達する物質であることが知られています。前述のさまざまな要因によって、これらの物質の機能が低下し、情報の伝達がうまくいかなくなり、うつ病の状態が起きていると考えられています。
 
うつ病の病態生理学に関する最新の研究テーマの1つは、腸内微生物叢に焦点を当てています。前述のように、腸と脳は腸内細菌叢を介してお互いに影響を与えていることが証明されており、腸内細菌叢-腸-脳軸(microbiome–gut–brain axis)と呼ばれています。

うつ病患者の腸内細菌叢の組成は健康な人とは異なることが注目されています。一部の細菌は、動物の神経系に見られるような神経調節物質(アセチルコリン、ドーパミン、セロトニン、GABA、ノルエピネフリン)を生成することが観察されています。



【精神疾患を改善する腸内細菌をサイコバイオティクスという】

腸内細菌は、腸の中に棲み、様々な働きをしています。腸内細菌はビタミンやミネラル、タンパク質などを合成しながら、腸の活動を調整し、人間の生命維持活動に役立っています。その腸内細菌の中で、人間の健康にとってよい働きをするものを善玉菌(有益菌)、悪い働きをするものを悪玉菌(有害菌)と呼んでいます。

腸内に善玉菌を根付かせ増やすためには、プロバイオティクスおよびプレバイオティクスの利用が有用です。
 
プロバイオティクス(probiotics)は「生命に有益な物質」という意味ですが、健康に有益な効果をもたらす腸内細菌(いわゆる善玉菌)を指します。「腸内フローラの善玉菌と悪玉菌のバランスを改善して動物に有益な効果をもたらす生菌添加物」のことで、乳酸菌が代表です。乳酸菌はビフィズス菌やアシドフィルス菌、ラクトバチルス、ブルガリア菌など乳酸を産生する腸内細菌です。

フルクトオリゴ糖など善玉菌の増殖を促進する物質のことをプレバイオティクス(prebiotics)と呼びます。「健康上の利益をもたらす宿主微生物(善玉菌)によって選択的に利用される物質」です。腸内の善玉菌に働いて、増殖を促進したり、善玉菌の活性を高めることによって健康に有利に作用する物質のことです。

このようなプロバイオティクスとプレバイオティクスを組み合わせると、効果的な腸内環境の改善ができます。プロバイオティクスとプレバイオティクスとを合わせたものをシンバイオティクス(synbiotics)と呼んでいます。
 
適切な量​​を摂取するとメンタルヘルスに有益な効果をもたらすプロバイオティクス細菌は、サイコバイオティクス(Psychobiotics)と呼ばれます。サイコバイオティクスは、腸のバリアを強化し、炎症の発生を抑制します。サイコバイオティクスの概念は2013年の以下の論文で最初に紹介されました。

Psychobiotics: a novel class of psychotropic.(サイコバイオティクス: 新しいクラスの向精神薬)Biol Psychiatry. 2013 Nov 15;74(10):720-6.

この論文では、サイコバイオティクス(psychobiotic)を、「適切な量を摂取すると、精神疾患に苦しむ患者に健康上の利益をもたらす生きた生物」と定義しています。
 
ある種のサイコバイオティクスが抗うつまたは抗不安活性を有することが指摘されており、うつ病の症状や慢性疲労症候群の緩和に効果があるという証拠が明らかになりつつあります。


サイコバイオティクスの一つとして同定された細菌にビフィドバクテリウム・インファンティス(Bifidobacterium infantis)があります。この細菌は乳児の腸内から見つかったビフィズス菌の一種です。Infantは乳幼児のことです。ビフィドバクテリウム・インファンティスが大腸粘膜上皮のバリア機能を強化することが報告されています。ワカモト製薬のレベニンという整腸剤(乳酸菌製剤)のほか、ビフィズス菌の入ったサプリメントなどに使われています。

大腸粘膜上皮のバリア機能を強化する作用のあるアッカーマンシア・ムシニフィラ(Akkermansia muciniphila)にも抗うつ作用が報告されています。



【アッカーマンシア・ムシニフィラの抗うつ作用】

Akkermansia muciniphila(アッカーマンシア・ムシニフィラ)はグラム陰性の偏性嫌気性細菌です。2004 年にオランダのワーヘニンゲン(Wageningen )大学でヒトの糞便中の新しいムチン分解微生物を探していたときに発見されました。属名のAkkermansiaは、オランダの著名な微生物学者Antoon Akkermansに由来します。

腸管細胞から分泌されるムチン(糖タンパク質)を唯一の炭素・窒素源として利用するユニークな特徴を持ちます。muciniphila は「ムチンを好む(mucin-loving)」という意味です。 その名前が示すように、結腸壁の粘液を食べて、粘液の絶え間ない再生を刺激することによって大腸の粘液バリアを維持します。


ムチンの分解自体は病原体のような挙動ですが、ムチンを分解することによってムチンの合成を刺激し、腸粘膜の粘液を増やす作用があります。 さらに、この細菌は、ムチンを有益な副産物に変換することにより、宿主の腸内微生物バランスを維持している可能性が報告されています。

腸の粘膜層は、主に上皮細胞を微生物の攻撃から保護し、それを栄養素として使用する微生物に成長エネルギーを提供します。腸内のアッカーマンシア・ムシニフィラの量が少ないと、粘膜が薄くなり、腸のバリア機能が弱まり、毒素が宿主に侵入しやすくなります。つまり、宿主の免疫調節に関与するだけでなく、腸上皮細胞の完全性と粘液層の厚さを高め、それによって腸の健康を促進します。

アッカーマンシア・ムシニフィラがストレスによるうつ症状を軽減することが報告されています。以下のような報告があります。

A next-generation probiotic: Akkermansia muciniphila ameliorates chronic stress-induced depressive-like behavior in mice by regulating gut microbiota and metabolites.(次世代のプロバイオティクス:アッカーマンシア・ムシニフィラは、腸内微生物叢と代謝産物を調節することにより、マウスの慢性的なストレス誘発性の抑うつ様行動を改善する)Appl Microbiol Biotechnol. 2021 Nov;105(21-22):8411-8426.

【要旨の抜粋】
ますます多くの研究が、うつ病が腸内細菌叢と代謝産物の異常と関連していることを明らかにしている。細菌のいくつかの種は、サイコバイオティクス(psychobiotics)として分類されており、共生腸内微生物叢との相互作用を通じて精神的健康上の利益をもたらす。したがって、新しいサイコバイオティクスを特定し、うつ病の治療におけるそのメカニズムを解明することが不可欠である。

この研究は、慢性拘束ストレスによって誘発されるうつ病のマウスモデルにおけるアッカーマンシア・ムシニフィラの抗うつ効果を評価することを目的とした。C57BL/6 オスのマウスに慢性拘束ストレスを与えて抑うつ症状を起こし、アッカーマンシア・ムシニフィラの効果を検討した。
アッカーマンシア・ムシニフィラは抑うつ様行動を有意に改善し、抑うつ関連分子 (コルチコステロン、ドーパミン、脳由来神経栄養因子) の異常な変動を回復した。さらに、アッカーマンシア・ムシニフィラは、慢性的なストレスによって誘発される腸内微生物の異常を変化させた。
結論として、この研究は、アッカーマンシア・ムシニフィラが腸内微生物叢と代謝産物を調節することにより、マウスの慢性的なストレス誘発性の抑うつ症状を改善することを実証した。
 
アッカーマンシア・ムシニフィラは、慢性的なストレスによって引き起こされる抑うつのような行動を軽減するという報告です。以下のような報告もあります。

Akkermansia muciniphila Protects Against Psychological Disorder-Induced Gut Microbiota-Mediated Colonic Mucosal Barrier Damage and Aggravation of Colitis(アッカーマンシア・ムシニフィラは、精神障害によって誘発される腸内微生物叢を介した結腸粘膜バリアの損傷と大腸炎の悪化から保護する)Front Cell Infect Microbiol. 2021 Oct 14;11:723856.

【要旨】
心理的障害は、腸内細菌叢の異常と大腸粘膜バリアの損傷を引き起こすことにより、重度の炎症性腸疾患のリスク増加と関連している。しかし、慢性拘束ストレス、腸内細菌叢組成、および大腸粘液間の相互作用は不明のままである。
慢性拘束ストレス下のマウスは、微生物叢組成の変化、大腸粘液の破壊、および大腸粘膜炎の悪化を示すことを実証した。さらに、アッカーマンシア・ムシニフィラの存在量は、慢性拘束ストレス下のマウスおよびうつ病の潰瘍性大腸炎患者で有意に減少していた。アッカーマンシア・ムシニフィラの量はムチンの産生量と正の相関があった。
抗生物質治療後、慢性拘束ストレスのマウスから採取した微生物叢が定着したマウスは、大腸粘膜バリア欠陥と重度の大腸炎を示した。アッカーマンシア・ムシニフィラの投与は、大腸粘液を回復させ、腸内細菌叢を正常化した。
慢性拘束ストレスを介した腸内細菌叢の異常が結腸粘膜バリアの損傷と結腸炎の悪化をもたらすことを確認した。私たちの結果は、アッカーマンシア・ムシニフィラが精神障害を伴う炎症性腸疾患の発症に関与する大腸粘膜バリアを保護および治療する潜在的なプロバイオティクスであることを示唆している。



【粘膜バリアを強化すると体内の炎症を抑えてうつ病を防ぐ】

うつ病の発症のメカニズムとして炎症の関与の重要性が指摘されています。うつ病と炎症の関連については、以下のような点が根拠になっています。

1)多くの炎症性疾患でうつ病の発症率の増加が認められる。
2)インターフェロンなどの免疫調節剤は、うつ病を発症するリスクを増大させる。
3)うつ病患者では炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6、IL-1など)や炎症反応の際に肝臓から放出されるC反応性タンパク質(CRP)などの炎症性マーカーが上昇している。
4)抗炎症剤に抗うつ作用がある。

関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患や、感染症で入院した患者の半数くらい、あるいは半数以上がうつ病の症状を呈しているという報告があります。

腸上皮を覆う粘液層は粘膜バリア機能に寄与しています。この層は、糖タンパク質、ムチン、免疫グロブリン、および酪酸で構成されています。たとえば、ムチン三量体は上皮細胞を内腔毒素から保護するバイオフィルムを構築し、分泌型IgAは粘液層の毒素や病原体を中和できる非常に重要な抗体です。健康な腸内では、ラクトバチルスや連鎖球菌などのいくつかの有益な細菌が分泌型IgAの生合成を促進することが報告されています。

食物繊維の発酵によって産生される酪酸は、ムチン2(MUC2)遺伝子の発現を誘導することによってムチン合成を促進します。さらに、酪酸は腸上皮細胞から放出される抗菌ペプチドであるカテリシジン(cathelicidin)の分泌を促進することができます。したがって、酪酸産生細菌は、健康な腸内の粘液の生理的組成を維持する上で重要な役割を果たしており、これらのプロセスにより、腸のバリアが十分に維持され、消化管内の病原体に対する宿主の防御が向上します。
 
しかし、様々な原因によって腸内微生物叢に異常が生じると、悪玉菌が増え、粘液層が破壊され、腸上皮の透過性が高まります。さらに、粘膜炎が発生し、バリア機能の低下によって病原菌が体内に侵入して敗血症を引きおこします。
 
腸内微生物叢の異常は、腸粘膜バリアの機能障害を引き起こします。腸内バリアが損なわれると、腸粘膜上皮の透過性の増加につながります。 細菌が体内に侵入すると慢性炎症を起こし、炎症性サイトカインの産生が増え、抑うつ、倦怠感、食欲低下を引き起こします。


図:様々な原因によって腸内細菌叢の異常が起こると(①)、粘膜バリアが破綻し(②)、悪玉菌が優位になって(③)、粘膜の炎症を引き起こす(④)。腸内細菌が体内に侵入して全身感染症を引き起こす(⑤)。体内の慢性炎症は炎症性サイトカインの産生を増やし(⑥)、抑うつ、倦怠感、食欲低下などの症状を引き起こす。
 

以上のことから、大腸粘膜バリアを強化するアッカーマンシア・ムニシフィラは体内の慢性炎症を防ぐことによってうつ症状を改善することが理解できます。


図:大腸粘膜バリアの破壊が起こると(①)、粘膜上皮や全身に慢性炎症が起こり(②)、炎症性サイトカインが増え(③)、抑うつ・倦怠感・食欲低下などの症状が起こる(④)。アッカーマンシア・ムシニフィラは大腸粘膜バリアを強化して、慢性炎症を抑制することによって抑うつ症状を改善できる(⑤)。


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