90)ドコサヘキサエン酸(DHA)はテロメア短縮を抑制して寿命を延ばす
体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術90
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【正常細胞は分裂できる回数に限界がある】
1960年代にアメリカの生物学者レオナルド・ヘイフリック(Leonard Hayflick)は、培養した正常細胞の分裂回数には限界があることを発見しました。人間の胎児から取り出した線維芽細胞を培養すると次第に分裂の速度が落ちて、約50回の分裂回数が限界で、いくら栄養物質や増殖を促進する物質を加えても分裂することはできずに最後は死んでしまいます。
一方、成人の人間から取り出した線維芽細胞の分裂できる回数はその年齢に応じて減少していることも明らかになっています。すなわち、細胞の中には細胞の分裂した回数をきちんと数える装置があって、ある回数を過ぎると細胞は死を向かえるプログラムが働き出すのです。
このように、正常な細胞が分裂できる回数には限界があることを「ヘイフリックの限界(Hayflick Limit)」と言います。ヒトの正常細胞の分裂回数は約50回が限界ということで、それ以上は分裂できないので、寿命があるということになります。
図:ヘイフリックの実験。赤ん坊や成人や老人の皮膚から線維芽細胞を採取してシャーレで培養すると、年齢が若い個体から採取した細胞ほど多く分裂できる。赤ん坊の細胞の方が老人より多く分裂できるが、赤ん坊の細胞もやがて細胞分裂を停止して死滅する。細胞の分裂回数はヒトの場合は約50回が限界で、これ以上は分裂できない。これをヘイフリック限界という。
【細胞分裂するたびにDNAのテロメアが短くなる】
細胞の中には細胞の分裂した回数をきちんと数える装置があって、ある回数を過ぎると細胞は分裂できなくなります。細胞の分裂回数に限界を設けているのがテロメア(telomere)です。
染色体DNAの末端部分にはTTAGGGという配列が多数繰り返された構造がみつかりテロメアと名付けられました。この6塩基のリピート部分には遺伝情報が入っていないので、なくなっても遺伝子の発現には問題ない部分です。しかし、テロメアが無くなると細胞はDNAの複製ができなくなります。
DNAは2本の鎖状で、それぞれの鎖を鋳型にして新しいDNA鎖を合成します。新しい鎖を作るとき、DNAポリメラーゼという酵素が鋳型のDNA上を移動しながら、新生DNAを作ります。この酵素が鋳型のDNAに結合するためには、まずプライマーとよばれるRNAが鋳型のDNAの末端に結合する必要があります。
DNAポリメラーゼはRNAプライマーに結合し、そこから新生DNAの合成を開始します。その際、プライマーが結合した鋳型DNAの末端部は複製されません。そのため、細胞分裂でDNAを複製するたびに、染色体のDNA末端は少しづつ切れて短くなっていきます。
短くなっても問題ないように、最初から遺伝情報とは関係なく必要のないDNA配列(TTAGGGの繰り返し配列)がテロメアとして存在しているのです。しかし、テロメアの長さに限界があるので、いずれはテロメアが無くなると、もはや細胞分裂ができなくなります。
図:染色体の末端にはテロメアという構造があり(①)、この部分のDNAはTTAGGGという配列が多数繰り返されている(②)。細胞分裂するたびに、このテロメア部分のDNAは短くなり(③)、テロメアが無くなった時点で、細胞はそれ以上に分裂することができなくなる(④)。
つまり、テロメアとは「命の回数券」のようなものであり、分裂する度に回数券を一枚づつちぎって使い、やがて使い切ってしまうと細胞の寿命がくるというわけです。
ちなみに生殖細胞や幹細胞(骨髄細胞や消化管粘膜上皮細胞のように細胞回転が早い細胞を供給している細胞)やがん細胞のように無限に分裂できる細胞もありますが、これはテロメアを延ばすことができるテロメラーゼという酵素が働いて、テロメアの長さを維持しているからです。普通の細胞にはテロメラーゼ活性はほとんどありません。
抗老化の研究分野では、テロメラーゼの活性を高めて幹細胞の分裂能を高め、組織や臓器の老化による機能低下を抑制することを目的にした治療法が研究されています。
【テロメラーゼがテロメアの長さを維持する】
細胞が分裂して増殖するには自身のDNAを複製する必要があります。このDNAポリメラーゼによるDNA複製の仕組みではDNA鎖の両端(テロメアDNA)が完全には複製されず、徐々に失われていきます。これを末端複製問題(end replication problem)といいます。
通常、1回の細胞分裂で、テロメアから50から100塩基分が失われてテロメアが短縮していきます。テロメアの短縮が限界に達すると、細胞はもはや分裂することが出来なくなります。
多くのがん細胞ではテロメラーゼ(telomerase)と呼ばれるテロメア合成酵素が活性化しており、この酵素の働きによってテロメアが安定に維持されます。
通常であれば、細胞分裂するたびにテロメアが短縮するのですが、がん細胞ではテロメラーゼ活性を亢進して、テロメアを再生して短縮を阻止しています。がん細胞が無限に分裂出来るのはこのためです。
生殖細胞や組織幹細胞もテロメラーゼが働いて、テロメアの長さを維持しているため、無限に分裂できます。
テロメラーゼはテロメアの末端にTTAGGGのリピート配列を付加することで染色体DNAの末端を維持する酵素です。
テロメラーゼは逆転写酵素活性を持つヒト・テロメラーゼ逆転写酵素(human telomerase reverse transcriptase :TERT)と、テロメアリピートの鋳型として機能するRNA要素(テロメラーゼRNA要素:TERC)から構成されます。
テロメラーゼRNA要素(telomerase RNA component: TERC)はテロメラーゼによるテロメアの複製(逆転写)の際の鋳型として機能します。脊椎動物型TERC配列の50位付近に存在するCCCUAA配列が鋳型として機能します。
テロメラーゼ活性が低い細胞は、一般に細胞分裂ごとにテロメアの短縮が進み、やがてヘイフリック限界と呼ばれる細胞分裂の停止が起きます。
テロメラーゼは、ヒトでは生殖細胞・幹細胞・がん細胞などでの活性が認められ、それらの細胞が分裂を継続できる性質に関与しています。
このことから、テロメラーゼ活性を抑制することによるがん治療法となり、活性を高めることは細胞の分裂寿命の延長による抗老化療法となります。
図:ヒト・テロメラーゼ複合体はヒト・テロメラーゼ逆転写酵素(human telomerase reverse transcriptase :TERT)とテロメラーゼRNA要素(telomerase RNA component :TERC)、dyskerin、リボヌクレオプロテイン(GAR1, NHP2, NOP10)から構成される。テロメラーゼRNA要素(TERC)がRNAテンプレートとなってテロメラーゼ逆転写酵素(TERT)がテロメアの末端にDNAヌクレオチドを追加してテロメアを伸長する。シェルテリン複合体(Shelterin complex)はテロメアを保護し、テロメラーゼ活性を制御する。シェルテリン複合体は、TRF1(telomere repeat binding factor 1)、 TRF2(telomere repeat binding factor 2)、RAP1(repressor/activator protein 1)、POT1(protection of telomere 1)、 TIN2(TRF1- and TRF2-interacting nuclear protein 2)、TPP1(ACD shelterin complex subunit and telomerase recruitment factorの6つのサブユニットから構成される。
【ドコサヘキサエン酸(DHA)は正常細胞のテロメア短縮を抑制する】
魚油に多く含まれるオメガ3系多価不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)がテロメアの短縮を抑制して寿命を延ばす効果が報告されています。以下のような報告があります。
【要旨】
目的: 染色体のテロメア末端の過度の短縮は、細胞老化のマーカーである。酸化ストレスと栄養不足がテロメア短縮を促進する可能性がある。この研究の目的は、軽度認知障害の高齢者のテロメア短縮に対するω-3多価不飽和脂肪酸補給の効果を調査することである。
方法: 65歳以上の軽度認知障害の成人33人を、エイコサペンタエン酸(EPA)群、ドコサヘキサエン酸(DHA)群、コントロール群に無作為に分けた。1日にEPA群(n=12)はEPA 1.67 g + DHA 0.16g、 DHA群(n=12)は1.55 g DHA + 0.40 g EPA、コントロール群(n=9)はω-6のリノール酸2.2 g のサプリメントを6カ月間摂取した。
結果: 介入は治療によるテロメア長の増加を示さず、介入期間中にテロメアが短縮する傾向が認められた。テロメア短縮は、DHA(d = 0.12)およびEPAグループ(d = 0.06)よりもLAグループ(d = 0.21)で最大であった。赤血球のDHAレベルの増加は、DHAグループのテロメア短縮の減少と関連していた(r = -0.67; P = 0.02)。
結論: テロメアの短縮は、ω-3多価不飽和脂肪酸の補給によって弱められる可能性がある。
エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)を1日2g程度摂取すると、テロメアの長さが延長することはありませんが、加齢に伴うテロメアの短縮を抑制する効果が認められたという臨床試験の結果です。
テロメアの短縮と心血管系の罹患率および死亡率との強い関連性がいくつかの集団で報告されています。以下のような報告があります。
この研究では、オメガ3脂肪酸の血中濃度と、生物学的年齢のマーカーであるテロメア長の時間的変化との関連を調査しています。
2000年9月から2002年12月までに募集され、2009年1月まで追跡された安定した冠状動脈疾患を有する608人の外来患者の前向きコホート研究(追跡期間中央値は6.0年;範囲5〜8.1年)です。患者はカリフォルニア州サンフランシスコのベイエリアの外来クリニックから募集されました。
追跡開始時と5年間のフォローアップ後に白血球テロメアの長さを測定しました。追跡開始時のオメガ3脂肪酸(ドコサヘキサエン酸およびエイコサペンタエン酸)の血中濃度と5年間のテロメア長の変化との関連を調査しています。
中央値6年の追跡期間中に、276人の参加者(45%)がテロメア長の10%を超える減少を示しました。そして、追跡開始時のDHAとEPAの血中濃度が高いほど、テロメアの短縮率が低下することが明らかになりました。
白血球テロメアの長さは、心血管疾患の患者の罹患率と死亡率を独立して予測する生物学的年齢のマーカーとして知られています。この研究では、海洋オメガ3脂肪酸(DHAとEPA)のベースラインレベルが、5年間にわたるテロメアの減少と関連していることを示しています。つまり、オメガ-3脂肪酸が冠状動脈性心臓病の患者の細胞老化を防ぎ、死亡率を低下させる可能性を示唆しています。
オメガ3脂肪酸は抗炎症作用や抗酸化作用があり、全身の酸化ストレスを軽減することによってテロメア短縮を抑制する可能性が指摘されています。
さらに、テロメラーゼ活性を高める作用も指摘されています。最近まで、テロメラーゼの発現は生殖細胞、幹細胞、およびがん細胞に限定されると考えられていました。しかし、現在、末梢血単核細胞で低レベルのテロメラーゼ活性が実証されています。1日3 gのオメガ3魚油の補給を含む包括的なライフスタイルの変更の採用は、正常な成人の白血球におけるテロメラーゼ活性の有意な増加と関連することが報告されています。
対照的に、培養した結腸直腸がん細胞を使った実験では、EPAとDHAはテロメラーゼ活性を抑制し、テロメラーゼレベルを低下させました。(Biochim Biophys Acta. 2005 Oct 15;1737(1):1-10.)
つまり、オメガ3脂肪酸は、細胞の状況に応じてテロメラーゼに双方向の影響を与える可能性があると推測されます。がん細胞ではテロメラーゼ活性を抑制して増殖を抑制し、正常組織ではテロメラーゼ活性を高めて寿命を延ばす可能性があります。
したがって、DHAとEPAはテロメアの老化を標的とする抗老化療法において、非常に有用な栄養成分と言えます。1日2gから5g程度のDHAやEPAを摂取して、血中のDHA/EPA濃度を高めることは寿命を延ばす効果が期待できます。
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