見出し画像

不倫裁判百選68『悪いことに日記の抜粋を不倫相手に送りつけて復讐することも考えた。』

0 はじめに

加害者側である不倫した女性当事者から不倫された妻である被害者に対して、復讐することはあるのか?

訴訟は権利救済やバランスの取れた解決を志向する場であって、復讐の場ではもちろんありません。加害者側から関係の悪化した不倫相手に対し、手紙を送る行為は、被害者である原告(妻)に対して不法行為責任を負うのか?

1 事案の概要

東京地方裁判所において平成15年11月26日に出された裁判例は、被告からの手紙の送付を以って、被告が不倫相手と修復するための性質のものだと認定した事案です。

被告とAの不倫関係 
被告とAは、平成8年7月26日にAが転属の挨拶のために東立川駐屯地を初めて訪れた時に面識を持ったのであるが、その後、平成10年4月9日から遅くとも同11年5月4日ころまでの間、不貞の継続的男女関係にあった(甲5の1、被告本人の16頁)。

2 争点と当事者の主張

(1) 争点(1) [被告のAとの不倫行為にかかる不法行為の成否及び損害] 
 被告は、Aが原告と婚姻関係にあることを知りながら、平成10年4月ころから同11年7月ころまでの間(具体的には、平成11年1月31日、同年2月12日、3月5日、9日、18日等)、Aと不倫の男女関係を結び、その結果、原告とAとの間の婚姻関係が悪化するなど、原告は精神的苦痛を被った。この原告の精神的苦痛を慰謝するには、慰謝料は1000万円を下らず、また、原告はそのために訴訟を提起せざるを得ず、被告の負担すべき弁護士費用は100万円が相当である。
 (被告)
 被告がAと不貞行為に及んだことは認めるが、慰謝料、弁護士費用の額については否認ないし争う。
 被告が、一時期Aと不倫関係にあったことは認めるが、そのいきさつは、原告とAとの夫婦仲がうまくいっていなかったことに起因して、Aが被告を執拗に誘い、被告が遂に引き込まれる形で関係を持ち、結局、被告がAに弄ばれた挙げ句に被告に飽きたAに捨てられたものであり、また、Aの被告への接近の仕方はセクシャルハラスメントにも該当する程度のもので、被告の違法性は少ない。

被告側から、本件不貞行為はセクシャルハラスメントによるものだと反論されています。


(2) 争点(2)[被告の嫌がらせ行為にかかる不法行為の成否及び損害]
 (原告の主張)

 被告は、Aの携帯電話あてに何度も非通知設定の無言電話をし(具体的には平成11年6月13日から同12年2月14日まで)、また、Aに対して失恋の復讐をする旨の手紙を送付した。
さらに、被告は、平成11年11月ころ、原告の職場及び実家、Aの実家あてに、コンピューターの合成音による「A先生は長い間浮気をしている。」旨の匿名電話をした。‥(以下省略)‥

原告の配偶者に対する手紙の送付行為をもって、原告に対して不法行為責任が成立するかを問題としています。

3 裁判所の判断

1 争点(1)[被告のAとの不倫行為にかかる不法行為の成否及び損害]

(1) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
 ア 被告及びAは、平成8年11月13日から伊豆で行われた幹部現地戦術教育に幹部自衛官として参加した。戦術教育終了後、参加者は伊豆長岡温泉に一泊し、夕食を兼ねた懇親会が行われた。懇親会の二次会の席上、Aは、突然被告にチークダンスをするよう誘ってきたが、被告はその申し出を断った。その後、被告とAは何らかの仕事上のことで口論となったため、被告は仕方なく席を外して別室において麻雀をしていたところ、Aが話があるからといって麻雀をしていた部屋から被告を呼び出した。二人は旅館の玄関ロビーで話をしようとしたがソファが塞がっていたため、Aは、被告を旅館の外に連れだし、「他の人に聞かれるから。」と言いながら被告の腕をひっぱり、少し歩いたところで突然被告に2度に亘ってキスをした(乙3の5頁、乙5の4頁、5頁)。
 イ その後、Aは、何かに付けて被告に女性として積極的に近づくようになり、平成9年6月27日に行われた駐屯地の科長と班長の懇親会の後には、立川のパレスホテルに被告を誘い飲酒したり、同年10月29日には駐屯地で行われた送別会の二次会であるスナックの洗面所にて、強引に被告にキスを求め、遂に同10年4月9日、中野のホテルで被告とAは男女関係を持つに至った。その後、被告とAは同11年5月4日まで不貞行為を継続した(甲5の1、乙1、乙2の1ないし3、乙3[特に乙3の37頁]、乙5の8頁、9頁、被告本人)‥(中略)‥

(2) そこで、慰謝料の額を検討する。
  ア 被告がAと行った不貞行為は、原告の婚姻関係の平穏に対する違法な干渉として不法行為を構成するが、婚姻関係の平穏は、第一次的には配偶者相互の守操義務、協力義務によって維持されるべきものであり、配偶者以外の者の負う婚姻秩序尊重義務ともいうべき一般的義務とは質的に異なるから、不貞についての主たる責任は、原則として不貞を働いた配偶者にあり、不貞の相手方の責任は副次的なものというべきである。また、具体的な不貞行為について、不貞行為を行った配偶者の関与がその相手方との関係で、より積極的であった場合には、違法性が減ずるものというべきであり、具体的慰謝料の額の算定の上で考慮すべきである。
 イ 本件においては、前記(1)で認定したとおり、被告とAの不貞行為の発端は、Aの女性としての積極的な働きかけが認められ、被告は当初不貞行為には消極的であったと認められること(甲5の1、乙2、3、5、被告本人)、原告は、Aに対して不貞行為について法律上の責任追及をすることなく、本件訴訟を提起して被告の責任追及のみ行っていること及び原告とAとの婚姻関係が決定的に破綻したとまで認めるに足る証拠はないこと並びに弁論の全趣旨を総合して、被告の原告に対する慰謝料の額を判断すると100万円が相当であり、本件訴訟の提起について被告の負担すべき弁護士費用は10万円をもって相当とすべきである。
2 争点(2)[被告の嫌がらせ行為にかかる不法行為の成否及び損害]

  (1) 原告の主張する不法行為としての嫌がらせ行為は、〈1〉被告からAないし原告に対する書簡の送付ないし持参(交付)と〈2〉被告からAないし原告に対する発信者非通知設定の電話に分けて考えられるので、以下、分けて検討する。
  (2) 書簡について
 被告は、Aが被告との不倫交際に対して消極的態度を取り始めた平成11年6月ころ以降、甲2号証の1、3号証の1、4号証、(いずれも「書簡」)、甲5号証の1(「日記」写し)をAあてに送付ないし交付した事実が認められる(原告本人、被告本人)。そして、これらの中には、『悪いことに日記の抜粋をXに送りつけて復讐することも考えた。』、『貴方が忘れた頃に貴方の家に致命的な復讐を行います。必ず破壊します。』(甲5の1)、『プロデューサーKによるドラマはいよいよ最終章の幕が開けます。長い長い暗転の後での一瞬の舞台が私にはできなかった結末を下すことでしょう。』(甲4)などの記載が認められる。
 しかしながら、それまでの被告とAの関係及びこれらの書簡、日記を全体的に考察すると、被告は、壊れていくAとの男女関係の修復を希い願い、何とかAの気持ちを引き留めようとしてこのような行為をしたことが認められ、これらの行為は不法行為の要件である違法性があるとまでは認められない。また、本件証拠によるも、被告が原告に対して、甲2号証の1、3号証の1、4号証などの書簡、甲5号証の1の日記の写しを送付ないし交付した事実は認められず(仮に、何らかの因果関係を辿って、原告にこれらの書簡、日記が到違したとしても、前記書簡及び日記は、もともとAを名宛人として同人に対して発せられたものであり、原告との関係でも不法行為を構成するに足る違法性を具備しているとは認められないというべきである。)。
  (3) 電話について
 本件各証拠によっても、原告が主張する違法な電話が被告によってなされたと認められる証拠はなく、Aに対する幾つかの電話が仮に被告によってなされたものであるとしても、不倫の男女関係にあった被告がAあてになしたものであるというべきであり、不法行為の要件である違法性を具備しているとまでは認められないというべきである‥(以下略)‥

4 若干の検討

判決文は、被告は、壊れていくAとの男女関係の修復を希い願い、何とかAの気持ちを引き留めようとしてこのような行為をしたことが認められ、と、ある意味で誠実な交際がありえるような指摘をしています。

原告にとっては許しがたい行為であると思われますが、裁判例は、不貞交際なのだから悪なのだ、と通り一遍の評価を下していません。加えて、仮に、何らかの因果関係を辿って、原告にこれらの書簡、日記が到違したとしても、前記書簡及び日記は、もともとAを名宛人として同人に対して発せられたものであり、原告との関係でも不法行為を構成するに足る違法性を具備しているとは認められないと指摘し、仮に不倫関係であったとしても、交際関係の真摯さには気を配っているように感じられます。

原告にとっての感じ方はあれど、不倫を全て悪と決め打ちしないことは、事実だし、それでよいのではないかと考えます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?