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離婚裁判百選㉒不貞行為をしない合意を破るとどうなるのか

0 夫婦で不貞行為をしない約束?

 夫婦間が不貞行為をすると離婚原因となります。しかし、不貞行為をしない約束をした場合、裏切られた場合の条件を定めた場合には、どんなことになるのか。法律では明確ではありません。

1 裁判例のご紹介

 東京地方裁判所において令和3年3月25日に出された裁判例は、婚姻関係にあった原告と被告が、被告の不貞行為発覚後、被告が浮気と疑われる行動を取らないことなどを約束し、被告がそれに違反して離婚に至ったときには、原告と被告の共有であった茨城県守谷市内の土地建物(以下「自宅不動産」という。)の所有権を被告に移転し、住宅ローンの全額を被告が支払うことなどを内容とする合意書(以下「本件合意書」といい、これに基づく合意を「本件合意」という。)を締結した事件です。

本件は、原告が被告に対し合意に基づき、離婚後に原告が支払った住宅ローン及び自宅不動産の公租公課及びオーバーローンであった自宅不動産を売却した際に原告が負担した費用の合計額である276万6742円と慰謝料330万円を求めています。

 2 前提事実(当事者間に争いのない事実

 本件合意書の作成

原告と被告は,平成30年2月8日,次の内容を含む本件合意書に署名押印した。(甲3。ただし,本件合意書の効力については争いがある。)
ア 原告と被告は,今後互いに協力して円満な夫婦生活及び家庭を築くことを誓約する。
イ 被告は次の事項を誓約する。
 (ア) 平成29年3月から5月までの間,B(以下「B」という。)と不倫交際をしていた事実を認め,心より反省し,同月以降一切Bと連絡を取ったり近づいたりしていないことを宣言する。
 (イ) 今後一切原告以外の異性と親しく連絡を取ったり会ったりすることなど,浮気と疑われる行動を取らないことを約束する。
   ウ 被告が上記イに違反して原告と被告が離婚に至った場合,相応の慰謝料の支払とは別に,原告と被告が借り入れている住宅ローンの全額を被告が支払うことを約束する。それに伴い,自宅不動産の所有権を被告に移転する。
   エ 離婚時に子供がいる場合は,子供の親権を原告に認め,被告は原告の許可なく子供と会わないことを約束する。
   オ 本合意書は,被告が今後二度と同じ過ちを繰り返さないという強い意志を証明し,原告が被告の意思を受け入れることで幸せな家庭を築くために作成したものである。

 3 裁判所の判断

 (原告の主張)
 被告が本件合意上の義務を履行しなかったため,原告は以下の損害を負った。
 ア 平成30年△月から令和元年10月までの住宅ローン返済合計102万5952円
 イ 自宅不動産売却時に負担した金額(住宅ローン残高と経費負担分の合計額から売却代金の半額を控除した金額)である168万2790円
 ウ 上記アの期間内に原告が支払った自宅不動産の公租公課合計5万8000円
 (被告の主張)
 原告が主張する費用は既に精算済みである。
 (被告の主張)
 被告が本件合意書締結前に不貞行為を行った事実は認める。しかしながら,原告は,夜中の二時に突然叫びだす,たとえ被告が仕事中であっても2時間以上ひたすら責め続け,電話に出ない場合は同趣旨の大量のメッセージを送り付ける,被告に包丁を向ける,死んでやると午前2時に家を飛び出し2時間以上いなくなるなど,被告が何度謝罪し再生に向けて努力をしても,ドメスティックバイオレンスに近いことをされ続け,被告の精神も疲弊し,うつ病に罹患するに至った。これらからすると,原告と被告が離婚に至ったのは双方の責任であり,慰謝料の支払義務はない。

争点(3)(本件合意に基づく損害の額)について
 上記1で認定した事実及び上記4で述べたところによれば,被告が本件合意に違反して,平成30年△月△日,原告と被告が離婚に至ったことが認められるところ,前提事実(2)ウによれば,本件合意において,原告と被告は,その場合,住宅ローンの全額を被告が支払うこと,自宅不動産の所有権を被告に移転することを合意したことが認められる。そうすると,本件合意により,上記離婚日以降は被告が原告名義の住宅ローンの支払義務を負うこと及び上記離婚日に原告の自宅不動産の持分権が被告に移転することが認められる。このことを前提に原告の損害の額について検討する。
  (1) 住宅ローンの返済について
 前提事実(1)及び同(4)アによれば,原告は,離婚後の平成30年△月25日から令和元年10月25日までの間,自宅不動産の住宅ローンの返済として合計102万5952円(自宅不動産の売却に伴う一括返済分を除く)を支払ったことが認められるところ,本件合意によれば,これらの金員は被告が支払うべきものであるから,その全額が原告の損害となる。
 (2) 自宅不動産の売却時の負担について
 前提事実(4)イによれば,自宅不動産売却時の原告の住宅ローン残高は2508万5584円であり,自宅不動産の売却に際し,原告は合計49万7206円の経費(仲介手数料,印紙代及び抵当権抹消費用のいずれも半額)を負担したことが認められるところ,本件合意によれば,住宅ローンは全て被告が負担すべきものであり,自宅不動産は離婚日に被告の単独所有となるのであるから,その売却に要した経費も被告が全額負担すべきでものである。反面,その売却代金は被告が全額受領できるはずのものであるところ,証拠(甲16,19)によれば,原告は自宅不動産の売却代金の半額である2390万円を受領していることが認められるから,これを原告の損害額から控除すべきである。そうすると,自宅不動産の売却時の負担のうち,原告の損害となるのは168万2790円[計算式:2508万5584円+49万7206円-2390万円=168万2790円]となる。
 なお,被告は,上記費用は既に精算済みである旨主張するが,上記認定に係る自宅不動産の売却代金による一部精算の他に上記費用が精算されたことを認めるに足りる証拠はない。
  (3) 自宅不動産の公租公課
 前提事実(4)ウによれば,原告は,自宅不動産の平成31年度の固定資産税及び都市計画税として合計5万8000円を支払ったことが認められるところ,本件合意によれば,自宅不動産は離婚日に被告の単独所有となるのであるから,離婚後の自宅不動産の公租公課の支払義務を負うのは被告である。
争点(4)(離婚慰謝料の額)について
 以上によれば,本件における不法行為に基づく損害の額は,離婚慰謝料150万円と弁護士費用15万円の合計165万円となる。

4 夫婦間あるみえない合意?


 夫婦は不貞行為に及ぶと離婚をすることになります。
 そうすると、不貞行為をしない義務、があると理解することもできるかもしれません。これを破るとどうなるのか。取り決めに応じた金員のほぼすべての支払い義務を負うことが理解できる裁判例です。
 お金を支払いたくはないが、不貞行為に及んでしまったのか。それとも、お金を支払うリスクを負ってでも、不貞行為をしたかったのか。本件被告の主張によると、被告が本件合意書締結前に不貞行為を行った事実は認める。しかしながら,原告は,夜中の二時に突然叫びだす,たとえ被告が仕事中であっても2時間以上ひたすら責め続け,電話に出ない場合は同趣旨の大量のメッセージを送り付ける,被告に包丁を向ける,死んでやると午前2時に家を飛び出し2時間以上いなくなるなど,被告が何度謝罪し再生に向けて努力をしても,ドメスティックバイオレンスに近いことをされ続け,被告の精神も疲弊し,うつ病に罹患するに至った。これらからすると,原告と被告が離婚に至ったのは双方の責任であり,慰謝料の支払義務はないとのことでした。

 夫婦には、法律以上の義務があるのではないか。

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