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不倫判例百選㊺内縁関係でも慰謝料請求できるか?

0 はじめに

内縁関係にある当事者でも、実は『不倫』の慰謝料請求が認容されている例があります。この記事をご覧になっていただくと、貞操への期待や貞操への信頼は、夫婦関係にあるからこそ認められるとも考えられそうです。

難しいことを述べるときりがないのですが、実は、内縁関係はその保護においてはそんなに戸籍上の夫婦関係とは違いがありません。ある意味で、戸籍ひとつだしているかどうか、ではない観点から、判例は判断しているといえます。

1 事案の概要

東京地方裁判所において平成22年2月5日に出された判決は、慰謝料150万円の支払いと裁判費用として15万円、合計165万円の支払いを命じています。

(1) 原告は,平成14年9月ころ,訴外株式会社a(以下「訴外会社」という。)のb支店に支店長として配属されたAの部下となり,平成15年9月ころ,Aと交際を始めて同居し,同年11月ころ,Aに東京本社勤務が内示された際,Aが原告に同伴することを求め,原告はこれを承諾してAと一緒に転居した(甲11)。
(2) Aは,平成16年2月ころ,被告が勤務する訴外会社のc営業所に統括副部長として配属されたのを機に,原告は訴外会社を退職し,二人は宇都宮市内に転居した(甲11)。
(3) Aは,平成16年7月ころ,訴外会社のd営業所に転勤となり,原告とともに水戸市内に転居し,その後,平成17年7月,訴外会社のe営業所に転勤となり,越谷市内で同居中の平成18年6月ころ,原告とAは,原告肩書住所地のマンションを約2900万円で購入した(甲11)。
(4) 原告は,平成18年10月21日,被告に対し,「Aの妻です。」との表題の下,「Aの妻のXと申します。Aは私と結婚しております。妻帯者と知らずお付き合いされているようなので現実をきちんとお知らせいたします。」「金輪際メールを含め一切のお付き合いをやめてください。」旨のメール(以下「平成18年10月21日のメール」という。)を送信した(甲3)。
(5) Aは,平成18年8月ころ訴外会社を退職した(乙1)。その後,Aは,平成20年5月1日,原告と別居して東京都内で一人暮らしをしている。

原告は、A(内縁配偶者)と交際関係にあった被告に対し、Aの妻ですと名乗っているようですが、厳密には、妻ではないのが問題?でしょうか。

判例を見る限り、これは問題ではありませんでした。

2 原告の主張(1) 不法行為の成否
(ア) 被告とAが初めて不貞関係となった時期は,遅くとも平成18年8月から同年10月20日ころまでの間である。同時期,Aは,転職活動の名目で平日の日中不在がちであり,未成熟子をもつ被告と日中密かに逢っていた蓋然性が高い。同年10月20日,Aが,被告に対し「原告と別れるので待っていてくれ。」という内容のメールを送信したのを確認した原告は,Aと携帯電話の取り合いになり,もみ合いとなってAに傷害を負わされた。
(イ)たとえ被告及びAの認識では形骸化していたとしても,原告は,Aが被告との関係を断って内縁関係を修復すべく努めていたのであり,なお法的に保護されるべき内縁関係が,少なくとも別居に至るまでは存在していた。
 被告の行為は,原告とAの内縁関係の存在,原告の年齢等を知りながら,これを破綻させたものであり,違法性が強い。

原告の主張を見る限り、原告は、法律上婚姻関係にない=戸籍を届け出して、正式な夫婦関係に至っていないことを問題としてません。当然に、内縁関係でも慰謝料請求ができる見解に立脚しています。ちょっと難しいことをいいますと、これは準婚離婚といって、内縁関係にあると、法律上婚姻関係にあるのと同等の保護を受けられるとすべき見解に立脚しています。

2 被告の反論

 (ア) 被告とAとの不貞関係はそもそも存在せず,内縁関係破綻の原因ともなりえない。すなわち,原告とAは,性格の不一致から次第に険悪,疎遠な関係となっていったものに過ぎない。
 原告とAは,長らく性交渉も断絶し,遅くとも平成19年末ころにはほとんど会話もなくなり,家庭内別居状態にあって,修復の余地がないほどに内縁関係は形骸化していた。
 さらに,平成20年1月初めからは原告とAは互いに生活費を負担することもなくなった。この時点では,準婚関係継続の意思及び夫婦共同生活と認められるような外形的実態は全く失われていた。
 原告は内縁関係を修復すべく努めていた旨主張するが,原告は,平成19年ころから,Aに対し,「お願いだから出て行って欲しい。」と申し入れ,内縁関係の解消を希望していた。
 (イ) Aは,原告との内縁関係が完全に破綻したことなどから,平成20年3月初めころ,原告との別居を決意し,転居先を探し始めた。その後,被告は,Aから,原告との内縁関係が破綻し,近日中に原告と別居するとの説明を受け,交際を申し込まれた。被告は,これに応じて,平成20年3月中旬ころからAと交際するようになった。
 なお,被告は,平成18年10月21日のメールを受信した際,Aに転送した上で電話をかけ,Aが妻帯者であるとは聞いていないこと,送信者とAとの間に諍いがあるのであれば,これに巻き込まれたくないので対処して欲しい旨を伝えた。

被告側も、内縁関係に過ぎないのであるから、不貞関係はないのだ、という理論で反論をしていないことがわかります。内縁関係は離婚のように、届け出などをして戸籍上の記載を変動させる必要がない以上、内縁関係の終了時期を持ち出し、被告が「お願いだからでていってほしい」と主張した時点における内縁関係の不存在を持ち出していることがわかります。

3 裁判所の判断

(1) 原告(昭和○年○月生)とA(昭和○年○月生)は,平成15年9月ころから同居を始め,Aの求めに応じて原告はAの転勤に伴って転居して同棲生活を継続したが,原告は,Aの職場での立場や二人の年齢差を考慮して入籍は求めなかった。そして,原告は,将来的には妊娠を機に入籍することも考え,不妊治療をし,Aもこれに協力していたが(甲2),平成16年末ころ,Aは,原告の体を触ろうとして,原告から不衛生な手で触ると不妊治療に支障があるとして拒絶されたことがあり,原告の態度に不満を抱くこともあった。なお,遅くとも平成18年ころには原告とAとの間の性交渉はなくなっていた。
(2) Aは,平成16年2月ころ,c営業所に転勤して,被告とは上司と部下の関係となり,同年7月ころ,Aが転勤したd営業所はc営業所も統括していたことから,職場での被告との関係は継続し,被告と連絡を取る手段として,メールをやり取りするようになった。
(3) 原告は,平成17年1月ころ,Aが朝晩に被告との間でメールをやり取りしていることを見て不信感を抱き,Aを咎めたり,ハサミの先でAの携帯電話に4,5か所「バカ」と彫ったり,被告に対して連絡を取らないように求めるメールを送信した。これに対して,被告は,携帯電話の電話番号とメールアドレスを変更して,Aに対して余計な紛争に巻き込まれたくないと告げた。その後,仕事上の必要から,被告は,Aに電話番号は教えたが,平成18年8月までメールアドレスは教えなかった。
(4) Aは,平成18年8月ころ,訴外会社を退職したが,その際,原告が冷たい態度であったと感じて不満を抱き,原告に対して同居生活を解消することを求めた。これに対して,原告は,このままの状態で冷静になる時間をおくことを求めた。なお,Aは,退職に当たって,職場の同僚らに対して記念品や花を贈るなどしたが,被告に対してだけは被告の誕生日のころピアスを贈った。‥(以下省略)‥。

ここまでの判示で、性交渉の有無を軸に、原告と内縁配偶者Aとの関係性を検討しています。裁判所としては、形式的な戸籍の届出に拘泥していないことがここからも理解できます。

2 争点(1)(不法行為の成否)につい
ア 原告とAは,平成15年11月に原告がAの求めに応じてAの転勤に伴って転居して同棲生活を継続した時点では内縁関係となっていたものというべきであり,平成18年7月ころには原告とAは共同でマンションを購入するなど夫婦共有財産となるべき資産を形成した上,少なくとも外形上は平成20年5月に別居するまでは内縁関係を継続している。
イ 原告は,平成18年10月20日,Aの被告に対するメールを目撃して,Aとの間で諍いを生じて,翌日には,被告に対して,Aの妻としてAとの交際を止めるように求める平成18年10月21日のメールを送信しており,当時,Aは訴外会社を退職して被告との仕事上の関係はなくなっていたにもかかわらず,原告がAとの間で諍いを生じるようなメールのやり取りをしているのであって,このときAが被告に送信したメールはAが原告に見せることを頑なに拒むような内容を記載したものであり,原告が被告とAの不貞関係を疑うことももっともである。そして,このメールについて,原告は「原告と別れるので待っていてくれ。」という内容であった旨を主張するところ,上記の事情を総合すれば,かかる事実も推認される。
ウ 平成19年1月31日ころの被告のAに対するメールは,お酒を飲む機会を排除して友人と遊びに行くことの許可を求めて,自らの行動が潔白であることを強調する内容となっており,これは,単なる仕事上の相談のために連絡していたようなものとは考えがたく,相当程度に交際が深まっている相手に対するものということができる。
 エ 平成20年1月25日ころのAの被告に対するメールは,その時点でAが被告の寝姿を知っていること,Aが被告と会って結婚や将来のことをきちんと話し合いたいと思っていること,同年4月初めころの被告とAとのメールのやり取りは,遅くともその1か月前には,Aが被告の後ろからいきなり抱きしめるなど性的な関係を含む親密な関係(いずれのメールもハートマークを使用するような関係)になっていたということができる。
 (2) 以上指摘した事情を総合すれば,被告とAは,遅くとも平成18年10月20日ころには,Aが原告と別れるのを待つように被告に告げ,その後,平成19年1月には相当程度に交際が深まった関係となり,平成20年1月以前には性的な関係を含む親密な関係となっているものであって,遅くとも平成19年中には不貞関係にあったものと推認される。
 (3) この点,被告は,原告とAは遅くとも平成19年末ころには内縁関係が形骸化しており,平成20年1月初めには外形的実態も失われていたこと,その後の平成20年3月中旬ころから被告はAと交際するようになった旨を主張する。しかしながら,上記のとおり平成19年中には不貞関係にあったものと推認されるところ,平成20年3月中旬ころから交際を開始し,にわかに性的な関係を含む親密な関係となったとは到底考えられず,他方で,平成20年5月の別居により決定的に内縁関係が破綻したものといえるが,それ以前に,被告とAの交際の点を除いて内縁関係が破綻したと断定することも困難であることからすれば,被告の主張は採用できない。

4 若干の疑問

 この裁判例は、原告と内縁配偶者Aとの諍いに言及しつつも、平成15年11月以降、平成20年5月の別居に至るまで一貫して内縁関係があったことを認めています。

内縁関係であっても不貞関係が成立していることを認めているようですが、不貞行為があったから内縁関係が破綻したとも考えていません。通常の法律婚(夫婦関係)であれば、不貞行為の存在が夫婦関係の破綻に至ったのか、それとも不貞行為の時点で夫婦関係が破綻していたのか、は大きな争点になりますが、この裁判例では内縁関係の終了を別居時点に求め、継続して内縁関係にあることを認めているようです。ただし、内縁関係にとどまっていることは、多少の減額事由として考慮されてしまっています。

被告がAと不貞関係となったことは,原告とAの内縁関係を破綻させた原因となっているというべきであり,原告が被った精神的損害も甚大であるということができるが,そもそも原告とAの関係は婚姻届出することに障害は見当たらないにもかかわらず内縁関係のまま止まっていること,原告の態度に対するAの不満も内縁関係の破綻の一因となっていると考えられること,不貞関係の形成には被告に比してAの方がより積極的に働きかけていること等の本件に現れた一切の事情を総合考慮して,原告の精神的損害に対する慰謝料は150万円が相当である。そして,これと相当因果関係を有する弁護士費用は15万円が相当である。

内縁関係のままでいることは、220万円の原告の請求に対する減額事由の一つになっています。また、内縁関係の破綻は原告の態度にもあると指摘し、さらに被告ではなく原告の内縁配偶者の積極的な働きかけを考慮し、70万円の請求額からの減額を認めています。

内縁関係にとどまっていることが本当に慰謝料の減額要素にあるのか?積極的な働きかけの有無を考慮するのはよいのか?多少違和感はあるものの、内縁関係にとどまっていることを根拠に、慰謝料請求を認めない判断はしていないと言い切ることができましょう。

参考までに、積極的な働きかけの有無は判断の対象とすべきではないとする記事を合わせ紹介しておきます。



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