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不倫裁判百選86証拠がなくても高額を獲得した事例

0 はじめに

不倫裁判百選では、証拠の存在とその内容の吟味をおおく扱ってきました。今回の記事は、「証拠が多くはない」と裁判例に言わしめているものの、それでも、385万円の支払いを命じた事例をご紹介いたします。

証拠がなくてもあきらめるべきでないことがよくわかります。

1 事案の概要および当事者の主張

東京地方裁判所において令和元年6月10日に出された裁判例は、被告に対し、385万円の支払いを命じています。


(1)原告(昭和53年○○月○○日生)及びc(同年○月○○日生)は,平成19年6月23日に婚姻し,長男d(平成21年○月○○日生)及び二男e(平成23年○月○○日生。以下,長男及び二男を併せて「未成年者ら」という。)をもうけた(甲5)。
(2)被告は,平成29年8月頃,cと知り合い,現在,同居している。‥(以下略)‥
原告の主張

(1)被告は,cと知り合って以降,不貞関係を持つに至った。それまで,原告とcとの間の夫婦関係は良好であったが,平成30年1月中旬頃,cは,突如として原告に離婚を迫るようになり,離婚の原因が原告にあるかのように責め立てた。そのため,原告は,一旦はやむを得ず同年3月14日付け離婚協議書(以下「本件離婚協議書」という。)の作成に応じたが,その後,次の(2)の経緯によりcの不貞を確信し,離婚届不受理申出をした。他方で,cは,同月16日から未成年者らを連れて原告と別居しており,被告は,同日以降,現在に至るまで,c及び未成年者らと同居して生活し,cとの間で不貞行為を継続している。
(2)被告は,cと共謀の上,平成30年3月15日,原告がcの夫であることを知りながら,あたかも原告がcにストーカー行為を行っている不審人物であるかのように装い,警察に通報した(以下「本件通報」という。)。これにより,原告は,自宅前で警察に連行されて取調べを受けることとなり,自尊心を大きく傷付けられるだけでなく,連行される様子を友人に見られたことにより,その名誉も著しく毀損された。‥(以下略)‥
被告の主張
(1)被告がcとの間で不貞関係にあった事実は強く否認する。
 原告とcとの間の婚姻関係は,平成29年頃から既に悪化しており,離婚の話もたびたびされるようになっていたが,cとしては,平成30年夏頃に離婚することを想定していた。これに対し,原告は,早期の離婚を望み,同年3月に離婚することとなったため,別居の資金に乏しいcは,かねてより婚姻生活上の悩みについて相談していた被告を頼り,被告名義で賃借した住居に居住することとなった。しかし,これを知った原告は,常軌を逸した様子で被告に電話を架けたり,無断で二男に会ったりしたため,cは,被告に同居を求め,被告は,同月23日以降,同居に応じた。
 このように,被告がcと同居するようになったのは,原告とcとの間において婚姻の実態が失われた後のことであるから,このような同居は,原告に対する不法行為には当たらない。
(2)被告が原告をストーカーとして警察に通報したことは事実であるが,被告は,原告のことを原告がcの尾行を依頼していた第三者であると認識しており,同人から特段の弁解もなかったことから,同人の行為がストーカー行為に当たると考えて通報した。したがって,被告の通報は虚偽通報には当たらず,不法行為を構成することもない‥(以下略)‥

2 裁判所の判断

(1)原告とcとの婚姻関係
‥(前略)‥イ 平成29年9月9日未明,cがクラブで知り合ったという被告とLINEで親密なやり取りをしていたことが原告に発覚し,原告は,そのことをcに問いただした。このことがあってから,cは,原告との離婚を意識するようになったというが,その後しばらくは,原告とcとの間の日常的なやり取りに特段の変化は見られなかった。
 もっとも,平成29年10月半ばになると,原告は,cに愛情がなく,従前と異なり原告が仕事で不在にしていた方が都合がよいと思っているのではないかと感じるようになり,他方で,cは,現在の仕事や生活にストレスを感じ,友人と飲むなどとして夜遅くまで出掛ける頻度が顕著に増えた。同年11月3日にも,深夜から朝方に至るまでcからの応答がなかったことから,原告がcの浮気を疑ってcの友人の夫に直接LINEをしたのに対し,cが強く抗議するということがあった‥(中略)‥
エ その後,原告は,平成30年3月3日頃,知人から,c及び被告が親しい男女関係にある様子を目撃したとの連絡を受けて,cが被告と不貞関係にあるとの確信を強め‥(中略)‥

(2)被告とcとの交際状況
ア 被告は,平成29年8月頃,友人と一緒にクラブに来ていたcを介抱したことを契機として知り合い,その後,cとの間でLINEのやり取りを続けていたが,cが原告との婚姻生活上の様々な悩みを相談するにつけ,徐々に親密なやり取りをするようになっていった(甲8,乙6,証人c,被告本人)‥(中略)‥
(4)本件通報に係る出来事
ア 平成30年3月15日朝,原告は,東京都江戸川区役所に離婚届を提出する振りをしようと,自宅を出て自転車で区役所まで赴き,離婚届を提出しないまま自宅に戻ってきた。
 他方で,cは,原告が出掛けている間に自宅を出て,被告と共に離婚後の氏の選択,住民票の変更,児童手当等の手続をしに行こうと考えていたが,自宅マンションの前でちょうど区役所から戻ってきた原告に目撃されたことから,被告との待合せ場所であった近くのコインパーキングに逃げ込んだ。
 これを見た原告は,一旦自転車を自宅マンションの駐輪場に置いた上,そのコインパーキングに向かい,車の陰に隠れていたcに声を掛けた(以上につき甲18,乙6,証人c,原告本人)。
イ これに対し,被告は,原告が第三者に依頼してcを尾行させている可能性があるとして,原告の自宅マンションの周辺で監視をしていたが,cが上記のコインパーキングに逃げ込む様子を見せたことから,これを追いかけた。
 そして,被告は,原告がcに声を掛けた瞬間,その背後から声を掛け,原告の氏名等を確認することも,cに誰であるかを確認してもらうこともなく,原告のことをストーカーであるとして警察に通報した。
 その際に,被告は,cを追いかけていたのが原告からcの尾行を依頼された第三者であるという前提で話をしたことから,被告と直接の面識のない原告とは話がかみ合わず,原告において,その場で自分はcの夫であるといった明確な弁解をしたり,被告に抵抗をしたりすることもなかった。また,cも,原告のことを睨むばかりで,原告のことを夫であると伝えることはなかった(以上につき甲18,乙4の1~6,証人c,原告本人,被告本人)。
‥(中略)‥2 検討
(1)原告は,cと被告との間に不貞関係があったと主張するのに対し,被告は,これを否認して争っている。
 そこで検討するに,本件証拠上,cと被告との間で不貞行為がされた事実を直接明らかにする証拠はなく,少なくとも被告がcと知り合ってからしばらくの間は,男女の関係にまでは至っていなかった可能性を否定し得ない。
 他方で,前記認定事実によれば,cは,平成29年10月半ば頃からは,友人と飲むなどとして夜遅くまで出掛けることが増え,原告が出張等により不在となる日を心待ちにする様子もうかがわれる状況にあった‥(中略)‥現に同年3月16日にcが原告と別居した後,わずか1週間で実際に被告もc及び未成年者らと同居するに至っていることからすれば,c及び被告は,cが離婚の意思を明らかにした時点で既に,未成年者らと共に同居して生活することを前提とするほどの親密な関係にあったものと認められる。
 これらの事実経過に加え,c及び被告が実際に男女として親密な関係にある様子が目撃されていることに照らせば,c及び被告は,遅くとも平成30年1月21日頃までには,不貞行為に及んでいたことを優に推認することができる‥(中略)‥
 これに対し,被告は,原告と面識がなく,原告がcの尾行を依頼した第三者であると思って本件通報をしたと主張するが,対象者の顔も分からないのにcと別行動で当該第三者の監視をするというのはそもそも不自然である上,被告が原告に声を掛けた時点で,原告の氏名等を確認することも,cに誰であるかを確認してもらうこともせず,原告のことを一方的にストーカーと決めつけて警察に通報するというのは極めて不自然である。また,cにおいても,当然に原告のことは知っているのであるから,被告において原告のことを上記第三者であると思い込んであるのであれば,これを正すべきであるところ,警察に通報するまでの間,そのような言動には出ていない。これらの事情を踏まえれば,この点に関する被告の供述及びcの証言をにわかに信用することはできず,むしろ,前示のとおり,被告は,原告であると知って本件通報をしたものと推認されるから,被告の上記主張は理由がない。 
(4)以上のとおり,本件では,cと被告との間で親密なやり取りがされるようになり,やがてその関係が不貞行為にまで至る中で,原告とcとの婚姻関係が悪化の途をたどり,最終的に破綻するに至っているところ,c及び被告は,その後間もなくして,原告及びcがいまだ夫婦であるにもかかわらず,本件新居で未成年者らと共に同居を開始しており,被告は,未成年者らの教育等にも父親代わりとして積極的に関与していることがうかがわれる。
 他方で,原告は,夫婦生活の中で自身に非が全くないわけではないものの,突如として半ば一方的にcとの間の婚姻関係の破綻及び別居の開始を余儀なくされ,本件面会交流調停に至るまで,未成年者らと交流することも不可能な状況に置かれていたのであるから,原告に生じた精神的苦痛には計り知れないものがある。
 そして,前示のとおり,原告は本件通報によりストーカーと名指しされたこと,未成年者らの現在の様子に特段の問題は生じていない様子であること,原告において本件に関する調査費用として26万4600円を支出していること,被告は平成30年5月まで既婚者であったこと等の本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると,cと被告との間の不貞関係を直接的に明らかにする証拠がないことを踏まえても,これにより原告に生じた精神的苦痛を慰謝するのに相当な金額としては,350万円を下らないものと認められる。
 また,これと相当因果関係のある弁護士報酬相当額としては,35万円と認めるのが相当である。

3 若干の検討

原告の主張する事実に対し、ひとつひとつ肯定するような評価・判断を加え、離婚裁判百選では珍しい表現「不貞行為に及んでいたことを優に推認できる」といまで言わしめています。

しかも、「被告は,原告と面識がなく,原告がcの尾行を依頼した第三者であると思って本件通報をしたと主張するが,対象者の顔も分からないのにcと別行動で当該第三者の監視をするというのはそもそも不自然である」「原告のことを一方的にストーカーと決めつけて警察に通報するというのは極めて不自然」とまで言い切っている珍しい件とまでいえましょう。

他方で、夫婦生活の中で自身に非が全くないわけではないと指摘し、原告側の主張を容れるにしても、多少原告側の態度を批判している箇所はバランシングの問題だとは思いますが、「cと被告との間の不貞関係を直接的に明らかにする証拠がない」本件のような場合でも、385万円の慰謝料請求が認容される本件のような事例もあるのです。

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