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脳出血入院記(21)~2024年1月 1年後

 2022年6月に脳出血で倒れて入院し、2022年10末に退院し、しばらく実家で暮らして、2023年3月から一人暮らしを再開した。
 そして、2024年1月。普通に生活するようになって、およそ1年が経った。

 退院後も定期的に病院へ行っている。今のところ脳出血の再発の危険性はないと言われている。血圧は正常値の範囲で安定している。色んな検査をするが、他の病気も特に見つからずその予兆も何もない。今のまましっかり気を付けた生活を続けていれば健康上の心配は何もない。僕は身体が動きづらいだけで、その辺の人よりよっぽど健康だ。
 ただ、ほのかな恐怖心はずっとある。急に倒れて動けなくなって入院したあの日の恐怖を忘れることはないだろう。その後の入院生活での様々な体験を忘れることもないだろう。何をする時も「また倒れるんじゃないか?」「今度は死ぬんじゃないのか?」という恐怖心との戦いがある。きっと、生を諦めて死を受け入れる最後の瞬間までこの戦いは続くのだろう。

 身体は日常生活を送れるくらいには動けるようになった。退院した直後の頃と比べると格段に物凄くよく動ける。
 麻痺してた左足はかなり力を入れられるようになり体重を掛けられるようになった。杖を使ってはいるけど、何の躊躇もなく外に出て歩ける。デコボコの砂利道や坂道でもゆっくり気を付ければ歩ける。冬に雪が積もっている中は歩けないけど、踏み固められた雪の上なら物凄くゆっくり物凄く気を付ければ冬でも外を歩ける。以前のように普通にスタスタ歩くことは難しいけど、「歩けない」と「ゆっくり気を付ければ歩ける」は全く違う。

 室内の平らな床の上なら杖を使わなくても自分の足だけで歩けるようになった。スムーズではなく、ヨイショ、ヨイショ、という感じでぎこちない歩き方になるけど、自分の足だけで歩ける。歩く練習を続けて、室内ではスムーズに歩けるようになってやる。そして外でも自分の足だけで歩けるようになってやる。それが今の目標だ。
 ただ、今もまだ左足の足首と指は動かせない。ものすごく難しい。ただ、学生の頃に捻挫して足首を固定して力を入れられなかった経験が何度もあるので、その状態が長く続いているだけだと思えば、足首と指が動かなくても歩くことはできる。でもこの状態は何かと不便なので、何とか頑張って動かせるようにしたい。

 左足に比べると、左腕はなかなか動かない。
 肩に力が入るようになって、上体を前後左右に動かしても腕がブラブラせずに身体の横に左腕を固定できるようになった。座っている時に左腕を動かしてポジションを少し変えることもできるようになった。これだけでも日常生活はでかなり動きやすくなった。
 肩の力は、頑張れば腕を水平くらいまで自力で上げられるようになった。でもそこから更に上げるのは難しい。肘も水平くらいまでは頑張って上げられるけど、そこから更に上げることはできない。手首は頑張って力を入れて固定はできるけど、動かすことはできない。

 左手の指は、自分で力を込めて動かして握ることはできるが、自分で動かして開くことはできない。でも、指の力が抜けるようになって、いつの間にか自然と半開きのような状態になっていることがある。以前は指に無駄に力が入っちゃっていつの間にか握ってしまっていたので、その頃に比べると、これは進歩と言える。指の力が抜ける感触を覚えて、自分の意志でこの状態に出来るようになれば、自分で指を開けるようになって、指を動かせるようになるはず。
 左腕を日常の様々な作業に使うことはまだできない。ただ、左腕に多少の力を入れることはできるようになったので、上から物を押さえることはできる。細かい作業をするのは右手だけど、その物が動かないように左手で押さえられる。これだけでもとても便利だ。ドアを閉める時に左手で押すこともできる。少しずつだけど、左腕で出来ることは無理矢理にでも左腕にやらせるようにしている。そして、やれることを増やしていこう。まだまだ道のりは遠いけど、頑張ろう。

 車の運転が出来るようになったのは本当に良かった。行動範囲を広げて、以前とほぼ変わらないくらい外出できた。北海道内の色んな所に行って、北海道内の主な動物園と水族館はほぼ全て行った。
 地元の旭川市の旭山動物園にはほぼ定期的に月1回は行った。
 比較的近いところでは、札幌市の円山動物園、ノースサファリサッポロ、AOAO SAPORO、サンピアザ水族館、小樽市のおたる水族館、千歳市の千歳水族館、北見市の北の大地の水族館、紋別市のアザラシランド、アザラシシーパラダイス、オホーツクタワー、帯広市のおびひろ動物園。
 遠いところでは、稚内市のノシャップ寒流水族館、標津町の標津サーモン科学館、釧路市の釧路市動物園、くしろ水族館ぷくぷく、登別市の登別マリンパークニクス、室蘭市の室蘭民報みんなの水族館。
 等々。行きたかったけど行けなかった熊牧場、観光牧場、動物公園などがまだまだあるので、来年度の夏にはもっともっと色んなところに行きたい。

 一番遠い所だと片道4~5時間かかったけど、色んなところに走り回ってみて、運転は出来る、ということが分かった。自分の身体がもっと動くようになれば、どこまでも行って何でもできそうだ。
 ただし、事故ってしまったら、その原因が何であったとしても「僕の脳出血が原因」と言われて今後の運転を禁止される恐れがある。だから、絶対に事故らないように安全運転を心掛ける。

 良いことばかりじゃない。腹の立つこともあった。
 退院してから久々に色んな人に会ったりもしたが、酷い言葉をぶつけてくる奴もいた。
「まだそれしか動けないの?自分でトレーニングしてないの?」
「この辺が限界でしょ。これ以上やり続けても無駄」
 他にも色んなことを言われた。まだまだたくさんある。
 言ってきたのは全然知らない部外者とかじゃなくて、身近な人や仲良いと思っていた人だ。
 言われた言葉も、言ってきた奴も、僕は絶対に忘れない。その時に同席していて、僕が怒って反論してる時にスルーした奴のことも絶対に忘れない。

 毎日ずっと地道にリハビリのトレーニングをして、何日も続けても動かなくて、それでも何日も続けているとちょっとだけ動かせる時がある。でもやっぱり思うようには動かせない。たまにちょっとだけ動かせる。その繰り返し。その「ちょっとだけ」の繰り返しが積み重なって自分で動かせるようになっていく。
 そういうことを全く理解していない人が多い。書籍やインターネットなどを見ただけで全て分かった気になって、上っ面の薄っぺらい知識だけで全く的外れなアドバイスや提案を上から目線で言ってくる。
 僕の「やっとこれくらい動くようになれた」というポジティブな気持ちと、他の人の「まだそれだけしか動かないの?」というネガティブな決め付け。完全に真逆のギャップ。実際に自分で経験して自分でやっている僕とは恐ろしい程の意識の乖離がある。

 僕が障害者認定の様々な優遇を受けていると決め付けて「楽して得できていいねぇ(笑)」というような嫌味を言われたこともあった。
 僕は障害者認定を受けてないし、もしも受けられて様々な優遇があったとしてもそれは正当なものであり嫌味を言われるようなことではない。

 たまに「悪気はないから」って自己主張する人がいるけど、悪気がなければ何を言ってもいいわけじゃない。それが人を傷つける悪い言葉だと気づかずに言っているのなら、むしろタチが悪い。「仲良いから言ったただの冗談だよ」とか「わざと厳しい言葉で発破を掛けた」とか後から言い訳して来る人もいるけど、そんな後付けの言い訳は全て嘘だろ。馬鹿馬鹿しい。
「あなたに言われた厳しい言葉のお陰で頑張れました」なんて絶対に思わない。絶対に。
 言われて嫌なことは絶対に嫌なのだ。どんな状況でも、どんな相手でも、どんな理由でも、人のことを舐めて小馬鹿にしてきたり嫌味を言ってきたりする奴は大嫌いなのだ。
 いつかそいつらの身体が動かなくなった時が来たら、僕が言われた言葉をそのまま返してやる。そいつの周りをスタスタ歩きながら上から目線で「動けないの?」って言ってやる。
 その時が楽しみだよ。喧嘩上等。
 それまで地道にトレーニングをしっかり続けて、バリバリ動けるようになってやる。

 左腕と左足に麻痺が残っている状態で春から一人暮らしを再開したけど、どうにかなった。
 無理矢理にでもやろうと思えば何とかなるし、何回もやってるうちに無理矢理じゃなくて普通にやれるようになる。どんなことでもやっぱりやってみなくちゃ分からないんだよ。どうにかしてやろうと思えば、どうにかなる。

 でも、冬になって雪が降って積もると、色々と難しくなってしまった。僕が住んでいるアパートの周りは市の除排雪が滅多に入らないので、いつも道路がグシャグシャで車1台がどうにかギリギリ通れる程度の幅になる。だから、近所のコンビニに歩いて行くことすら難しくて、ゴミ集積所にゴミを持って行くことすら命懸けになる。
 僕は車の運転が出来るので、アパートの周りのグシャグシャの道路さえ脱出できれば後は安全運転で買物などに外出できる。除雪されて踏み固められた雪の上なら歩けるので、外出先のお店の駐車場が綺麗に除雪されていればお店まで歩ける。でも、駐車場が綺麗に除雪されていないと、駐車場からお店に行くのが難しい。色んなところに行ってみて、駐車場を常に綺麗に除雪してくれているお店が分かったので、冬の間はそういうお店にだけ行くことにした。
 アパートの敷地内は、住人が自分で除雪することになっている。自分の部屋の玄関の前と自分の車を停める駐車場のスペースは自分で除雪する。ものすごく大変だけど、どうにか頑張って除雪する。
 麻痺が残っている左手で除雪用スコップを持って支えることができないので、基本的に右手のみでスコップを持って除雪する。スコップの柄を脇に挟んで固定すると、片手でも結構なんとかできる。
 麻痺が残っている左足には力を入れて踏ん張れるようになったので、雪の中でグッと踏ん張ってその場に立ったまま雪かきする。届く範囲の雪かきをしたら、ちょっと歩いて移動して、またグッと踏ん張って立って雪かきして、また移動する。その繰り返し。除雪専用のスノーダンプとか使って一気に除雪することは出来ないけど、ちょっとずつ地道にやっていけば除雪はできる。どうにかしてやろうと思えば、どうにかなる。
 あとは、雪が降らないように祈る。雪が降らなければ雪かきしないでいい。ただただ祈る。

 大変な冬だけど、冬ならではの楽しみもある。
 先日、冬の旭山動物園へ行ってペンギンの散歩を観覧した。
 真冬の1月に旭山動物園へ行ったのは2年ぶり。ものすごく寒くて、寒くて、最高に楽しい。
 雪の上でも、綺麗に除雪されて踏み固められたところなら歩ける。ペンギンの散歩を見ながらコースの脇を何回も行ったり来たり歩いて、色んな場所から写真や動画も撮って楽しんた。
 旭山動物園でペンギンの散歩をするのは冬に雪が積もっている間だけ。冬だけのお楽しみ。真っ白な雪の中を歩いていくペンギンはむちゃくちゃ可愛い。この光景を自宅から片道30分程度で見れる幸せ。
 旭山動物園は園全体が坂になっていて、雪の斜面の登り降りはちょっと怖いので、園内を歩き周るのは断念。この日に見たのは、散歩するペンギンと、その散歩コースのすぐ近くにいるキリンとカバ、この3種類の動物だけ。でも久しぶりの冬の旭山動物園は楽しかった。
 雪の上をたくさん歩けて自信も付いた。来年の冬までにはもっと歩けるようになろう。トレーニングする目的がまたひとつ出来た。頑張ろう。

 退院してから車の運転を再開できたのは去年の4月の中旬だったので、去年は春の始まりがちょっと遅かった。でも今年はもう車の運転できるようになってるから、3月になって雪が溶け始めたらすぐに春を始めよう。たくさん遠出して色んなところに行こう。
 日帰りできないくらいの遠くに行って、ホテルに泊まってみよう。バスやJR、札幌の地下鉄にも乗ってみよう。飛行機にも乗れたらいいな。
 やるのが難しいことはあるけど、やれないことは無い。やりたいことは全部やる。やってやる。
 左腕と左足は動きずらいけど、家の中で静かにしてるつもりなんてない。僕は外へ出る!

 僕が思ってることを正直にぶっちゃけて言うと、僕がこんなに動けるようになるなんて誰も思ってなかったでしょ(笑)
 僕が動けるようになるって信じてた人はこの世の中に1人もいない。誰もいない。
 だけどそれでも僕だけは僕が動けるようになるって信じてた。
 誰もいなくても、僕だけは信じてた。
 倒れて入院してからずっとそう。
 ずっと僕は1人で戦ってきた。
 これからも1人で戦ってく。
 誰も信じていなくても、僕だけは信じて1人で戦い続ける。

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