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座席お-21
大牟田の映画館は重いドアの向こうだった
暗闇の中 席をたどる
錆びたゴツゴツの真鍮の座席表
あいうえおのお 1234・・21番
ここだと真鍮を擦って 座る
目の前の席に太ったおばさん
はみ出している
館内は煙草の匂い
煎餅やらキャラメルやら
女の香やら 
鼻歌もある 肌から滲み出る汗のすえた匂い
大牟田 ここは 真っ黒
石炭がまだ産業の真ん中だった頃
混じりあい 粘つく 湿気
絡みつく赤旗やらハチマキやら
嬌声やら叫び声やら
なにもかもが放り込まれた映画館は
どうと笑い どうと動き 
フイルムの回るカタカタという音だけは
妙に冷静で
あのどうしようもない爆発前の
毎日卑猥なことやらつまらない冗談やら
今日の買い物やら給料日があと何日かやら
そんなものに囲まれて
子どものぼく は 
なにもかも 流れる
その中で
ただ風に打たれているだけだった

あれから もう50年以上が過ぎて
映画館はどこにあったのか
名前も場所も思い出せず
背の高かったじいやと 
ただ線路を渡って歩いて行った記憶しか
残っていない

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