詩)2023年8月25日の幻
あれは間違いなく母から電話であった
留守電には
2023年8月25日一件の留守電があります
という信号音のあとに
激しい振動音
グワアアングルガゴーン
ガラグルガラグル
擦れ 回り 傷つき
崩れ ながら
グワグワと流れる
水流のぶつかり合う音が聞こえ
「アーアー◯◯◯◯」と
母の口から
噴き出すように
「アーアーアー」と
言葉にはならない
形にならない声が聞こえ
プーップーップーッと
留守電は消えた
「宮城県警は東松島市で2月17日に見つかった身元不明遺体が、10年前の東日本大震災で行方不明となっていた、同市のOさん=当時(61)=と判明したと発表した。
ほぼ全身が残る白骨遺体が発見され、歯型やDNA型鑑定の結果から、身元を特定した。」
母はあの日
震災で行方不明となった
あの日の記憶から
ただ毎日が過ぎていく
ただそれだけのこと 記憶
昨日なにを食べたかさえ覚えていない
あの空気
あのひとの寄り合う雰囲気
めんどくさくて好きじゃなかった
のんびりと一人で本でも読んでいたかった
あんまり知らない人が家にやってくる
あいさつするそれがめんどうだった
でもそれは
今 思えば
「社会」だったとだと
思う
母は何かを言いたそうだった
アーアーと口を開き
なにかを確かめるように
おまえらはなにも言わないのかい
おまえらは黙ったままなのかい
おまえらは
ドドドドドと波が襲ってくる
あの日
あんなに誓った言葉はもう
波間にさえ見えなくなり
その代わりに
福島第一原発の
汚染水がこれから最低30年
流され続ける
母ちゃん
おれはなにをすればいいんだろう
母ちゃんの気持ちはわかり過ぎるほどわかる
でもおれになにができるんだろう
夜の闇を見つめ
泣くことも出来ずに
今日をやり過ごす
2022年に詩集を発行いたしました。サポートいただいた方には贈呈します