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父が死んだ時 母は居なかった
22歳からずっと一緒に暮らしてきたのに
最期は離れ離れだった
(死ぬところを見られたくなかったからよ)
母は意外なほどサバサバしていた

まだ父が元気な頃
父と母を鰻を食べに連れていった行った
鰻重特上
もう食べられなくなるかもしれないと思い
いちばんいいものを食べてもらおうと「特上」を頼んだ
その場で鰻をさばき 蒸して焼く
鰻を焼く香りが店中に充満し
頭の中は柔らかくて厚みがあるタレの沁みた鰻とご飯で満たされる
匂いだけで鰻を食わせる落語のネタを想いだす
1時間を過ぎた頃 鰻が焼きあがり
運ばれて来た鰻
それは特大でなおかつ二段重
特上とは大きさのことだったのだ
父はその特大の鰻をためらうことなく全部食べた
「これは 美味いわあ」
とはっきり言った

父の葬儀の時
母は
会食にでた海老の天ぷらを美味そうに食べた
少しズレた入れ歯で
少し顔をゆがめ
大きく口をあけギシギシと口で海老を砕いて食べた
「元気でるわ 食べると」そう言って食べた
「食べなきゃいけないからよ」
ひとりで誰かに教えるように言った
誰かに聞こえようと 聞こえ無くとも
そう言って 食べ続けた

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