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夏以外に味わっても美味しい、『すいか』

ドラマ『すいか』は2003年、日テレ系で放送された全10話・各話1時間放送の連続テレビドラマである。脚本は『野ブタ。をプロデュース』『Q10』などを手がけた木皿泉が担当した。放送当時は視聴率が振るわなかったものの、DVD-BOX・Blu-ray BOXの他シナリオ・ブックが文庫化されているなど、ドラマファンの間では今でも根強い人気を誇っている。

信用金庫で働く34歳の主人公OL・早川基子を演じたのは小林聡美だ。基子は10年以上の間、信用金庫で退屈を感じながらも働いていたが、ある日突然、同僚兼友人の馬場万里子(小泉今日子)が職場で3億を横領していたことが発覚し、逃走してしまう。

その日を機に深く傷ついた基子の人生はゆるやかに変わっていくことになり、2話では共依存の関係であった実家の母親から離れ、都内の三軒茶屋のまかない付き下宿屋で初めての一人暮らしをスタートする。

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この下宿屋の住人たちもまた傷を抱えながらも個性的に生きており、基子の人生に大きく関わっていくのだが、『すいか』でのキーパーソンは間違いなく馬場万里子だ。

一人暮らしを始めても信用金庫に勤め続ける基子の人生は、視聴者から見ると平凡そのものである。基子は34になってもやりたいこともなりたいものもなく、一日一日些細なこと(だが本人にとっては至って真剣で、おそらく視聴者も共感しうるであろうこと)に悩みつつも、ある意味平和に生きている。

それに対比するように、3億を横領したことで執拗な警察の追跡から逃げ回る万里子の様子が、本作では全10話にわたり描かれていく。万里子と基子は警察の目をかいくぐり、時たまハガキや電話で連絡をとっているが、万里子は日常に戻りたくても決して戻れない。基子・あるいは私たちが普段忘れてしまっている「日常」の価値が、万里子には痛いほど分かるのである。そしてまた私たちも、万里子の視点を通して当たり前の日常に価値があること・幸せがあることを再発見せざるを得ない。

個人的に一番共感出来たのは、下宿屋の住人の一人・エロ漫画家の亀山絆(ともさかりえ)だ。絆は双子の姉と4年前に死に別れていて、姉の死を乗り越えられずにいる。姉の死後、姉を溺愛する父親に姉の名前でしか呼んでもらえず一人暮らしをしている経緯がある。基子には万里子しか友人がいなかったが、絆は全話を通して基子の友人的存在になってゆく。

他にも、一見明るいが母親が自分を置いて男と駆け落ちした過去を持つ、大家の芝本ゆか(市川実日子)、学生の頃から長年下宿屋に住み続けている大学教授の﨑谷夏子(浅丘ルリ子)などが登場し、基子の人生を変えてゆく。特に人生経験豊かな夏子が基子たちに向けて発する言葉は、はっとさせられるものが多く、ある意味でセラピー的な部分すら兼ね備えている。ドラマ全編を通して言えることだが、『すいか』は台詞一つ一つにセラピーのような要素が強く、木皿泉の脚本は『野ブタ。をプロデュース』などを見てもそういった台詞が見受けられるのだが、『すいか』は特に秀逸な言葉が多い。

2003年の放送当時は時代錯誤ともとれたまかない付き下宿屋の舞台も、結婚という選択肢が絶対ではなくなった2023年の現在に見ると、新しい生活形態にすら見える。主人公が結婚よりも女性同士の友情や生活を優先するという点は、最近同じく日テレ系でヒットしたドラマ『ブラッシュアップライフ』にも近い。

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最終回の10話で基子と万里子は一瞬の再会を果たすのだが、海外に高飛びする前の万里子の台詞を最後に載せたい

 「早川のさ、下宿行ったときさ、梅干しの種見て泣けた」「朝ごはん食べた後の食器にさ、梅干しの種がこう、それぞれ残ってて。なんかそれが愛らしいっていうか、つつましいっていうか。生活するってこういうことなんだなぁって思ったら、泣けてきた」「掃除機の音も、すごい久しぶりだった。お茶碗とお皿が触れ合う音とか、庭に水まいたり、台所に行って何かこしらえて、それをみんなで食べたりさ。なんか、そういうものみんな、あたしにはないんだよね。そんな大事なもの、たった3億円で手放しちゃったんだよね。」 

自分の日常や人生に疑問を持つ人に、ぜひ一度見てもらいたい作品であると同時に、私自身も人生につまづいた時に何度も見返したくなるドラマだ。






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