基礎研究と医学部

医学部は教育機関であると同時に研究機関であり、更に大学病院という医療機関を担う組織である。この組織には~研究室、~科(内科・外科等)、医局、等種々の集団を含み、また、医学部というと学部だけでなく医学系の大学院を含んだものを指す場合も多い。大学によっては、医師ではなく看護師等のコメディカルの教育を担う組織を伴う。医師の養成に加えて大学病院を中心に行われる臨床研究は医学部の大きな役割であるが、基礎研究を行う研究室も多く存在することは良く知られたことだろう。組織とその構成員にオーバーラップが多く、学部→修士課程→博士課程といった典型的な進路を進む学生が極めて稀であることから、理学部や工学部といった他の理系学部から見ると、分かりづらいところは多いのではないだろうか。

どうやってMD PhD(医師・医学博士)になるのか

旧帝国大学を代表とする国公立大学には、医師免許に加えて医学博士を取得する学生が多い。さらに医学部卒業後に「研修医」の期間が存在することは一般の方でもご存じだろう。彼らはどのような流れで医師・医学博士になるのか。

プレゼンテーション1

医学部から初期研修

医学部だけでなく獣医学部や薬学部を含む6年制の課程を卒業すると、「修士相当」という扱いを受けることになる。そのため、6年制学部を卒業すると、修士課程を経ずに大学院博士課程に入学が可能になる。医学部を卒業する際に医師免許を取得した後の課程に、医師・医学博士の特殊性がある。現在の法律では、医師免許を取得しただけでは医師として勤務することはできず、初期研修を修了しなければ、病院の医師として働くことはできない。そのため、いわゆる就活と同様の流れで医学部6年生の間に初期研修を行う病院を決定し、卒業後はそこで初期研修を始める。制度上は博士課程への進学に初期研修は必要ないため、卒業と同時に博士課程に進学することはできるが、医師免許を持っていてもそれを使う勤務ができないため、初期研修を経ずに博士課程に進学する学生はいないに等しい。

初期研修を終えた若い医師を待ち受けるのが、専門医制度である。この制度は最近改正され、今の助教以上の世代と現在初期研修や学部にいる世代とでは事情が多少異なる。将来的に~科医と呼ばれるある診療科を専門とする医師として働くには、専門医試験を通過し免許を取得することが必要になってくる。専門医になるためには、専門医試験の成績だけでなく、その診療科での経験年数・診療件数などの条件も満たさなければならない。また、すぐに専門医を取得するのではなくとも、自立した医師としてどこかの診療科で働くには初期研修だけでは不十分であり、初期研修後の病院勤務が必須となる。

病院から大学院へ

初期研修と数年の病棟勤務を終え、博士号を取得しようとした医師は、「大学へ戻る」ことになる。

将来特定の診療科の臨床医として働こうとしている場合、多くは各科の医局に入局することになる。医局は各科の医師の集団を指すと考えてよい。入局直後は「医局員」としてその診療科で臨床医として勤務するか、大学院博士課程に入学し、大学院生として研究をしながら臨床業務を行うことになる。この医局員の間に専門医試験のための要件を満たすように診療に従事する。大学院生の場合は、その研究内容は基礎研究に近づいたものになることが多い。大学の診療科というのは~研究分野(〇〇研究室)という一面も兼ね備えており、診療科のトップというのはその研究室の教授である。大学院生になると、その研究室や他の基礎医学系研究室で実験室での実験を行い、学位取得を目指す。しかし彼らには臨床業務も医局から義務付けられており、大学病院もしくはその大学病院の関連病院とよばれる周辺地域の市中病院(入院や検査ができる大きな市立病院など)に派遣され医師としての業務を行う。実験室での時間と病院での時間とのバランスはまちまちであるが、多くの場合、平日朝から昼間は病院で勤務し、夜や休日に実験を含む研究を行う。もちろん、時に当直医として夜勤をする。割く時間が短くとも大学院生としての身分は他学部出身者・医師免許非所持者と同様であり、同じ要件を取得し同様に審査を受けなければ学位をとることはできない。

大学院卒業後

博士号を持っているということは、将来大学や病院で出世するには必須の条件である。そのため、大学院生としての研究テーマが基礎的なものであっても、本来興味や意欲があるのはあくまで臨床診療である場合も多々ある。時には基礎医学の分野に意欲をもち、大学院卒業後には病院勤務を行わず基礎研究をしたり、病院勤務を続けながら基礎研究をおこなう研究者になったりする者もいるが、専門医制度の変更により、専門医取得にかかる年数が長くなったこと、その年数が連続したものでなければならなくなったこと、要件が厳しくなったこと、臨床医への専門医取得の要求が厳しくなったことなどの事情が生じ、そういった医師は現在では皆無である。現在基礎医学分野で教授や准教授になっている医師は、初期研修終了後に大学院を修了し、そのまま基礎研究者になった者が多い。基礎研究の分野に残る医師が著減したことに伴い、医学部の基礎分野では、医学部以外の学部出身者が教授などの教員に着任することも増えている。初期研修や大学院博士課程を経て、病院勤務を行わない研究者になる場合、その流れや待遇は他学部出身者と同様である。

昨今の基礎研究を取り巻く状況と、初期研修・専門医制度の変更に伴い、基礎医学分野を専門とする医師免許と博士号を持った者(MD PhD)は減少の一途を辿っている。各大学はこの状態を問題として医学部の学生を対象とした研究医養成コースや大学院の長期履修制度を導入したが、効果は出ていない。研究費の不足やポストの不足により、基礎研究の分野における待遇や将来性が著しく悪いことも、大きく影響している。

基礎研究における医師の役割

基礎医学というのは限りなく人体の科学であり、生物学である。その世界に医師がいる利点とは何だろうか。科学的な点は勿論、研究を運営する上での政治的・経済的利点も存在する。

研究の結果をすぐ医療へと応用できるという点は、真っ先に挙げられるだろう。基礎研究をいかに医療へ応用するかを考え実際に導入するのは、医師にしかできないことである。医療へと応用可能であると認められた研究は社会にも肯定されやすく、科学的な重要度を高めると同時に、卑近なことではあるが研究費獲得を容易にする。出身分野が違うと視点が違い新たな解釈や考えが生まれるということを経験した人は多いだろう。同様に医学部出身者の参加がその分野の多様性を高めることは言うまでもない。

研究材料としてのヒトの利用が容易になるという点もある。患者であるか健康であるかを問わず、ヒトに針を刺す、薬を入れる、といったことを決定・実行できるのは医師のみである。医師の参画は、このような行為を伴う研究の倫理審査を突破するのに必要になる。

医師の参画は、「生物学研究」だったものを「基礎医学研究」へと変えるポテンシャルを生むのである。

医学部の先

医師はある意味ヒトを専門とする生物学者である。近年の情勢は医師の基礎研究への参画を拒むばかりである。医学部の学生が、「医師の卵」としてだけでなく「研究者の卵」として認められる日が来ることを祈るばかりである。


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