実験系研究室で死なない方法:物理編

ラボで死なない方法いろいろ。特にバイオ系。

はじめに

実験機器というものは、それぞれの特殊性が高いという点に加え、「使うエネルギー量がデカくなりがち」という点を特徴とする。大きな電力や力を出す実験機器というと、物理学分野で用いるものを想像するかもしれないが、バイオ分野で用いる実験機器も、意外と大きなエネルギーを放出する。

理系学徒には言うまでもないことであるが、大きなエネルギーを消費するものというのは、大きなエネルギーを外部に放出する能力を有するのだ。エントロピーは上昇するし、エネルギーは保存される。

以下、多くのラボにあり、人を殺す可能性のある機器を見ていこう。

オートクレーブ

いかにも危なそうである。設定温度が121℃になっている時点で明らかに危なそうである。一般的な生物学実験における滅菌では、121℃で15分ほどの加熱を行う。これに伴い内部の圧力は約2気圧にまで上昇する。オートクレーブには必ず温度と内部の圧力が表示されるようになっている。

普段人間が生活している空間の2倍もの圧力がかかるため、温度が上昇した後は蓋が開かなくなる。しかし人間は筋肉というエネルギー放出器官を有するのである。脳から信号を伝えカルシウムイオンを上昇させATPを放出し、運動エネルギーという力で、圧力に立ち向かえるのである。

筋肉というもので圧力に打ち勝ち蓋を開けるとどうなるか。

100℃近い温度の水蒸気が噴出してくる。

残念ながら人間の皮膚や眼球というものは、高温に対して決して強いものではない。100℃もの温度の水蒸気を顔に浴びるとどうなるか、その後は想像にお任せしよう。「天空の城〇ピュタ」ムスカ大佐の名シーンを思い出していただいても良い。

オートクレーブの蓋を開ける際には「圧の目盛りが0になっていること」「温度の目盛りが少なくとも90℃以下になっていること」を確認してから開けよう。更に、開ける際には決して内部を覗き込まず、顔を近づけない方が賢明である。当然滅菌が終わったものを取り出す際はかなり近づく必要がある上に滅菌直後の器具は90℃以上の温度になっているため、蓋を開けた直後に器具を取り出すのは賢明ではない。早く取り出したい時は、圧力0温度90℃以下の状態で蓋を開けたままにしておくと、温度を迅速に下げることができる。

さて、次は違うパターンを紹介しよう。

オートクレーブというものは繊細な測定機器とは異なり、頻回のメンテナンスや点検をしていないラボが多く、寿命が長いため非常に古いものを使い続けている場合も多い。

部品が劣化したオートクレーブで、温度上昇と加圧を行うとどうなるか。

蓋が飛ぶ。

天井に穴が開く。

想像に難くないだろうが、劣化しやすい部品の代表は、蓋の根本の蝶番の部分である。更に、オートクレーブの蓋は加圧に耐えるため非常に厚く、重量がある。

天井に穴が開くかは運次第だが、実験室の天井というものは電気や水道の配線、ネットワークやインターネットの配線が張り巡らされている。近隣ラボへの被害が生じることは言うまでもない。ちなみに、こういった事故における施設の修理費は、施設や大学が負担する場合と、ラボが負担する場合とがある。ラボの天井に穴が開いた風景を見たくないといえば嘘になるが、穴が開かないに越したことはない。

天井に穴が開くくらい蓋が垂直に飛んでくれれば良いが、斜め方向に飛んだり、天井にぶつかって跳ね返った場合、人的被害が生じる可能性は低くない。数kgの金属塊が、2気圧という力に押されて飛んでくるのである。残念ながら人間の骨や内臓というものは、意外と脆弱である。天井ではなく人間に穴が開くのは、あまり良い情景ではない。

オートクレーブに関連する事故としては、「滅菌後の瓶の爆発」という事例がある。瓶を固く締めた状態の液体培地などを、オートクレーブ処理後に急冷した際に起きた事故である。これについては下記ツイートを参考されたい。
https://twitter.com/youjo_tec/status/1487923645922312195?s=20&t=Mk0bMWOJeuWo4ZwoGh_zCg

電源装置

電気泳動というものは、バイオ系であれば避けては通れない実験であろう。

通常のコンセントに直接繋いで使用できるものもあるが、PAGE やウエスタンブロッティング等では、強い直流電源を流すことのできる装置を用いることが多い。電流一定の設定で行う場合、PAGEでは20-40 mA, ウエスタンブロッティング(タンク式の転写)では200-300 mA で用いる場合が多い。

この電流、人間にどのような影響を及ぼすのだろうか。

感電の際のアンペア数と人体への影響を、下記の図で見てみよう(出典:一般財団法人九州電気保安協会、参考:一般財団法人九州電気保安協会、一般財団法人北海道電気保安協会)。

画像1

普通に死ぬ。

バッファーや機器による抵抗の増減を考えても、普通に死ぬ。

対策としては、
〇人がうっかり触れてしまうような位置で電気泳動をしない
漏れた/あふれたバッファーからの漏電を防ぐため、泳動槽の下にはプラスチック製のトレイなどをひく(決して金属製のバットではいけない)
〇指を突っ込まない
〇電流を確実にoff にしてから触れる

感電の恐ろしいところは、「音がしない」ことである。爆発音や何かの壊れた音がせずに、無音で死ぬのである。発見が遅くなれば、確実に死ぬ。

感電事故があった時の対処としては、

電源と体がくっついてしまっている場合(ある種の通電では、感電した部位が通電している部位から離れなくなってしまう):ジャンプキックもしくはハイキックで蹴り飛ばして電源から乖離させる。靴の多くは底部分がゴムなどの絶縁体でできている。

意識がある場合:総合病院へ行く

意識がない場合:叩き起こす。叩き起こして起きたらすぐに病院へ連れていく。起きなければすぐ心臓マッサージを開始、救急車を呼ぶ、AEDを持ってこさせる。

とにもかくにも、実験室での感電は人間が死ぬということを肝に銘じておくべきである。

液体窒素

細胞やタンパク質の保存など、液体窒素は実験室で頻用される寒剤である。

液体窒素による窒息で、助手と博士課程の学生が研究室で亡くなった事故は、知る人も多いだろう。(https://hokudaiwiki.net/wiki/%E6%B6%B2%E4%BD%93%E7%AA%92%E7%B4%A0%E3%81%B6%E3%81%A1%E3%81%BE%E3%81%91%E4%BA%8B%E4%BB%B6)

室温では一瞬で液体から気体へ変化する液体窒素による事故は、「窒息」「爆発」の二種である。

窒息

前述の事故のように、室内、特に個室の中で大量の液体窒素が気化した場合、人間は容易に窒息する。酸素欠乏下では人間は速やかに意識を焼失する。空気より重いため充満するのにやや時間のかかる二酸化炭素とは異なり、窒素は空気とほぼ同じ重さのため、人の顔のある高さも速やかに酸素濃度が減少する。

個室内で液体窒素をぶちまける状況はあまりないだろうが、身近に起きうるのは「エレベーターでの運搬中」である。

施設や研究室にもよるが、液体窒素のタンクを台車などに乗せて、屋外の液体窒素タンクから補充するという作業をやったことのある人は多いだろう。災害など不慮の事態により、エレベーターという狭い空間に液体窒素のタンクと人間とが長時間閉じ込められた場合、窒息の危険性が生じる。施設によっては、液体窒素のタンクと人間の同乗を禁止している(液体窒素だけをエレベーターに乗せ、人間は階段を走る。乗ろうとしたエレベーターに液体窒素のタンクだけがぽつんと乗っていると悲しくなる)。

爆発

筆者が体験した事例を一つ紹介しよう。

培養細胞やマウス精子などを長期保存するときは、専用の液体に懸濁したあと、クライオバイアルと呼ばれる超低温に耐えるバイアルに入れ、液体窒素で満たしたタンクに入れておく(正確には液体窒素水面より上のタンク内の気層での保存で十分であるが、タンク下部ではバイアルが液体部分に沈むことは防げない)。

ここで事故が起きた原因は、筆者の握力の弱さであった。

筆者は数年前に保存したバイアルを、専用の防寒手袋をして取り出した。バイアルを入れている箱を液体窒素のタンクの中に戻し、防寒手袋を外して、実験用グローブをした手で取りだしたバイアルをぎゅっと握りしめた。

これは気合を入れているのではなく、解凍のためである。内容物はせいぜい0.5-1 ml 程度の液体のため、体温で十分解凍できる。

さて、どれくらいの液体培地を使おうかな、などと考えていたその時である。

クライオバイアルが、手の中で爆発した。

大きな破裂音から一瞬遅れて手のひらに痛みが走り、固いプラスチック製のバイアルは手の中で鋭利な破片となって数mの範囲に飛び散った。幸い、手のひらは血豆のようなものがいくつかできた程度で済んだが、バイアルものとも中身の細胞も四散した。

この事故の原因は、「クライオバイアル内への液体窒素の侵入」であると考察している。
蓋が十分に固くしまっていなかったバイアルを液体窒素に沈めたことで、少量の液体窒素がバイアル内に流れ込み、それが手に握った際の温度上昇で一気に気化してバイアルを爆発させたのである。筆者は普段から試薬の蓋などを開けるのに苦労していたため、あまり強く締めすぎないようにしていたのである。

鋭利な破片が顔や目に飛んでいたら……
手の軽い怪我だけで済んだのはただの偶然だった。

液体窒素は窒息だけでなく、室温で急激に気化するという点でも非常に危険であるということを忘れてはならない。

まとめ

ラボで死なない、そもそも怪我をしないために、

〇何が危ないか、どうすると危ないかを身に着ける。

〇後輩・学生の指導に当たっては、何が危ないか、どうすると危ないかを丁寧に伝える。

〇一般常識レベルの応急手当と救急車の呼び方を復習しておく

では、皆様良きラボライフを。

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