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読書感想文 クリームイエローの海と春キャベツのある家

読み終わってからどうも胸の辺りがふつふつとするようで、いくつもの観点から感想を書きたくなるものがたりを読んだ。


クリームイエローの海と春キャベツのある家

創作大賞2023にて朝日新聞出版賞受賞っ!
そして重版決定!!
おめでとうございます!!!
いち読者ながらうれしい!!!!




わたしはこの作品を
喪失から回復へのものがたり
と捉えた。

 喪失からの回復とは、必ずしも喪失する前のそうであったであろう状態に戻ることを意味しない。それは、近くに他人の存在を感じることで自分は孤立した人間ではないと実感し、ゆっくりと歩き出すことによって始まる。

 両親の思いを振り切り商社へ入った女性・津麦は過労で倒れ、退社してしまう。駆け上がっていこうとした未来をうしなった彼女が社会復帰のためにえらんだ仕事は家事代行サービス。
 冒頭のやや荒んだ描写は「いつか自分にしかできない仕事をする」という夢を喪失した津麦の心をとおして見えた景色に思える。 

 この業務を通じておとずれた織野家は父子家庭である。妻であり母でもある女性が亡くなってあまり時間の経っていない家庭なのだ。織野家でそれぞれの喪失を抱えた個人と向き合うことによって、津麦は孤立という闇に引き摺られそうになる家族をまるごと引き止めようした。直接そうしたのではなく、できる範囲の行動を地道に継続するという、一見するとまわりみちとも取られかねないやり方で。
 職務上、家庭の事情に踏み込むことはできないため、彼女はそうせざるを得なかったけれども、結果的にそれは自ら孤立に沈みつつある織野家の父・朔也の心へ届く。彼には、津麦の行動を見つめ、津麦と親しくなるこどもたちの変化を感じ取り、自分と対話し、現状を理解するための時間が必要だったのだ。

 時間のながれは、相手を理解しようとする行為そのものであって、さらには相手を理解しようとしている自分に気づき、そのベクトルが自分へ向いてゆくプロセスでもある。このプロセスは決して効率的なものではないし、他の何かとくらべて優劣を競うものでもない。それぞれの人の心にあるしずかな営みである。
 この営みには、冷蔵庫の春キャベツが「パリッとかための葉」へ変わるくらいの時間が必要だった。そのキャベツをみんなでいっしょに食べて、笑い合うこと。これは、それまでの時間を自分のものとすることでもあるし、おなじ時間を過ごした体験をそれぞれが受け容れるという象徴的なできごとに思える。

そして、装幀にも注目だ。

 カバーには、海を想起させながらも雑然とした背景のうえに、丁寧につくられた料理が描かれる。人物はひとりずつばらばらに描かれ、表情が見えない。ものがたりを体験したあとに眺めると、最初とは違った感覚で味わうことができる。
 見返しはクリームイエロー、もう一枚めくると、キリッとした正方形のなかに配置された題名。読み終わってからもういちど表紙からめくっていくと、津麦が織野家を初めておとずれた心境を追体験するような気がした。

やっぱり紙の本がいい、と思った一冊でもある。


 この本は、喪失から回復へのそれぞれの道筋を、家事という身近な観点をとおして描き出した、すてきなものがたり。


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