短編小説 淋しかったら読んで見て。(774字)
もうすぐ春が来る三月に、母が癌で亡くなりました。
母は若くして、わたしを産みました。
父はいません、私生児です。
その事で、嫌なおもいをした事もありましたが、
母と歳が近い為か、すぐに姉妹の様な感じになり、
笑い合い、ガールズトークに花を咲かせる日々が続き
苦にはなりませんでした。
母は手芸が好きでした、亡くなる直前まで編み物をしていました。
医師から、重篤でそろそろです。と告げられたころでした。
淋しかったら、これを読んでみて。
と、精一杯の笑顔で、手芸の本を手渡してくれました。
わたしは、いつもの様に、
手芸は苦手だけど、少しやってみるか。
と返事をしました。
二人暮らしで親戚も少ないのですが、慌しく初七日が来ました。
夕方、お線香の香りも少なく成った頃、
何気なく母がくれた手芸の本をパラパラ捲っていると、
しおり代わりのはがきに、目が止まりました。
母宛の手紙です。差出人は男性でした。
読み進めると、わたしは、目から湧き出る雫を止められませんでした。
それは、父からの手紙です。
父は、母と母のお腹の中にいるわたしを気遣い。
早く元気な赤ちゃんが産まれますようにと、待ちわびる文が綴られていました。帰ったら、すぐ二人で婚姻届けを出しに行こうと、ありました。
わたしは、何が何だか、頭が混乱して分かりませんでしたが、
ただ、わたしは、望まれてこの世に生を受けたのだ。
と言う事だけは分りました。
この一点だけで、わたしは幸せになれました。
母の友人から、このはがきの、経緯を訊きました。
父は、このはがきを出した後、交通事故で亡くなっているのです。
当時、駆け落ち状態で父の実家との折り合いが悪く、
母は、わたしと二人の人生を選んだようです。
先日、父の墓参りに行ってきました。
時々、わたしは、恥ずかしくて、たまらなくなります。
母は、手芸の本ではなく、はがきを読んで欲しかったのですね。
おわり。
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