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国土と日本人

どうも、犬井です。

今回紹介する本は大石久和先生の「国土と日本人 - 災害大国の生き方 」(2012)です。本書が書かれた当時、政権を握っていた民主党政権は「コンクリートから人へ」を掲げ、公共事業を無駄だとして費用を削減し、その分を社会保障や福祉などに回すといった政策を進めていました。しかし、この本の中ではむしろ公共事業の大切さを説き、災害大国日本がどのように国家の基盤を築いてきたかを膨大なデータや歴史を参照して書き出しています。では、以下で本の内容を書き綴っていこおうと思います。

日本列島の自然条件

文化的にも経済的にもわが国と競争したり強調したりしている国、ヨーロッパの主要部の国々やアメリカや中国といった国々の領土と比べて、私たちの国土は、使いこなしていく上で極めて厳しい条件を備えている

まずは国土の形状である。弓状列島とも言われる細長い日本の国土はゆがみと複雑性を併せ持っている。「面積に対する図形の最長の長さ」によって求められる国土のゆがみ度を示す値は仏、独が1.2、1.3程度に対して日本はおよそ4.1にも及ぶ。長方形に置き換えると、長辺と短辺の比が21:1である。

また、「面積に対する周囲の長さ」によって求められる地形の複雑性を示す値は、仏、独が約2と3であるのに対して日本は約16である。いかに海岸線が複雑であるかがわかる。

2番目の特徴は、国土の主要部分だけでも「四島」に分かれていることである。このそれぞれが海峡を越えなければ結ばれない困難さは、独、仏、米が海峡を超えることなく国土を一体的に利用できるのに対して、極めて厳しい条件となっている。

3つ目の特徴は「脊梁山脈」の存在である。わが国では、この弓状列島の中央を2000~3000m級の脊梁山脈が縦貫している。このため、日本海側と太平洋側を結ぶためには、大変な苦労が必要で、トンネルと橋梁を多用しなければ、両地域が結ばれない。

また、狭い国土が脊梁山脈によって、さらに南北が別れることで、川は極めて短く、流れが急である。河川が急な上に強い豪雨もしばしば襲うから、川の水位上昇が急激で、洪水が起こりやすい。

脊梁山脈を構成する地質も問題である。日本の地質は、花崗岩などの火山岩類および堆積岩がモザイク模様をなして複雑に分布し、多くの断層や活火山が存在する。氷河によって風化した地質が削り取られることも殆どないため、急峻な地形を呈する山岳部では、脆弱な地質と相まって降雨や地震島の影響で簡単に崩壊が発生する。

また、わが国の平野は、国土面積に対して、極めてわずかな部分しかない。国土地理院の定義でも、約4分の1程度である。関東平野も、荒川や江戸川、利根川といった河川の改修を江戸の初めから明治にかけて一生懸命にやってきたおかげで、だんだんと使えるようになったのである。

次の特徴は「地震」の存在である。世界にある15程度のプレートのうち、日本では4つがせめぎ合っている。そのため、M6.0以上の地震の20% は日本で発生し、世界の活火山の10%が日本に存在している。

「豪雨」の問題もある。日本の年間降水量は、全地球の地表平均の約2倍にのぼる。しかし、雨の多くが梅雨末期と台風期に集中し、河川が急流であるため、降った雨が一挙に流れ出て海に注ぐという構造になっている。そのため、雨が多いのに使える水が少ないという特徴もある。

「強風」の存在も大きい。ヨーロッパ主要部ではハリケーンが襲うことも、サイクロンが来ることも、台風が通ることもないが、わが国は国土全体が台風の通り道にある。したがって、台風期には強烈な風が吹くことを考えて、建物や橋を建設しなければならない。

最後の特徴は「豪雪」である。脊梁山脈がわが国を雪の降る国と降らない国と二つに分断する。東京や大阪に住んでいるとあまり感じないのであるが、わが国の国土面積の60%もが積雪寒冷地帯である。

国土の社会条件

国土への働きかけの難易を規定するのは自然条件だけでない。土地の保有概念や土地の保有形態、あるいは土地の境界画定などがどのような状況になっているかについて、国土の持つ社会条件も極めて大きな要素となる。

まず、われわれの「土地保有概念」についてである。世界中のほとんどの国の土地保有概念は利用優先となっているのに対して、わが国では所有優先、所有権絶対と言ってもいいような観念に貫かれている。

なぜこのようなことになっているのだろう。

もともと江戸時代には、土地の所有者というものは存在しなかった。ある大名がある地域を所有しているようにみえても、それは借りているのではなく将軍家から借りているものに過ぎなかった。

農地についても、まずは耕作権を持つ農民のものであったが、そこのは村落集合を存続させるという前提があり、その意味では村のものでもあった。また、この上に、大名や幕府の所有権が覆いかぶさるように重なっていた。

このように、江戸時代以前には、土地所有やその権限の重層性という観念がわが国にも間違いなくあったのである。

しかし、わが国では1872年に地租が導入され、この時にわが国が有史以来持ち続けた、年貢という考え方を捨てて、土地の価格に対して税を取るという考え方に変わった。このために、土地の耕作者ではなく、土地の所有者を確定する必要が生じ、地券が所有権者の証となった。

明治政府は地租の導入に合わせて、戸籍も更新した。こうして明治政府は、1872年には人々と土地を両方把握する制度の導入に成功したのである。

しかし、税金を納める責任者が、土地の所有権者になるという原則が明確になった結果、江戸時代に持っていた土地保有の重層性、あるいはヨーロッパにおいて近代化の過程で意識された所有権の中にある公益性が、わが国では定着しなかったのである。

このことは、われわれがヨーロッパのような都市計画に基づく制約を受け入れがたく、所有する土地の中では建築の自由が原則で、街並みや景観を統一的な基準に従って揃えるといった考えをわが国が持たないことに繋がった。

また、約半分の地籍が確定していないという問題もある。地籍が未確定であることは、道路の建設であれ他の事業であれ、公共事業を進める上で大きな障害になる。

例えば、道路を新設するためには、道路となる土地と接道する民地との境界を定めて、用地買収に着手しなければならない。その際に、地籍が確定していなければ、買収に難航する。公共事業への協力を得るだけでも大変な労力がかかるのに、この調整には、地元の市町村の全面的な協力があっても、うんざりするほどの手間と時間がかかる。

土地と権利意識が他国と比較にならないほど強い国でのこの実態であるから、地籍の未確定は、公共事業全般のコストを大きく引き上げる要因にもなっている

これまでの国土づくり

明治時代になって政府が掲げた国家政策の第一は富国強兵であった。西欧列強に対抗する国力を築くために、鉄道整備を政策の第一とした。

東京ー神戸間の鉄道開通からわずか2年で上野ー青森間を繋げるその「国土の一体観・全国観」は、まさしく見習うべきものである。

戦争末期、アメリカのカーチス・エマーソン・ルメイによって爆撃方法が従前の軍事施設や軍需施設などを戦略的に爆撃する方式から、都市全体を空襲対象に変更された。そのため、戦後は主要都市ほとんどが戦災を受け、全国の都市住宅の3分の1、工場設備や建築物などの実物資産の4分の1が滅失した。

戦後復興のために、戦災復興院が設立され、同年、戦災復興計画基本方針が閣議決定され、復興計画区域が定められた。計画の目標として地方の特色を持った都市集落建設を目指し、土地利用や街路・緑地・港湾・運河・鉄道等の設備計画を策定することとなった。

経済成長期には、車の普及から道路整備が進められた。1952年には大型車がすれ違える道路は国道でも30%ほどで、舗装されている国道も13%程度に過ぎなかった。それも現在では、大型車がすれ違えない国道は5%未満で、国道はほぼ100%が舗装されている。

また、1962年には「全国総合開発計画」が国土政策として採用され、大都市の過密化と地域格差の防止を課題とした。

その後も1969年には「新全国総合開発計画」が策定され、公害に対して法整備を行うとともに、新幹線や高速道路等の全国ネットワークが整備された。

1977年には「第三全国総合開発計画」が策定され、大都市への人口集中を抑制する一方で地方を振興し、居住の安定性を目指した。

1987年には一極集中の是正を目指した「第四次全国総合開発計画」と続き、日本は全総を通して、時代に合わせた社会資本を整備していった。

しかし、全総は1998年の「第五次全国総合開発計画」が最後となった。これ以降、社会資本設備の重点化ができなくなっていくのと並行して、東アジアでは国家集中とも言えるほどの重点投資を行うことによって、国を代表する空港・港湾の設備とそれらを連結する高速道路等の設備を進めていった。

そのため、今日では、空港・港湾などの設備において中国や韓国から大きく差をつけられてしまっている

これからの国土づくり

アメリカもEUも、中国も韓国も、東南アジア各国も、自らの国土を改良を熱心に行い続けている。彼らの国土競争条件は年々改善されている。それに対し、私たちが改善の努力を怠れば、たちまちにして彼らに遅れをとることになるだろう。国土を有効に使う以外に、日本人は彼らと勝負することはできない

もし、税も高い、電力も不自由、その上安全に暮らすこともできず、効率的な物流も十分に確保できなければ、優秀な企業ほど日本を後にすることだろう。

すると失われるのは生産だけではない。雇用も失われ、富も失われていくのである。わが世代は次の世代のために、過去の世代が私たちに果たしてくれたのと同じ責任を果たさなければならないのである。

私たちも将来、「あの世代は後世のために何を遺したのか」と言われないだけの責務は果たしていきたいものである。

あとがき

国土学には以前から関心があったので、そのさわりとしては大変に優れた良書であったと思います。本書の通り、日本は厳しい自然状況にあります。それでも、江戸時代以降の先人たちは、その困難を乗り切るために様々な工夫を施し、インフラ整備に努めてきました。しかし、近年では公共事業は軽視される傾向にあり、ここ20年余りで公共事業額は約半分にまで縮小されました。首都直下型地震や南海トラフ地震などの大型地震が予測され、国土強靭化が希求されているにも関わらず、ここ数年は「コンクリートから人へ」が叫ばれた当時よりも公共事業額は減らされることとなりました。このままでは筆者がおっしゃるように、「あの世代は後世のために何を遺したのか」と言われる可能性が極めて高いように思われます。

では。

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