バトル・オブ・カスミガセキ #4,5,6日目

6月25日 接触禁止期間


官庁訪問において、土日は接触禁止期間であるため、官庁は志望者に対して電話やメールをはじめ如何なるコンタクトも”基本的”にはとってはならない決まりになっている。
そうはいっても土日だけは官庁訪問のことを考えなくて済む!というわけにはいかず、次のクールに向けての準備などに費やさなければならない。と、思っていたのだが・・・

「じゃあ最初は雷門でもいこうか!どうせ行ったことないでしょ?」
「殺すぞ」

なぜか東京観光をしている。
半ば無理矢理連れ出されたのだが、おそらく官庁訪問で苦戦している私に気を遣ってくれたのだろう。

しかし彼とのデート記録を書いても別に面白くないと思うので、省略する。


6月26日 接触禁止期間


今日は日曜日なので、さすがに明日の準備に専念することにした。
ダイキくんも第1クール全勝とはいえ、さすがに今日ぐらいはしっかり勉強するはずだ。私は宿舎の自習室にでもいこうかな。

「あれ、ダイキくんおでかけするの?」
「まぁねぇ、ちょっと大学の同期と会ってくるよ。」
「いつごろ帰ってくる?」
「夜まで帰らないからこの部屋好きに使っていいよ。」

ありがたい。部屋でひとりで勉強できるなら好都合だ。もしかして譲ってくれたのか?

そして彼が出て行って数時間、黙々と準備に打ち込んでいると、着信が会った。

「もしもし・・・」
「もしもし、わたくしB省の青山です。土日はしっかりリフレッシュできていますか?」
「あぁ青山さん、お世話になっております。はい、といっても準備に追われていますが・・・」
「ふふ、いい心がけですね。」
「ありがとうございます。」
「・・・、某さんは第2クールが勝負になると思います。私も第1クール同様入口面接からサポートしますので、頑張ってくださいね。」
「お世話になります。よろしくお願いします。」
「では、第2クール2日目の9時に前回と同じ部屋で集合になりますので、よろしくお願いします。」
「承知しました。よろしくおn・・・切れちゃった。」

”2軍”でも一応電話をかけてくるとはさすがB省・・・というかやっぱり接触禁止期間なんてどの省も守る気ないんだなぁ。

「ただいま!しっかり準備できた?」
「おかえり。うん、おかげさまでね。」
「それはよかったねぇ~。」

あんまり余裕のありすぎる人間を見るのはそこまで気分が良くないかもしれない。いい人には変わりないんだが。


6月27日 第2クール1日目

今日訪問するのは無理言って日程を変えてもらったC省だ。
第1クールで知り合った顔がいないのは少し心細いが、やれるだけのことはやってみよう。
霞ヶ関駅からC省本省に向かい、受付を済ませる。もうすっかり慣れた作業だ。待合室に入ると、採用予定人数の2倍ほどの人数が待機していた。

「あれ、なんでめりあちゃんがここにいんの?」
「佐藤君!?」

思わぬ再会に少しうれしくなった。彼とはB省の帰りに”囲い込み”を目撃してしまった時以来だ。
入口面接が始まるまで、第1クールの結果や土日の話などをした。今日の結果次第では、B省を辞退するらしい。というのも、第3クールは1日目に訪問しない限りほとんど採用される見込みがないからだ。
そうこうしていると、入口面接が始まった。

「おはようございます某さん・・・金曜日以来ですかね、前回も入口面接を担当させてもらった成田です。今日も頑張っていきましょう。」
「おはようございます。よろしくお願いいたします。」
「はじめの原課はどんな話が聞きたいですか?」
「そうですね、○○分野の国際関係の話など伺えればと」
「わかりました。では次に第1クールを通して志望動機や考え方にどのような変化があったか聞いてもいいですか?」
「はい、私はそれまで漠然と官僚になりたいと考えていたのですが、実際に各省の原課等で勉強させていただいたことなどを吸収していく内に・・・」
「なるほど、わかりました。」

第2クールや第3クールでは、前クールからどのように”成長”したかを問われることが多い。今回は入口面接だったこともありこのような”テンプレ回答”でも及第点をもらえたようだ。

「結構です。では、お呼びするまで待合室でお待ちください。」
「承知しました。本日もよろしくお願いいたします。」

待合室に戻ると、一足先に入口を済ませた佐藤君が白書を読んでいた。

「やっぱり白書って読んだ方がいいの?」
「いや普通読んでくるよ!まぁでもめりあちゃんなら原課で学んだ分でなんとかしそうだけど(笑)」
「(・・・もしかして今バカにされてる?)」
いや、こいつに限ってそんなことはしないんだろうが・・・
「佐藤さん、お越しください。」
「おっ、原課かな!じゃあお先に!」

「いっちゃった・・・・」
「某さん、お越しください。」
「はい!(意外と早かったな・・・)」

「○○課で係長をしております、江田です。ま、かけてください。」
「失礼します。よろしくお願いいたします。」
「国際的な側面について聞きたいとのことらしいので、今回はその政策についてお話できればと思います。」
「恐縮です、ありがとうございます。」

そこからは特に変わったこともなく、政策の話を聞いて逆質問をぶつけるといういつもの原課の流れで終わった。時間も1時間半ほどと”軽め”の原課面接だ。

「大変多くのことを学ばせていただきました。お時間いただきありがとうございました。」
「いえいえ・・・そうだ某さん、ひとつだけ教えてあげましょう。」
「?」
「官僚になるならね、人でいようと思ってはいけませんよ。キャリアになるということは、霞ヶ関という行政システム・・・言うなれば巨大な”リヴァイアサン”の細胞の一部になるということです。」
「・・・・? はい、ありがとうございました・・・」

もやもやした気分で下のフロアに戻る。
待合室のドアを開けると、かなり多くの人数が減っていた・・・佐藤君の姿も見えない
もしかして”虐殺”があったのか? いや、午前中、しかもまだ原課が1周まわったかどうかぐらいの感じなのに切るとは考えにくい・・・

疑問を抱きつつ、先ほどの原課で学んだことを整理する。
第2クールが一番の”鬼門”なので、1秒も無駄にすることはできない。

それから1時間ほど経過したころ、名前を呼ばれた。

「某さん、お越しください。」
「・・・はい!」
「これから原課面接をしていただきます。本省○階の△△課までいってください。」
「承知しました。」

また原課?
まぁ、原課と人事は必ずしも交互に行われるというわけではなく、片方が連続して行われる場合もある。
しかし、このときは少し嫌な予感がした──────

「△△課で課長補佐をしております、古田と申します。どうぞおかけになってください。」
「ありがとうございます。失礼します。」
「私からはリスクヘッジの観点から具体的な取組みについてお話できればと思います。」
「よろしくお願いいたします。」

今回の原課は楽しかった。法令を作るときに実際に使っていたメモや資料を見せてもらったり、ただ政策を勉強する以上のことを教えてもらえた。まるでお客さんのような扱いだ
逆質問でも盛り上がり、時間いっぱいまでつきあってもらった。結局、2時間ぐらい原課をしていたと思う。
始まる前は少し嫌な感じがあったが、どうやら思い過ごしだったようだ。


そんなはずはなかった。


悪い予感というのは、嫌なほど当たってしまうものである。

原課から帰ってきて2時間が過ぎた。
まぁこれぐらいなら"よくある”ことだ。

3時間経過。さすがに不安になってきた。

4時間。ここである確信が生まれてくる。

「”終わったな”」

4時間半、答え合わせの時間だ。

「某さん、荷物を全部持ってお越ください。」

どうせ切るならもっと早くやれよ。

「・・・結論から申し上げますと、某さんの今年度の採用は見送らせていただくことになりました。今後欠員が発生してもこちらから連絡差し上げることはありません。」
「承知しました。お時間いただきありがとうございました。」
「出口はあちらです。」
「最後にひとつだけ伺ってもいいですか?」
「・・・・・・」

沈黙は同意、この際聞いてやることにした。

「なぜはじめから採用するつもりがなかったのにこの時間まで残したんですか?」
「!・・・出口はあちらです。」

向こうも私が”これ”に気づいていることは予想していたはずだ。
無言で立ち去る。今の私にできる最大限の抗議だ。

・・・簡単な話、私は”補欠”だったのだ。
もし今日”1軍”から辞退者が発生した場合の””ストック””─────
官庁訪問が始まる午前9時に、待合室に1軍の人数がある程度揃っていた時点で、私や同じような評価の人間が採用される可能性は0%だったのだろう。

ふざけるな 学生をなんだと思っているんだこいつらは
仮にもあの国家公務員総合職試験に合格した人間だけが集まっているんだぞ

うん?・・・いや、そうか、”そういうこと”か
試験に合格して、この霞ヶ関にキャリア候補生として滞在している間は”リヴァイアサンの一部”になるのか。
だから、「人として扱う必要がない」。

馬鹿げた考えだ 頭が痛くなる


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