バトル・オブ・カスミガセキ #7日目

6月28日 第2クール2日目


今日は第2クールの2日目だ。ここでB省に拾ってもらえなかった場合、私は”全滅”になる・・・つまり、今日でキャリア官僚になるかニート予備軍になるかが決まるというわけだ。

霞ヶ関に向かう足が重い。
合格発表後、ウキウキしながら東京に来たあのときの自分をボコボコにしてやりたい気分だ。
受付を済ませたあと、指定された場所に向かう。私は”2軍部屋”からのスタートだ。ドアを開けると、第1クールで同じく2軍だった大学院生の中瀬さんが先に来ていた。

「おはようございます、中瀬さん。」
「おぉ、お前も生き残っとったんか。」
「? その言い方だと出口まで残った全員がいるわけではなさそうですが・・・」
「よう部屋ん中見てみ、ちなみにおそらく今日来るメンバーはさっき着いたお前で最後や。」

たしかに人が減っている。半分ほどではないが、数人は23時まで残された上に切られたということか────

「ぼくら2軍は今日が勝負やろうな。ま、がんばろうや。」
「ですね、頑張りましょう!」

会話が一段落したところで、職員が入室してきた。

「それでは入口面接を始めます。まずは某さんからどうぞ。」

部屋で省内のマップをもらい、面接に向かう。おそらく今日も入口は第1クールと同じ青山さんだろう。

「おはようございます、某さん。本日も入口はわたくし青山が担当しますので、よろしくお願いいたします。」
「よろしくお願いいたします。」
「まずはじめに、第1クールを通して生まれた変化についてお話いただけますか?」
「はい、官庁訪問が始まる前は・・・・・」
「なるほど、では・・・・」

第2クールにおける定番の質問で入口が始まり、確認程度で終わった。

2軍部屋に戻ると、なにやら騒がしい声が聞こえる。

「だからぁ!酷いんだよあそこは!!」
「まぁまぁ・・・」

男性がひとりで大声を出している。私としては原課の準備をしたいのでもう少し静かにしてほしいのだが・・・ひとまず、近くにいた人に聞いてみることにした。

「すみません、彼は何の話をしているのですか?」
「えぇ、どうにも昨日・・・第2クール1日目の面接がうまくいかなかったようですよ。人事院に訪問したそうですが。」

人事院か・・・正直あまり興味はないが、なだめる目的で彼に話しかけることにした。

「こんにちは、どうされたんですか?」
「え?・・・あぁ、聞いてくださいよ!」
「はぁ・・・」
「僕昨日人事院に訪問したんですけどね!ひどかったんですよ!!」
「と、いうと?」
「人事面接で『官庁訪問を変えたい、こんなやり方は間違ってる』っていったんですね、そしたら露骨に嫌な顔されて・・・その場で帰れって言われたんですよ!!酷くないですか!?」
「あはは・・・」

バカなのかこいつは? このシステムに義憤が止まらないのは私も同じだが、官庁訪問してりゃどの省も人事院の言うこと聞く気がないことも、人事院も”グル”だってことも、この制度が変わるはずがないことも、あいつらが自分を否定されることがどれだけ嫌いかも全部わかるだろうに

「某さん、原課面接です。お越しください。」

最悪だ。準備する時間が無くなってしまった。

「どうも、輸出促進課の荒井です。ま、かけてください。」
「ありがとうございます。失礼します。」
「では簡単に経歴から・・・・」

今日はじめての原課面接は荒井課長補佐だ。落ち着いた語り口で、すらすらと話が入ってくる。
この分野は輸出よりも輸入が大事だと思っていたが、なるほどこの課がやっている取組みにも一理あるようだ。次々に逆質問で聞きたいことが浮かんでくる。
30分ほど政策を聞いた後、逆質問の時間がやってきた。

「では、気になることなどあれば。」
「ありがとうございます。まずはじめに、輸出における課題で~~~というのがあると思うのですが・・・」
「なるほど、それに関しては・・・・」

回答も無駄がなく必要な部分だけを簡潔に教えてくれる。”あたり”の原課のようだ。
2時間ほどの面接を終え、2軍部屋に戻ってきた。

「おぉ、遅かったな。原課か?」
「えぇ、中瀬さんは?」
「ぼくはさっき人事を済ませたとこや。今日はなかなかキツく詰められるみたいやぞ────”嘘”ちゃうで。」

第1クールで嘘つき大会が行われていた事を思い出す。しかし、第2クールが厳しいというのは本当だろう。
そういえば、森田さんの姿が見えない。彼女はどうしたのだろうか。

1時間ほど開いたあと、人事面接に呼ばれた。

「やぁ、某さん。今日はどれぐらい成長したか見せてもらうよ。」
「・・・お手柔らかにお願いします。」

小堀課長補佐・・・第1クールの人事面接で私をボコボコにしてきた”天敵”だ。

「じゃあまず、さっきはどんな話を聞いてきたのかな?」
「はい、先ほどは○○分野の輸出について勉強させていただき、~~~という効果がありりつつも~~~という課題があることが分かりました。私はこの点について~~~と考え、そのための具体的な案としては・・・・」

1時間でまとめた自分の考えをぶつける。人事で見られるのは知識の吸収力と、それを自分のものにする消化力だ。

「なるほど、しかしその案では~~~という不安要素が残るのではないかな?」
「はい、そこにつきましては自治体とも協力・・・たとえば△△分野の~~~という取組みのような手段を用いることで解決を図ります。」
「なるほど、では地方の協力を得るにはどうする?」
「彼らにも~~~というメリットがあるということをしっかりと伝えます。逆にデメリットに関しては・・・・」

時間にして1時間半。1秒の休憩もなく小堀補佐からの”詰め”に食らいついた。

「少しはできるようになったようだね。だが、次はもっと厳しくいくよ・・・時間も時間だ、君はこれから昼休憩を取りなさい。」
「光栄です、ありがとうございました。では、失礼します。」

まずまずの出来だったようだ。
昼ごはんを買いに地下のコンビニに向かう途中で、ある人物を見かけた。

「あれ、森田さん?」
「めりあちゃん!久しぶり!」
「部屋では見なかったけど、どこにいたの?」
「とぼけないでよ、”わかる”でしょ?」
「はは、私も追いつけるように頑張るよ。」

彼女も官庁訪問で”染まって”きたのか、少し嫌なものを感じた。どうやら、彼女は”1軍部屋”に集合するよう指示されていたらしい。
対抗心を燃やしつつ、地下へ向かう。
今日で終わるかもしれないという緊張感からか、お昼の味は全くしなかった。

少し遅い昼休憩を済ませ、14時。
2度目の原課面接に呼ばれた。次は××課にいくらしい。

「失礼します。官庁訪問で参りました、某めりあです。」
「お待ちしておりました、こちらへどうぞ。」

それから、××課から少し離れた奥の会議室へと通された。

「私”人事課”で企画官をしております、大迫です。」

人事課の企画官・・・! 原課じゃなかったのか!?
たちが悪いにもほどがある。
しかも、企画官といえば課長補佐の上・・・ノンキャリアでは相当仕事が出来てかつ幸運な人間でない限りまず届くこともない階級だ。
しかしこれはチャンス、ここでいい印象を与えられれば”昇格”も見えてくるだろう。

「某めりあです。本日はよろしくお願いいたします。」
「えぇ、よろしく。ではまず、君のことから聞こうか。」

いつもと雰囲気が違う。しかし、落ちついて対処すれば問題ないはずだ。

「はい。」
「じゃあまず”はじめの志望動機”と”今日の志望動機”を聞かせてもらえるかな?」
「はい、私は元々~~~という理由でB省を志しておりましたが、第1クールで原課などを通し実際の業務を学ばせていただくにつれ・・・・」
「ほぉ、ということはそれまでウチのことをあまり調べていなかったということかな?」
「いえ、そういうわけではなく、業務内容だけでなく実際に政策を形成するために必要な心構えなどにも触れ・・・・」
「なるほど、まぁ筋は通っている。では次に、今日までを通して一番興味深かった政策を教えてくれるかな?」
「はい、私がもっとも興味を持った政策は○○の基準管理についてのものです。私はもともとB省の~~~という政策に一番関心があったのですが、原課でお話を伺い、興味がわきました。具体的にどこに惹かれたかというと・・・・」

第1クールでやさしく原課をしてくれた大木さんから聞いた政策で勝負する。落ち着きたいという気持ちが、無意識に生まれていたのかもしれない。

「うん、よく勉強してきたようだね。じゃあ、B省ではどのような政策をしてみたいかな?」
「私はB省で~~~についての政策をやってみたいと考えています。きっかけは~~~で、もともと~~~という手段を考えていたのですが、官庁訪問で学ばせていただくうちに~~~というやり方もあることに気づき・・・」
「それだと○○課の~~~政策の焼き直しに見えるが?」

・・・そうくるよなぁ。正直、学生が斬新で具体性のある政策を考えるなんて土台無理な話だ。向こうの聞きたいことはそれを踏まえて、だろう。

「はい、確かに目新しい取組みではないかもしれません、しかし・・・」

自分の考えを余すことなく伝える。曲がりなりにも、今日この瞬間まで勉強し続けてきたつもりだ。

「まぁ・・・60点!ギリギリかな。君はどうやら頭の回転が遅いらしい。」
「貴重なご指摘、ありがとうございます。」

この礼はうるせぇくたばれという意味だ。

「まぁいい、次は経歴・・・公立小、公立中、公立高校から現役で家から通える国公立大学、在学中に国家Ⅰ種(※国家総合職)合格か。なんとも親孝行なことだが、予備校には通ったのかな?」
「すべて独学です。自分のペースでやる方が合ってまして」
「ふぅん・・・交友関係の方はどうだね?見たところずっとご実家のようだが」
「おかげで付き合いの長い友人もいます。」
「狭い仲、ということかな?どおりで君の意見の薄いわけだ。」

バカにするなよ

「留学等は?」
「ございませんが・・・」
「なるほど・・・見識を広めようとは思わなかったのかね?」
「目の前のことを突き詰めたいと思いまして。」
「””就活ことば””はいい。実際はどうなんだ」
「・・・子というのは、世間が思うよりも家計を案ずるものです。」

「なるほど、君のご両親は・・・」

「教育に、子にすべては注がない方のようだ。」

・・・・・・・・・?
実際は1秒足らずだが、理解するのに途方もない時間がかかったように感じた。
裕福ではないが、私の両親は時間もお金も出来る限りすべてかけてくれた。
自制心に、憤りが勝ってしまった。

「企画官!!!今のはッ   あっ・・・」

「”惜しかった”ね。」
「・・・!」
「君の長所はたくさんある。努力を結果につなげる能力、素直に批判を受け止める姿勢、”目上”であっても”まがった言動”を認めない心、そしてプラスになる側面を見つけようとするところ・・・どれも”役人”には必要な資質だ・・・」
「ありがとうございます。」

「しかし、”キャリア”としてはどうか。この程度の人格否定や暴言、パワハラ・・・時には親や周りの人間が否定される・・・などを議員の”先生方”や理解のない業界人、マスコミ、時には上司から当てられることなど日常茶飯事だ。もっとも、君は自分に対する悪口には耐えていたがね。」
「はぁ・・・」

「他にもよその職場じゃまずありえないような理不尽がたくさんある。君のような思考の人間は、私の経験上必ずこの仕事に”失望”する。・・・そして、ここを去る。」
「そんなの入ってみないとわからないじゃないですか!」
「まぁ最後まで聞きなさい。あとはまぁ、吸収することはできるようだが絶対的に”教養”が足りなかったかな。あと頭のキレはもう少しあった方がいいだろう。それからもう少しものを見る視点も増やすべきだ、真正面過ぎる。」

”ついで”で言い過ぎだろ

「一度、部屋に戻りなさい。」
「お時間いただきありがとうございました。失礼します。」

「・・・やっぱり待ってくれ。私と面接してどう感じた?」
「至らぬところを丁寧にご教示いただき、大変勉強になりました。ありがとうございました。」
「そうか・・・わかった。結構だ。」

長かった。時間は19時をまわっている。
部屋に戻ると、中瀬さんも待機していた。

「おつかれさん、えらい酷い顔しとるぞ。」
「え?あぁ・・・まぁ」
「詰められたか?」
「・・・そんなところです。」

そう話していると、中瀬さんが呼ばれた。

「中瀬さん、荷物を全て持ってお越しください」

「!  中瀬さん・・・」
「アホいうな。1軍昇格かもしれんやろ。」
「あはは・・・たしかに」

実際、この省のやり方だと十分にあり得る話だ。

「あの、ありがとうございました。」
「さっきから縁起悪いの・・・”上”で待っとるぞ。」

そういって、中瀬さんは出て行った。もう霞ヶ関に来てから嫌になるほど見た、覚悟を決めた”あの目”だ。おそらく前の面接がよくなかったのだろう。

それから長い時間が過ぎた。
一度も面接に呼ばれず、時刻は22時をまわる。
”こう”なった時点で結果はわかっている。
喜んで送り出してくれた両親にはなんて言おう。称えてくれた友人には、背中を押してくれた先輩には・・・
私が1次と2次で蹴落としたせいで、ここに来たくてもこれなかった人たちにも面目が立たない。

「某さん、荷物を全て持ってお越しください。」

「・・・あなたの採用予定はなくなりました。出口はあちらです。」

これだけ引っ張ってそれだけか。一番怖いのは、接触禁止期間に(仕事とはいえ)電話もくれた青山さんがこれを言ったことだ。

「お時間いただきありがとうございました。」

私の戦争が終わった。


「おかえり、遅かったね。」
「今までありがとう」
「え?」
「・・・かえる」
「?」
「めりあ もう おうち かえる・・・・・・」

悟って顔で、こちらを見る。

「いいのか?」
「なにが」
「背負ってきてるんだろ・・・僕は大学の知り合いもみんな最終合格してるから気持ちはわからないけど。この前だって夜中ベッドで『桑原くん・・・私がんばる』って言ってたじゃないか。」
「きもっ!」
「・・・・、ここいってみたら?」

ダイキくんが1冊のパンフレットを渡してきた。

「X庁・・・Y省の外局か」
「ここならまだ募集してるよ。かなり倍率の高い厳しい戦いになるだろうけど、がんばってみたら?」
「でも・・・」
「負けたくないんだろ?”東大”に。ここにきてから一度も”学歴”の話をしてない。」
「大学の名前なんて関係ないよ。そんなものを気にするのは自分で結果を出せない人間だけだ・・・まぁでも、自分の大学は好きだよ。」
「いいね、やれる奴の目に戻った。」
「・・・ありがとう」

同居人に恵まれた。彼がいなければボロボロになったまま地元に帰って立ち直れないままだっただろう。

「なんでそこまでしてくれるの?」
「”強者の余裕”・・・かな」
「死ね」

「・・・・ところで、桑原くんって誰?」
「2次試験で席が隣だった人だけど」
「えっそれだけ? 連絡先交換してるとかでも、ない・・・?」
「うん」

ドン引きされたのが表情でわかったのは初めてだ。


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