バトル・オブ・カスミガセキ #13日目

7月4日 第4クール



今日は第4クールだ。前も述べたように、第4クールと第5クールは1日ずつしかないので、いずれもひとつしか訪問することが出来ない。
第5クールは"内定を出す日"なので、今日を突破した時点で"内定確定"となる。といっても、正確には内々定だが。

「おはようめりあちゃん。今日もがんばってねぇ。」
「そっちはまだ出ないの?」
「僕は昼からだからねぇ、もう少し寝させてもらうよ!」
「(余裕だなこいつは・・・・)」

今日もジャケットは着ず、"就活ヘア"も無しだ。
部屋を後にし、丸の内線に乗り込む。地下鉄に乗るのも長くてあと2日と思うと感慨深い。さっさと済ませて家に帰りたい気持ちでいっぱいだ。

「受付票と身分証の提示をお願いします。」
「こちらです、よろしくお願いします。」
「確認できました、どうぞお入りください。」

部屋に入ると、25人ほどが待機していた。第1クールから参戦していた人もいるので、このぐらいの人数は妥当だろう。

「めりあちゃんおはよー!こっち空いてるよ!」
「ありがとう・・・土日はゆっくりできた?」
「いやもう全然!ていうかこんなにいるなんてびっくりしちゃった、X庁ってけっこうな倍率になるんだねぇ〜」

みずなちゃんと話していると、伊野くんも入室してきた。

「おはよん。土日は・・・」
「あはは、さっきその話したよ。」

3人で話していると、時間は9時になっていた。"開戦"だ。

「みなさんおはようございます。それでは今日も頑張っていきましょう。では、伊野さんからどうぞ。」

今日のトップバッターは伊野くんだ。
25人もいるとなると、今日も入口だけで時間がかかりそうだ。
そんなことを考えていると、私も入口面接に呼ばれた。

「おはようございます某さん。人事課の日野です・・・金曜ぶりですね、土日で疲れは取れましたか?」
「同室の方に食事に誘ってもらったので、よい週末でした。」
「それはなによりですね。では、早速ですが金曜日の訪問を通して志望動機など変わった点が"あれば"教えてください。」

これは自分でどのあたりが成長したと思うか話せという意味だ。

「はい、まずはじめに、大きく変わった点は〜〜〜です。前クールで初めて訪問させていただく前はパンフレットなどを中心にX庁のお仕事を勉強させていただきましたが、実際に業務の話を聞くにつれ自らがX庁で働く具体的なイメージを固めることが出来ました。特に・・・・」
「なるほど、いいでしょう。では、前クールで一番関心を持った政策を教えてください。」

他の官庁に比べて時間は長かったが、オーソドックスな"2回目の入口面接"だった。

部屋に戻ると、みずなちゃんも入口を済ませたようだった。

「お疲れ様!何聞かれた?」
「普通の入口って感じかなぁ。ここの採用人数は7人だから、今日もかなり絞られるんだろうし頑張ろうね。」

X庁の採用予定は7人。おそらくこれまで第1クールから合わせるとかなりの人数が訪問しているはずなので、かなりの倍率のはずだ。

待機室で情報交換をしていると、原課に呼ばれた。第3クール同様、X庁では原課でもしっかり"選別"される。

「○○審査課で課長補佐をしております、北内です。ま、おかけください。」
「失礼します。よろしくお願いいたします。」
「じゃあまず、志望動機から」
「はい、私がX庁を志望した理由は・・・・」
「なるほど、では次に自己PRを」
「私の強みは・・・・」
「では次に・・・」

おかしい、"普通"の面接過ぎる。
前クールのような"ドッキリ"はなしか?

「・・・ところで、某さんは"国家公務員総合職(キャリア)"が"偉い"とお思いですか?」

来た "変わり種"だ
もちろんここで"偉い"と答えたら即切りだろう。問題はそこではなく、どのように"偉くない"説明をするか、だ。
はっきりいって霞ヶ関の中はおろかこの国でキャリア官僚が"偉い"のは火を見るより明らかである。これは実力が見られる問題だ。

「決して"偉くはない"と思います。そもそも何を以て偉いとするかにもよると思いますが・・・」
「では、なぜそうお思いで?」
「はい、まず国家公務員は総合職、一般職に大きく分けることができます。確かに官僚制のピラミッドにおける命令系統では総合職の職員が"上位"のポストに就くことが"多い"と"説明会"などで"さまざまな省庁"から伺いましたが、それを以て偉い偉くないを決めることはできないと思います。」
「と、いうと?」
「行政活動は政策の立案と執行の両輪が揃わなければ成り立たないからです。すなわち、主に立案を担う総合職、執行を担う一般職、どちらも行政に欠けてはならないものであると言えます。」
「なるほど」
「また、両者それぞれの視点のバランスも重要です。中央から国家全体を見渡す総合職の視点、地域に通じた執行のスペシャリストとしての一般職の視点・・・どちらか一方が行き過ぎると国民に不利益をもたらしかねません。結論としてまとめれば、決して総合職のみが"偉い"のではなく、行政官としての誇りをもって職務に邁進している方は皆"偉い"と考えます。」
「いいだろう、"模範解答"だ。」

ということは、面白くなかったということか。

「まぁそんな顔をしなさんな、よくできた答えだったよ。」
「光栄です。」
「面接は以上だ。一旦部屋に戻りなさい。」
「お時間いただきありがとうございました、失礼します。」

部屋に戻ると、時刻は12時になっていた。
けっこうな人数がいたので、こんなものだろう。

「昼飯だってさ、一緒に買いに行こうぜ〜」
「いいね、コンビニでいいかな?」

伊野くんとコンビニに昼食を買いに行った。同じ関西圏の大学から来たこともあり、連絡先を交換することにしたが、中々個性的なプロフィールだ。

「なにこれ・・・?」
「粘土だよん、割といいだろ?」

人の趣味に口を出すのはやめておこう。

待機室に戻ると、皆が昼食を取りながら歓談していた。この頃になると、話題も決まってくる。

「え、そういえばみなさんはここ切られたら進路どうするんですか?」

誰かがそういったのを皮切りに、口々に語り出す。

「俺は民間から内定もらってるからそっちいくかなぁ。」
「オレもそうすると思う!ここまで2週間嫌なこと続きだと公務員は...ね」
「私は国家一般で地方局にいくかな〜、もともとそっちが本命だし!」
「うちは裁判所いくよ〜」
「自分は地元の自治体に就職しようかな〜」

考え方は十人十色だ。といってもこの部屋にいるのは国家総合職、しかも一番難しい大卒の事務系区分に受かっている俊英ばかりなので、他はどこでもいけるに違いない(余談だが、院卒区分と理系の技術系区分は倍率が前述のものと大きく異なるため、少し難易度が落ちると言われている)。

「・・・伊野くんはどうするの?」
「まだなんにも決めてないよん。まぁでも予備試験には受かってるから、法曹になるのも悪くないかもね〜」
「そうなんだ、みずなちゃんは?」
「わたしは院進しようかな、研究したい分野があるんだ〜!」

大卒区分で合格した年の官庁訪問で全滅した人間が院進するというのは、そう珍しい選択肢ではない。というのも合格資格は3年間有効なので、修士を修了する年に無試験でもう一度官庁訪問をすることができるからだ。

部屋が進路の話で盛り上がっている最中に、職員が入室してきた。

「みなさん、昼食は取れましたでしょうか・・・結構です、では今から名前を呼ばれた方は荷物を全部もってお越しください。」

"始まった"。前クールではなかった"虐殺"だ。
つい先程まであれだけ皆笑顔で話していたのに、一瞬で地蔵のような顔になった。

「~~~さん、〜〜〜さん、〜〜〜さん・・・・」

頼むから、今回だけは・・・・・

「〜〜〜さん、以上です。」

助かった──────
伊野くんもみずなちゃんも呼ばれなかったようだ。

「いやぁ何回やってもヒヤヒヤするぜ・・・」
「3人とも助かってよかったねぇ!」
「みずなちゃん、今それを言うのは・・・」

名前を呼ばれた志望者たちが、顔色を変えず立ち上がる。
今日まで悲惨なものをたくさん見てきたのだ、彼らの顔はどこか"悟って"いた、そんな表情だった。

「・・・では、再開します。某さん、お越しください。」

午後一発目は私の出番のようだ。

「どうも〜!ΔΔ課で課長補佐やってますぅ楠木です!ま、かけてください!」

陽気なおばさん、そんな感じの方だった。

「まずは合格おめでとうねぇ〜!いろいろ質問するけど、ゆっくり答えてくれたらいいから!」

「ありがとうございます・・・よろしくお願いします!」

聞かれたのは、志望動機、前クールのこと、官庁訪問を通して成長したと思うところ、国家総合職とX庁それぞれの魅力などまぁ"普通"の質問内容だ。
この時点で、時間は1時間半が過ぎようとしていた。

「じゃあ最後にひとついいかな?」
「はい」
「キャリアってノンキャリアに比べて本当に短いサイクルで色んな部署を転々とするんだけど、"何で"だと思う?」

"変わり種"・・・だが、対応できない範囲ではない。

「はい、それは将来的に決定権を持つ立場でリーダーシップを発揮することが役割として求められているからだと考えます。決定を下すにはひとつの突き詰めた知識だけではなく多様な視点から結論を出す能力が求められるはず、若いうちからいろいろな部署、政策に触れることで、将来決定をする立場になった時によりよいパフォーマンスができるように、そのようなパスが組まれているのだと考えます。」

「いい答えね!もちろんそれはその通りで・・・」

こっちに来てから人に褒められるということがなかったので、こう素直に評価されると嬉しい・・・といっても、この人たちの言葉は信用出来ないが。

「じゃあ面接は以上!待機室に戻ってね〜帰り道わかる?」
「大丈夫です、お時間いただきありがとうございました!」

軽い足取りで待機室に戻ると、虐殺後よりも少し人数が減っていた、というか・・・・

「みずなちゃんは?面接中?」
「河原さんなら"帰った"よん。」
「はっ?」

どうやら私が出ている間に切られてしまったらしい。
わかっている、実力主義というのは重々承知している。だが、もう・・・

「その河原さんって人、"キャリアは偉いと思いますか?"っていう質問にうまく答えられなかったらしいなぁ、それじゃあ無理だろうよ。」
「なに?"お前"──────」
「俺は東京大学法学部4年の国士、まぁよろしく。」

「国士さん、"課長面接"です。お越しください。」
「おっと呼ばれちまった。またあとでな、"残ってたら"だけど。」

「むぅ・・・・」
「課長面接か、なかなか厳しいそうだなぁ」
「伊野くんはもうやった?」
「まだだよん。でも、ここらで1回はやるかもね。」

その後数人呼ばれたのち、私の番になった。
若く綺麗な職員連れられ、部屋へ向かう。このような流れは初めてだ。

「この部屋に課長がお待ちです。ノックしてお入りください。」

いつもと、少し違う。

「ありがとうございます・・・では」

こんこん、とノックして返事を待つ。

「どうぞ。」


「・・・人事課長の樋本です。どうぞ。」
「失礼します、よろしくお願いします。」

「ではまず、国家総合とX庁の志望動機をいただけるかな?」
「はい、私が国家総合職を志望した理由は・・・」

その後いくつか基本的な質問があり、時間が過ぎた。

「じゃあ、やってみたい政策を教えてくれるかな。」
「はい、私がやってみたい政策は〜〜〜です。具体的には〜〜〜のような特例をつくり、民間の活力を用いつつ〜〜〜分野の発展を・・・・」
「なるほど、では各省からの協力はどう取り付ける?」
「その点に関しましては・・・・」

"詰め"が始まった。
東京に来てから一番"キツい"詰めだ。
1時間ほどの猛攻に耐えると、課長が一息ついた。

「少し論理性に欠ける回答だな。あと原課などで学んだことはインプットできているようだが、いかんせん基礎的な知識が足りていない。普段ニュースとか見てないだろう?やる気はあるのかね?

やる気はあるがニュースをあまり見ないという点は事実なので、少し驚いた。

「お恥ずかしながら・・・・」
「それから結論とその補強がなっていない。話し方から出直してきなさい。」
至らぬ所が多くございました。申し訳ございませんでした。」
「・・・待機室に戻りなさい。」

肩を落とし待機室に戻ると、部屋の人数は12人ほどまで減っていた。

「お疲れめりあちゃん。どうだった?」
「めっちゃ詰められた・・・だめかも・・・」

「案外みんなそんなもんみたいだぞ。そう気を落とすな。」
「国士くん・・・・」

なんだこいつ、案外悪いやつじゃないのか?

「それにしても課長の"お付"の職員さん美人だったよねぇ。」

伊野くんが話題を変える。

「私も思った!"選んで"るのかな?」
「結局、オッサンは"ちんちん"で見てるんじゃねーの。」
「国士くん・・・・」

その後数回の原課面接を挟み、夜になった。ごはんを買いに行く指示があり、散り散りにコンビニへ向かう。

夕食の時間は1時間。いつの間にか人数は更に減り10人ほどになっていた。
この時間、待機室では不思議な一体感が生まれていた。
自然と会話が弾む。官庁訪問での出来事、趣味の話、大学での話・・・酷いところで酷い人間ばかりの霞ヶ関だが、この人たちとならキツい仕事でも働けるかもしれない。

そんな時だった。

「ぇふ・・・うえぇ・・・・」
「えっ!?大丈夫!?」

部屋に中で急にひとりが泣き出したのだ。
本人にも理由はわからないという。
ただ、泣き出した彼女は"ゾンビ組"ではなく第1クールからX庁に参加していた人間。
現在数の上ではゾンビ組の方が多く残っており、"実力主義"といえばそれまでなのだが、最初から来ていた人間が途中参加の人間に駆逐されていくのに思うところがあったのかもしれない。
また、私のような一度全滅を味わった人間は一度切れた糸を張り直した形だが、彼女は第1クールから今日まで一度もたゆまず糸を張り続けてきた。精神が限界に達してしまったのだろう。
部屋の皆で慰めていると、職員が入ってきた。

「では面接を再開します、まずは大岡さん。」

大岡くんは京大生で、伊野くんと同期だ。高校時代から留学などを多く経験しており、TOEICは満点。"経歴"は申し分ない。
しばらくして、疲れきった顔で帰ってきた。

「人事課の2人に詰められたよ。本当に2週間分の経験値を"出し切った"って感じ。」

2対1での面接なんて初めてだ。私もやらされるのだろうか。

「では次に某さん。」

言ったそばから・・・・

「人事課の日野と青柳です。この面接が勝負です、全力で当たってきてください。」
「よろしくお願いします!」

人事課の2人による面接、空気はまさに"ラスボス戦"だ。

志望動機の確認など基本的なものを含め、今まで聞かれてきた質問が絶え間なく投げられる。まさにボスラッシュだ。
限界まで集中力を高めた状態で1時間が経過し、頭が痛くなってきた。

「では最後の質問です。」
「・・・・・」
「あなたは、"キャリア"に"最も"必要な能力はなんだと思いますか?」

時が止まった。

6月22日から今日まで面接をしてもらった官僚たちを思い出す。

時には酷い物言いをされた。雰囲気に圧倒的された時もあった。思えばこの官庁訪問という地獄を作り出したのも彼らだ。

この国を動かす巨大な行政システム"カスミガセキ"の細胞たち─────

彼らに共通していたもの・・・・

「はい、私が思うにそれは"矜恃"です。」
「というと?」
「政策の形成という役割には、さまざまな能力が不可欠です。知識、知見はもちろん他省庁とのすり合わせや国会議員への説明能力、国民に対するアンテナ・・・・ざっとあげただけでもこんなに。ですが一番大事なのは、働き詰めで家に帰れなくても、議員に詰められても、国民からいわれのない批判を向けられてもその職務を全うせんとする強い"矜恃"です!・・・少なくとも、官庁訪問で出会った方々は、内容は違えどみなさんそれを持っておられました。」

青柳さんがささっ、と手に持っていた私のファイルに何かをメモし、それを置いた。

「結構です。部屋にお戻りください。」

待機室に戻ると、皆が話していた。

「めりあちゃんおつかれー!」
「ただいま・・・あれ、国士くんは?」
「数人、もう1回課長面談があるらしい。あいつは今その最中だよ。」

話をすれば、国士くんが帰ってきた。

「・・・めりあちゃん、次はお前らしい。」
「ぁえ、マジで!?」
「マジだ。さっきの綺麗なねーちゃんについていけ。・・・てか、さっきの泣いてた子が見えないが」

伊野くんが首を横に振る。

「まぁ、マイナス評価にはなるだろうな・・・"そんなこと"より早く行け、課長がお待ちだ。」

足が重い。
大岡くんが言っていたのと同じく、私は先程の"ラスボス"で気力を使い果たしている。
もはや"エクストラボス"を相手にする余裕はない、が・・・・

「やるしかないか・・・・」

"綺麗なねーちゃん"に連れられ、課長の部屋に向かう。
ノックして入ると、先程とは雰囲気の違う課長が座っていた。

「やぁ某さん、ま、かけてよ。」
「失礼します・・・」

「本題だが、君には明日(第5クール)も来てもらう。いいかな?」
「! ・・・はいっ!ということは・・・」

にっこり、と課長が微笑む。
これはやはり

(”違う”な・・・・)

「何時に伺えば?」
「9時にきてくれ、待ってるよ。今日はこのまま帰りなさい。」

違和感が確信に変わる。
内定を出すのは正午、"わざわざ"9時に来させるということは・・・・

(覚悟しておいた方がいいかもな…)

本庁を出ると、不在着信があった。伊野くんからだ。
急いでかけ直すと、いつもと雰囲気の違う声が聞こえた。

「お疲れ、どうだった?」
「第5も呼んでもらえたよ!伊野くんは・・・」

「・・・・だめだった。大岡もだ。」
「そんな、23時まで残ったのに」
「官庁訪問じゃ"よくある話"だろ?」

言葉が出ない。
仲良くなれたのに、一緒に頑張ってきたのに
もうたくさんだ

X庁は他に比べても徹底した実力評価─────
私みたいなのでも求められるパフォーマンスが発揮できれば残してもらえるが、ひとたびボロを出せば東大生でも京大生でも関係なく”切られる”


「・・・じゃ、"明日も頑張ってね"   めりあちゃん」


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