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クズはいつまでもクズ

今よりもっと若い時、素敵な出会いをした。
してしまった。

とても美しく、尊いものだった。

それを燃料とし、煌々と燃え上がっていたけれど、本来なら燃え上がることのない構造だったそれは、ある日、突然に熱を失い火は消え失せた。使い道のなくなった燃料はドロドロに濁り、いたるところから漏れ出ていく。僕にはそれらを止める術も気力もなかった。今では中身は空っぽで、2度と点らないようアルコールランプみたく蓋をされている。

それから僕は変わった。
優しく、そして冷たくなった。
その変化は女性をときめかせ、心を穏やかに、時にかき乱すようで、好意を抱かれることが多くなった。

その優しさや冷たさは、機器を制御する基盤のように、0と1の羅列で構成された幾何学的なものであった。

こういう時は、これ。
次はこれ、その次はこれ。
そこに感情は伴わない。
誰にでも等しく、予め定められた出力を繰り返す僕に、女性は予め定められたかのような反応を示す。

心にも無いことを平然と言ってのけ、息のように嘘を吐き、人の心を弄ぶ。毎日のように違う女性とセックスをする。つまりクズ。そういうヤツが大嫌いだった。僕はそれに成り下がった。

そうすることで、あの日感じた自分の無力さを受け入れた。僕はこんなにクズだったのだから、こうなってしまって当然だ。自分に言い聞かせた。

やはり最初は良心が痛んだ。
人に好意を抱かれることに嬉しさを感じることもあったが、クズも板について、目の前で喜ぶ人や悲しむ人がいても、何も感じなくなった。ただ、決められた出力を繰り返すだけだった。

いろんな人に好かれたけれど、結局のところ僕は誰のことも好きではなかった。どれだけ好意を伝えられても、なんの感情も湧かなかったし、こんな虚無でくだらない人間の何が好きなんだろうと、むしろ嫌悪感さえ覚えた。

いつものように出会い、いつものように遊び、いつものように別れる。仮にそれが最後であったとしても、何も悲しくはない。次を探すだけ。僕はどこまでもクズになろうとした。

中身は空っぽで、蓋をしているアルコールランプに火が点るはずがない。

僕は安心して、いつものそれを繰り返していた。

君も繰り返しになるはずだった。

今日のことを一生懸命にお話する君も。
ためらいながら笑う君も。
悲しいことから逃げずに、その悲しさに立ち向かう君も。
うつ伏せだった身体を起こし、寝起きでボーッとしている君も。
窓から差し込む朝日にその美しい白肌を優しく映し出され、薄目のまま、おはようを言う君も。

君には繰り返せなかった。

君には僕のルールから逸脱した対応をしてしまうのだ。

いつからか火が点っていた。最初に会った時から、もそもそと湧き上がっていたのかもしれない。いつも気付いた時には手遅れで、自分で消すことも出来ずに熱を帯びたそれに、ただ戸惑うだけだった。

僕は好きになってしまっている。

この好きは、最初に軽口で言っていた好きと意味合いが全然違う。

そろそろ見て見ぬ振りをするのはやめにしたい。でもどうやって。今更、僕に何ができるの。軽口の好きとの違いはどうやって証明するの。

君に必要なのは、0と1の羅列だけのデジタルで無機質な優しさじゃなくて、もっと純粋で、暖かみのある果てしないアナログな優しさでしょう。

こんなことを繰り返していた僕が今更何を言ったところで、それは虚無であって、いつか受け入れられなくなる日がくるのだろう。

結果の分かりきったことに挑戦できるほど、子どもではなくなってしまった。

でも、苦しい時にも前向きで、冷静で賢い君を見ていると、希望を見出してしまう。

そう思っている自分が嫌になる。

今こうして流れてくる涙は、僕を制御する基盤の故障であって、僕本来の感情ではないはずだ。蓋をしているから、点るはずのない火なのだ。

僕はクズだから、本当に好きになった人とはうまくいかない。その全てが因果応報で、全てが僕には不相応なことだからである。

それなのに僕は、また君に会おうとしている。
なんて欲深くてワガママなのだろう。
こんな僕を君はどう思うの。

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