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初恋


『まだあげ初(そめ)し前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛(はなぐし)の
花ある君と思ひ(い)けり
やさしく白き手をのべて… 』
暖房が効いた教室の
窓際の前から4番目が僕の席
退屈な授業に飽きて
青空に浮かぶ雲の流れを
見上げていた僕に届いた
君の声

退屈だった空間が煌(きら)めき出す
そっと目をつむりじっと耳を傾ける
『 …林檎をわれにあたへしは
薄紅(うすくれなゐ)の秋の実みに
人こひ初(そめ)しはじめなり
わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃(さかづき)を
君が情(なさけ)に酌(くみ)しかな… 』
ああ 凛とした高く透き通る君の声
初恋という歌詩を噛みしめて聴く

高校の入学式に遅れそうになった僕は
なだらかに学校まで続く坂道を走った
息を切らしながら校舎に飛び込んだ瞬間
勢いよく人にぶつかってよろめいた
相手は両手両膝を着き転んでいた
それが君と僕の出会い
「はーっはー ごめんなさいごめんなさい
大丈夫ですか?」
ひたすら謝る僕
恥ずかしさもあって
手を貸す事も出来ない僕に
立ち上がった君は「大丈夫です」と
真新しい制服のスカートの裾を叩き
こちらを見ることもなく走り去って行った
大丈夫ですと言った凛とした声と
君の横顔が僕の胸に焼き付いた
いつの間にか君の言った
凛とした大丈夫ですが
僕の中で甘やかに響く

3年生になって同じクラスになった
けれど一度も喋った事がない
今は毎日
僕の目の端に彼女が映っている
出会った時と同じ横顔
『林檎畑の樹(こ)の下に
おのづからなる細道は
誰(た)が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ 』
ああー
胸の中で君の声をそっと噛みしめた

(キャプション)
【若菜集】内「初恋」を引用
オマージュしています
少年の恋心のモノローグです
『』は詩歌を朗読しています
( )は漢字の読みです

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「画像お借りしました ありがとうございます」

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