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満洲の値打ちと暴落

トーマス・ウィリアム・ラモント、アメリカの金融資本家。
「満洲-お国を何百里-」第2話は、彼の目から観た満洲の値打ちを描きます。この人物は実在しますが、作中の機微なやりとりなどは創意に基ずくもので、そもそもこの人物のプライベートまでは知る由がありません。
トーマス・ラモントは昭和二年に渋沢栄一と対談している。
  是日、
  アメリカ合衆国モルガン商会代表者トマス・ダブリュー・ラモント、
  渋沢事務所に来訪し、栄一と対談す。
  次いで十八日、
  栄一、帝国ホテルにラモントを訪ふ。
               (『渋沢栄一伝記資料』第39巻)
ラモントにとって、数少ない信頼の出来る日本人。そして、もう一人が、高橋是清の後継者とも、第二の渋沢とも囁かれた日本財界の重要人物・井上準之助。
ラモントの期待より右斜め上のインフラである大連。南満洲鉄道。ヤマトホテル。全ての驚きは、井上準之助への信頼と目的で強くなっていく。
「満洲は、やがて日本の手を離れて、亜細亜の合衆国として独立する。だからこそ、国債に代わる付加価値になるべき南満州鉄道の国際協調融資構想を話し合いたい」

モルガン商会はアメリカへの移民日本人の民意を含め、満洲=日本という色眼鏡。満洲を五族協和の独立国にする構想を信頼できない。これが国際社会の、日露戦争後に台頭する日本への偏見だ。ラモントは合理的にアジア進出の利を説くが同意に結び付かぬ。
 
そこへ事件が起きた。
世界恐慌は、モルガン商会とラモントの足を止めた。
そして、満洲事変。
日本への信頼は、大きく失っていく。
井上日召を中心とした血盟団の標的とされた井上準之助は、昭和七年二月九日、暗殺された。その訃報に、ラモントは絶望した。それは日本そのものへの絶望。
 
かくして金融による国際駆引きと〈亜細亜の合衆国〉にする夢は霧散し、軍の暴走や、政治の狼狽えや、奸智に長けた連中の罠が跋扈する庭として満洲の運命は転がり落ちていく。

満蒙開拓団や市井の日常だけではなく、ときとしてスパイスになる時代背景を差し挟みながら、連載は第3話の、別のオムニバス作品「大陸の花嫁」へと続く。

新聞社に
「何だか訳の分からない外人噺だ」
などと苦情が届いていないことを、心より祈る。

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